君嶋護男 きみしま もりお
公益社団法人労務管理教育センター 理事長
1986年4月に男女雇用機会均等法が施行されて以降、賃金・昇格等における男女差別との指摘を避ける等のため、多くの企業でコース別雇用管理が導入された。総合職と一般職(名称はさまざま)といったコース別雇用管理は、それ自体法律に抵触するものではないが、男女別賃金等の隠れ蓑といった観点から、多くの裁判が闘われてきた。
1.日本鉄鋼連盟給料等請求事件
募集・採用について、男女別コース制は女性に均等の機会を与えないという点で法の下の平等に反するが、募集・採用は労基法3条に定める労働条件ではなく、旧均等法では募集・採用の機会均等は努力義務であり、労働者の採用については使用者に広い裁量が認められることから、民法90条の公序に違反したとはいえない
東京地裁 昭61.12.4判決 労判486号28ページ
[1]事件の概要
昭和44年から49年にかけて、被告の事務局に入社し、そこで勤務してきた女性7人(原告)が、①女性の賃金について、基本給の上昇率、一時金の支給係数および初任給における差別、②主任への昇格について、それぞれ男女差別がなされていることを理由として、男性の賃金との差額の支払いを請求した。これに対し被告は、事務局職員を「基幹職員」と「その余の職員」に分けて採用しており、賃金の差は職務内容の違いによるものであって、男女差別ではないと主張して争った(当時の事務局の職員数172人中女性は69人)。
[2]判決要旨および解説
判決では、賃金以外の労働条件についても合理的な理由なく性別による差別的取り扱いをすることは公序に反し無効との基本的見解を示した上で、被告は、男子は将来幹部への昇進を期待されるものとして処遇し、他方女子は主として定型的・補助的な職務を担当するものとして処遇し、職員の採用に当たってもこのような異なった処遇を予定していることから、いわば「男女別コース制」とでも呼ぶのが相当である旨判示した。そして、「男女別コース制」は、女子に男子と均等の機会を与えないという点で憲法14条の法の下の平等に反しているといえるが、①労働者の募集・採用は労働基準法3条の労働条件ではないこと、②均等法において募集採用について女子に男子と均等な機会を与えることは使用者の努力義務にとどまること、③従来労働者の採用については使用者に広い選択の自由があると考えられてきたこと等に照らし、少なくとも原告らが採用された当時は、女子に男子と均等な機会を与えなかったことをもって、公序に反したとまではいえないとして、初任給格差および業務内容の相違による賃金格差相当分の支払い義務を否定した。一方、一時金の支給係数等について女子を不利益に定めたことは無効であり、労働基準法により無効となった部分は男子と同一と解するのが相当として、その差額(5万円余~16万円余)の支払いを被告に命じた。
本件は、原告らがコース別雇用管理の是非を問題にしたわけではないが、被告側の抗弁によって、コース別雇用管理の是非を争うかのような様相を呈し、男女雇用機会均等法施行の年に判決が出されたこともあって、非常に注目を集めた。
2.塩野義製薬賃金等請求事件
担当職務の相違により採用すること自体は不合理な男女差別ではない。しかし、職種変更後、男性社員と同じ職種を同じ量・質で担当させた場合は、同等の賃金を支払うべきであり、格差を是正しなければ違法な賃金差別となる
大阪地裁 平11.7.28判決 労判770号81ページ
[1]事件の概要
被告では、大卒の採用に当たって、男性は全員基幹職のMR、女性はほとんどが補助職のDIとして採用され、両者は能力給で差を付けられていた。昭和40年に入社した女性(原告)は、昭和54年から基幹職となり、平成3年から課長待遇となって平成7年に50歳過ぎで退職したが、女性であることを理由に昇給における差別を受けたとして、同期・同職種の男性の賃金の平均額と現実に支給された賃金との差額および慰謝料500万円等を請求した。
[2]判決要旨および解説
