2018年08月10日掲載

Point of view - 第116回 皆月みゆき ―介護離職を予防するには、「7つの危機」を見逃すな

介護離職を予防するには、「7つの危機」を見逃すな

皆月 みゆき みなつき みゆき
株式会社インクルージョンオフィス 代表
一般社団法人産業ソーシャルワーカー協会 代表理事

日本で初めて「産業」と「ソーシャルワーク」を結び付け、働く個人の問題解決を図る取り組みを全国に展開。産業ソーシャルワーカーによるクラウド型の人材ケアプログラムを企業に提供し、従業員の離職や事件・事故の防止に寄与している。そのかたわら、非営利団体の代表理事として、産業ソーシャルワーカーの育成と交流を進めている。武蔵野大学客員研究員、社会福祉士、介護福祉士、介護支援専門員。共著『働き方改革 個を活かすマネジメント』(日本経済新聞出版社)は、マネジャーの教科書として重版出来となる。

シニアの活躍と介護離職の増加

働き方改革関連法案が2018年6月29日の参議院本会議で可決、成立した。安倍晋三内閣総理大臣は、成立を受けて記者団に「子育て、あるいは介護をしながら働くことができるように、多様な働き方を可能にする法制度が制定された」と思っていると述べた。安倍政権は「働き方改革」を一億総活躍社会の実現に向けた最大のチャレンジと位置づけており、その中で「介護離職ゼロ」が大きく打ち出されている。

しかし、先ごろ発表された2017年の「就業構造基本調査」(総務省統計局)によると、過去1年間の介護離職者数は9万9100人に上り、前回2012年の調査(10万1100人)から10万人前後のほぼ横ばいで推移している。働きながら介護をする有業者は、男性が「55~59歳」(87.8%)、女性が「40~49歳」(68.2%)で最も高い。2012年と比べ、介護をしている女性の有業率は「70歳以上」を除くすべての年代で上昇しており、特に「40歳未満」「40~49歳」で大きく上昇している。

2016年12月に発表された東京商工リサーチの「介護離職に関するアンケート調査」(有効回答7391社)では、回答企業の71.3%が「将来的に介護離職者が増える」と答えており、その理由は「従業員の高齢化に伴い家族も高齢化しているため」が最も多い。内閣府の「平成30年版高齢社会白書」では、労働力人口に占める65歳以上の者の割合が12.2%と上昇し続けており、こうした傾向は人手不足が深刻な中でますます進むものと言える。

60歳以上の就労者が増えれば、さらに介護離職者数が増えることが予想される。介護を必要とする親の世代の高齢化だけでなく、従業員の高齢化やシニア就労の増加など、今後、介護離職が増加する理由はさまざまにある。

介護離職にはきっかけがある

厚生労働省を中心に、国はさまざまな介護離職防止の施策を打ち出しており、それを受けて各企業でも取り組みを進めているが、その内容は介護休業・休暇ルールの明文化や制度取得の周知・奨励、従業員の実態把握などが一般的となっている。

しかし、こうしてまんべんなく情報を提供するだけでは、残念ながら介護離職は減らない。産業ソーシャルワーカーとして多くの従業員の介護問題に対応した中で実感していることは、介護を抱えるすべての従業員に離職の危機があるのではなく、離職の危機をもたらす「きっかけ」があるということだ。

私はこれを「7つの危険なサイン」と呼んでいる。

人は、危機感を抱いていない時に、介護の心得の周知や制度利用の奨励をされても頭に入りにくい。だが、この7つの危機の時は藁(わら)をもつかむ気持ちで情報を欲しており、その時にいかに手厚く対応するかが大事なのである。このサインを見逃さずに、タイミングよく対応することが必要と考える。

具体的な「7つの危機」

以下が具体的な「7つの危機」である。こうした危機に従業員が直面した兆候を見逃さず、タイミングよく対応できるかが、介護離職を減らす鍵になると言える。

①初期パニック
 介護を抱える可能性がある従業員に、いくら事前に情報などを伝えていても、最初に親が倒れたりなどで介護が必要と分かった時のショックは大きい。
 いつか訪れると覚悟していたつもりでも、その時になると慌てて、どうしたらいいのか右往左往する。この分からない状況の中で、とにかく親の近くにいようと離職を考える人が出てくる。

②余命宣告
 日々、高齢の親が老化していくことは仕方ないと冷静に対応していても、持病の悪化などにより医師から余命宣告された場合は違ってくる。
 残りの年月をどう過ごすか、家に戻りたいと親が言った時にどうするのか。また実際の看取りをどう行うかなどが頭をめぐり、その時までは一緒にいようと離職を考えはじめる。

③認知症重症化
 認知症の症状がどのようなものかについては、多くの人がさまざまな情報を得ており、自分の親が認知症と診断されても仕事を辞めずに踏みとどまることが多い。しかし、認知症が重症化する中で、例えば夜中に徘徊して警察から連絡があったり、鍋を空焚きしてボヤ騒ぎを起こすなど、これまでの対応では難しいと判断した時に、近くで見守らなくてはならないという思いが募り、離職を考える。

④介護度急転
 認知症でなくても、介護度が急に上がることがある。これまで歩けていた親が急に歩けなくなって車椅子での生活になる、あるいは、入浴やトイレ、食事など何とか一人でできていた親がベッドから起き上がれなくなるなど、ある日を境に大きく状態が変化した時に、もっと身近での介護が必要ではないかと考え離職を検討する。

⑤隠れ介護疲れ
 介護はいつまで続くか分からない。介護を担う世代の中心である50代は、管理職として重責を担っている世代である一方、リストラなどの対象にされやすい世代でもある。このことが余計に、会社に言いにくい状況を生み出している。会社に言わずに介護を担うことを「隠れ介護」というが、急な休みなどに対する職場の理解を得られないだろうと考えると制度を利用できなくなり、ついには仕事と介護の両立を諦めてしまうことにつながりやすい。

⑥片親の死、病気
 高齢の両親が二人で何とか生活できている時は保てていたバランスが、どちらか一方の親が亡くなったり、入院などを必要とする病気になったりすると事情が変わってくる。残された親自身も心細くなり、子どもも片方の親が一人で生活できるか心配するなど、双方の気持ちが弱くなる。子どもの住まいに呼び寄せる場合もあるが、親の住み慣れた場所で住まわせようとすると、特に離職が頭をよぎり始める。

⑦ダブル化、トリプル化
 少子化の中で、介護する対象が1人でない状況も出ている。配偶者の親と自分の親のように2人や3人を1人で介護する場合や、一度に4人の介護を必要とする場合もある。一人っ子にこうした状況は多いが、たとえ兄弟がいても海外赴任や家族問題などの事情を抱えて担えないこともあり、介護の比重が一人に偏ることも多い。また、出産が遅かった場合、子育て中に親の介護が必要になることもある。子育てと仕事との両立については何とか頑張ることができても、そこに介護が加わることで離職の選択が出てきやすい。

こうしたサインが見られた時、それぞれに提供すべき情報や紹介先は異なる。最終的には個別対応が必要だが、まずは社内外の制度やサービスをこれら7つに当てはめて整理するだけでも効果はあるだろう。

まさに今、フォローを必要とする人に的確な情報を最短で提供することが、介護離職から従業員を守ることにつながると言える。