2018年09月28日掲載

Point of view - 第119回 下園壮太 ―疲労という視点で人を見る

疲労という視点で人を見る

下園壮太 しもぞの そうた
特定非営利活動法人メンタルレスキュー協会 理事長

自衛隊のメンタルヘルス教官として2015年まで勤務。自衛隊在職中に海外・災害派遣、事故、自殺、うつからの復職支援などのさまざまな支援体験を基に実践的な理論を構築。現在はその普及に向けて、スキルのあるカウンセラーを育成するためにNPO メンタルレスキュー協会で活動。リーダーシップ、うつ病予防、事故・災害時のメンタル対応、感情のコントロール、セクハラ・パワハラ予防が専門。官公庁、企業などでの講演、著書多数。
http://www.mentalrescue.org/

温かい人事と冷たい人事

 人事には、温かい人事と冷たい人事がある、と聞いたことがある。人事は人生を左右することもある。だから、一人ひとりの人生を思いながら作業を行う、これが温かい人事。一方で、人事は通常、少人数で膨大な作業を行わなければならない。期限は厳しく切られ、間違いは許されない。しかも、組織からの要求もあり、一人ひとりの事情や希望を聞いていられない場合がある。そんな時は、人情を排除して、事務仕事としてこなさなければならない。人事は「ひとごと」と割り切ることが大切、と話してくれた人事の先輩がいた。
 ただ、人事を担う多くの人は、温かい人事を目指していることが多い。
 そんな人事担当者のエネルギーを奪うのが、問題社員だ。意欲がない、トラブルを起こす、能力が低い、人事の善意を悪意として解釈する、他者を取り込みクレームを持ち込む…。
 そこで、そんな問題社員の問題行動が改善しやすく、また、人事担当者本人のストレスを少なくできる、一つの考え方をご紹介しよう。

蓄積される「疲労」という問題への気づき

 人は理解しにくい。理解しにくいと、どう接していいかの方針が立たず、不安と負担感が大きくなる。これを回避するために、リーダーや人事担当者は、さまざまなツールを使ってきた。面接、キャリアや異動に関する希望調査、性格分類、適性検査、家族などの情報収集、360度評価…。これらはそれなりにその人を見る手助けにはなる。
 ところが、「疲労」という視点を持って、人を見ている人事担当者は少ない。
 ある人がトラブルを起こす。その時、考えられる原因を「やる気のなさ」「我慢不足」「仕事の能力の低さ」「適性のなさ」「短気な性格の問題」「コミュニケーション能力の問題」などと捉えるのが一般的だ。
 私もそうだった。ところが、数多くのメンタルサポートに取り組むうち、ある人の今のパフォーマンスに一番影響を与えているのは「疲労」であることに気が付いた。
 例えば、ある人の血圧、作文能力、注意配分能力を見る機会があったとしよう。パフォーマンスの発揮にはいろいろな要素が影響を及ぼすが、直前に1500mを走っていた場合、その疲労による影響が一番大きくなる。重要なのは、それ(疲労)が一過性の要素、つまり休めば解消するにもかかわらず、疲労という視点がなければ、この人のパフォーマンスが低いのは何らか疾患があり、作文能力が低く、注意散漫な性格・特性だからだ、などと固定的な要素として捉えてしまいがちになることである。
 イギリス紳士を集めたとある実験がある。観察しているとみんな「紳士」だ。ところが、与える食事の栄養素を低下させていくと、どんどん「嫌な人」になっていったという。また、軍隊で8時間睡眠をとらせていた部隊の射撃精度が、睡眠を5時間に制限したところ、飲酒時の酩酊状態のレベルにまで悪化したという話もある。つまり、パフォーマンスの低下は、もともとの性格や能力より、疲労の影響のほうが大きいのだ。
 1500m走の場合、明らかに本人も周囲も「走った後の疲労がある」と予想できる。その時は、いろんな評価を控えるだろう。ところが、現代人の疲労は、じわじわと積み重なる蓄積疲労だ。最近は睡眠負債というワードが注目されているが、睡眠負債も当然疲労の蓄積に影響してくる。
 また、仕事場に目を向けると、ほかの人と大差ない業務量でも、定時で帰宅しワンオペ育児(支援のない中、一人で育児をすること)をしている社員Aは、会社で泊まり込んで仕事をしている社員Bと同じレベルの疲労をため込んでいる可能性がある。
 Bには、1500m走と同じように「大変だね」と評価するが、Aに対しては疲労が一見して分かりにくいため「やる気がない」「我慢が足りない」「能力がない」という評価が与えられやすい。

疲れを思いやるコミュニケーションから問題解決につなげる

 トラブルになっている職員の大半は、確かにさまざまな欠点があるかもしれない。ただ、人事担当者が「この人は、もしかしたら疲労が溜まっており、そのせいでこの性格、このパフォーマンス、このトラブルに至っているのでは…」と考えられると、その人へのアプローチが変わる。人は、自分のことを責める人に対しては強い警戒心を持つが、自分のことを理解しようとしてくれる人の話は聞くものだ。
 先のワンオペ育児の社員がミスをして、人事が面接をすることになったとしよう。
 能力が低い? やる気がないのでは? 辞めさせたほうがいい?――という視点での面接は、相手にすぐ伝わる。そうすると、相手は防御的になり、言い訳をし、自分の能力を誇示しようとする。時には、攻撃的になることもあるだろう。
 一方、疲労のせいではないかという視点を持つことができると、「大丈夫?」「疲れていない?」という声掛けになる。相手も、内情を話しやすくなる。すると、業務内容や勤務時間を調整するという建設的な解決策にも向かいやすい。もちろん、社員のモチベーションも上がる。暖かい人事ができると、人事担当者としての充実感も得られる。
 人事担当者は、ぜひ疲労についてよく知り、そしてトラブルになっている社員がいたら疲労しているのではないかという前提でその人を見てほしい。さらに、そういう人とどのように接すればコミュニケーションが取れるのかも練習するといいだろう。興味のある方は、私のNPOを訪ねてほしい。

<参考文献>

メンタルレスキュー協会 著・下園壮太 監修『クライシス・カウンセリング』(金剛出版)