被告の採用区分は男女で区別してはいるが、MRは勤務時間も不規則で転勤もあり得ること、原告と同期でMRとして採用された女性もいることから、この区別をもって不合理な男女差別とまではいえない。しかし、被告は昭和54年に原告を基幹職に就けた以上、当時基幹職であった同期男性との格差を是正すべき義務があり、この義務を果たさずに温存させて新しく生じた格差は不合理であり、労働基準法4条に違反するものとして不法行為を構成する。ただ、被告は一切格差の是正をしなかったわけではなかったが、その是正は不十分であり、残された格差は、採用時における男女の差によって生じた不合理なものである。
損害額については、①比較の対象となる同期男性5名は、原告と異なりMRを経由して製品責任者になっており、その職務遂行にMRの経験が有用でないとはいえないこと、②同期男性らは原告より9年早く課長待遇になっていること、③原告の課長待遇の遅れに不合理な疑いがあるとしても、経歴の差から直ちに同期男性らと同時期に課長待遇とすべきであったとまでは認められないこと、④昇格については使用者の裁量が大きいことからすれば、原告の能力給が同期男性らの平均に達するとまでは認められないとする一方、原告が損害賠償を請求する始期である昭和60年における原告の評価は高かったとして、同期男性らの能力給の平均額の9割が相当とし、その差額賃金と慰謝料200万円(総額2988万円余)を認めた。
女性が昇給・昇格において男性と差別を受けたとして、会社に対し差額賃金や慰謝料を請求する際、常に問題となるのは差額賃金の算定方法である。通常は、同期・同学歴・同職種の男性と比較することになるが、問題点として、①比較対象として適切な男性がいるか、②そうした男性がいたとしても、その男性とは通常経歴も評価も異なることから、単純に同一と考えてよいのか、③比較対象とすべき男性が複数存在する場合、どの男性と比較するのか、平均値と比較するのが妥当なのかということが挙げられる。
本件では、同期男性5名が比較対象となっているところ、その平均額の9割を支払う義務があると、具体的な基準を示している点が特色となっている。
3.住友電気工業賃金等請求事件
採用時の区分により、またその後の変動により、職種・職分・職給が異なる結果、賃金に格差が生じても、男性社員の職務と女性社員の職務は異なっており、男女差別の労務管理の結果ということはできない
大阪地裁 平12.7.31判決 労判792号48ページ
被告に雇用される女性社員2名(原告)は、人事制度の改定により、採用時の事務職から一般職に移行したが、同じ事務職の同学歴高卒男子との間で昇格・昇進・昇給において差別を受けたとして、同期・同学歴男性との賃金格差相当額または同相当額の損害賠償を請求した。
判決では、女子は男子に比して昇進が著しく遅い上、勤続年数との相関も認められず、賃金格差も大きいとしながら、人事制度改正前に採用された男子事務職は、全社採用に準じて学科試験が課され、さらに長期実習が行われていたのに対し、女子は事業所ごとの学科試験等により採用され、実習期間もはるかに短期間であったとした上で、①当時女子には転勤がなかったこと、②一般に女子は勤務期間が短かったこと、③労働基準法の女子保護規定など法的制約が多く、多忙なポストへの配置が困難であったこと等の理由を挙げて、高卒女子は定型的補助的な業務に従事するとの位置づけで事務職採用とし、職種転換審査を受けさせることがなかったと認定した。こうした認定を踏まえて、男子と女子は既に職種・身分を異にしており、採用から20~30年を経過していることを併せ考慮すると、現時点で賃金格差が生じていることは格別不可解ではなく、原告ら高卒女子事務職は、定型的補助的業務に従事する位置づけであるから、その多くが一般職に留め置かれていることも当初から予定されており、その結果著しい賃金格差につながったとしても、両者の間には、社員としての位置づけの違いによる採用区分、職種の違いがあるとして、男女差別との主張を否定した。
さらに、被告が、一方で幹部候補要員たる全社採用から高卒女子を閉め出し、他方で定型的補助的業務に従事する職種をもっぱら高卒女子と位置づけたことは、男女差別で憲法14条の趣旨に反するとしながら、同条は私人間に直接適用されるものではなく、労働基準法4条も採用における男女差別は禁止しておらず、企業の採用の自由等との調和を図る必要があるとした。その上で、昭和40年代頃は、男女の役割意識が強かったこと、女子が企業で働く場合、結婚または出産までとする傾向があったこと、女子には深夜労働の制限や出産に伴う休業の可能性もあることなども、女子を単純労働の要員としてのみ雇用する一要因ともなっていたことなどが考慮されなければならないとした。
判決では、均等法との関連では、採用における男女差別は、平成9年の改正前は事業主の努力義務にとどめられていたことも、このような社会意識を配慮したものと考えられ、現時点では、会社が採用していた女子事務職の位置づけが受け入れられる余地はないが、当時の時点で見ると、会社の人事管理を公序良俗違反とはいえないとして、原告らの請求を棄却している。
原告らは、均等法に基づく調停申請をしたのに、大阪婦人少年室長は機会均等調停委員会に調停を行わせなかったとして、国家賠償法に基づき損害賠償(各100万円)を請求したが、機会が均等か否かは、条件が同一の男女間で判断されるべきであり、同室長が採用区分ごとに差別の有無を判断しようとしたことに違法はないとして、原告らの請求は棄却された。
本件と類似の事件として、住友化学工業賃金請求等事件(大阪地裁 平13.3.28判決)がある。この事件は勤務歴30年前後の女子3名(原告)が、同時期入社の男子社員との間で昇進・昇給等で差別を受けたとして、不法行為に基づく損害賠償を請求したものである。
判決では、採用区分「女子」を理由とした点では問題があるとしても、高卒女子は高卒男子ほど能力水準を要求されることはなく、入社後男子用採用の処遇を受ける機会は保障されていたこと、原告らの入社当時は、男女の役割分担意識が強かったこと、その他上記判決と同様な理由を挙げて、高卒女子を日常定型業務のみに従事する社員として採用したことをもって、当時の公序良俗に違反するとまではいえないとして原告らの請求を棄却した。
上記2判決は、いずれも男女均等取り扱いを義務づけた改正均等法施行後に出されたものだが、それにしては古色蒼然とした色彩に満ちている。要は、一般的に、女性は早く辞めるし、深夜労働もできず、出産による休業なども起こる使い勝手の悪い労働力だから、企業としてコストをかけて育てることをしないのも合理的な判断であって、そのため最初から入り口を別にしても構わないということであり、男女差別が禁止された改正均等法の施行後に、このような判決が出されることは驚きといえる。
資料出所:厚生労働省「男女雇用機会均等法の変遷」
[注]平成28年改正(平成29年1月施行)では、妊娠・出産等に関する上司・同僚による就業環境を害する行為に対する防止措置を義務づける規定が設けられた。
[参考2]コース別雇用管理制度に関する指針等
厚生労働省からコース別雇用管理制度に関して、下記の資料が公表されている。
・コース等で区分した雇用管理を行うに当たって事業主が留意すべき事項に関する指針(平25.12.24 厚労告384) ⇒資料はこちら
・あなたの会社は大丈夫ですか?~「コース別雇用管理」の注意点~
⇒資料はこちら
君嶋護男 きみしま もりお
公益社団法人労務管理教育センター 理事長
1948年茨城県生まれ。1973年労働省(当時)入省。労働省婦人局中央機会均等指導官として男女雇用機会均等法施行に携わる。その後、愛媛労働基準局長、中央労働委員会事務局次長、愛知労働局長、独立行政法人労働政策研究・研修機構理事兼労働大学校長、財団法人女性労働協会専務理事、鉱業労働災害防止協会事務局長などを歴任。主な著書に『おさえておきたい パワハラ裁判例85』(労働調査会)、『セクハラ・パワハラ読本』(共著、日本生産性本部生産性労働情報センター)、『ここまでやったらパワハラです!―裁判例111選』(労働調査会)、『キャンパス・セクハラ』(女性労働協会)ほか多数。