君嶋護男 きみしま もりお
公益社団法人労務管理教育センター 理事
1.岩手銀行賃金請求事件
家族手当の支給対象を「扶養家族を有する世帯主たる行員」としているのは、女子であることのみを理由として妻たる行員を著しく不利に扱う規定であり、労働基準法4条・92条に反し無効
盛岡地裁 昭60.3.28判決 労判450号62ページ
仙台高裁 平4.1.10判決 労判605号98ページ
[1]事件の概要
銀行(被告)は「扶養親族を有する世帯主たる行員に対しては、別表基準により家族手当を支給する」としつつ、「世帯主たる行員」について、「自己の収入をもって、一家の生計を維持する者をいい、その配偶者が所得税法に規定されている扶養控除対象限度額を超える所得を有する場合は、夫たる行員とする」と規定した給与規程に基づき、夫が市会議員となって扶養控除対象限度額以上の所得を得るようになった女子行員(原告)に対し、家族手当および世帯手当の支給を打ち切った。そこで原告は、給与規程の当該部分は女子であることを理由とした差別であるとして、被告に対し、上記手当の未支給分の支払いを請求した。
第1審では、扶養家族を有する行員に対してその家計を補助する目的に徴すると、家族手当および世帯手当につき夫婦のいずれか一方にあらかじめ特定するという男女の性別に着目した基準を設けることの合理性を根拠づけることはできないとし、本件給与規程部分は、労働基準法(以下、労基法)4条、92条によって無効であると判示した。
[2]控訴審判決および解説
控訴審では、被控訴人(原告)と夫の収入とを比較して、どちらが世帯主(主たる生計維持者)かについて検討を加えている。すなわち、夫の所得が各年度300万円であり、妻たる被控訴人の所得が各年度600万円であること等によると、主たる生計維持者は被控訴人であって、長女は被控訴人によって扶養されていると認められるから、被控訴人は給与規程にいう「自己の収入をもって、一家の生計を維持する者」「子を扶養して世帯を構成している行員」に当たると認めている。そして、本件で問題となった家族手当、世帯手当は労基法上の賃金であり、男子行員に対しては妻に収入があっても本件手当を支給しながら、共働きの女子行員に対しては、実際に子供を扶養していても夫に一定の収入があると本件手当を支給しないとする取り扱いは、性別のみによる賃金の差別扱いであり、労基法4条に違反し、公序良俗に反して無効と判示している。
控訴人(被告)の給与規程では、扶養親族を有する世帯主たる行員に対しては、家族手当および世帯手当を支給すると定めており、その限りでは男女差別はないが、配偶者が所得税法に規定される扶養控除対象限度額を超える所得を有する場合は「夫たる行員とする」として、ここで男女差別が生じている。つまり、夫婦ともに扶養控除限度額を超える所得を得ている場合は、実際に妻の収入が多くて主に生計を担っている場合であっても妻には上記手当が支給されないわけであるから、明らかな男女差別といわざるを得ない。この事件の第1審判決が出されたのは、男女雇用機会均等法の国会審議が佳境を迎えていた時期で、そうした時代背景もあって非常に注目を集めた事件といえる。控訴審判決は、その結論においては妥当と考えられるが、判決が出されるまで第1審から約7年もかかっていることからすると、裁判所内での意見調整に相当手間取ったことがうかがえる。
このほか、家族手当等の支給を巡って争われた事件として、①日産自動車賃金等請求事件(東京地裁 平元.1.26判決)、②三陽物産賃金請求事件(東京地裁 平6.6.16判決)、③ユナイテッド・エアー・ラインズ配偶者手当不支給処分事件(東京地裁 平13.1.29判決)が挙げられる。
①日産自動車賃金等請求事件(東京地裁 平元.1.26判決)
日産自動車賃金等請求事件は、女子社員7名(原告)が家族手当の支給を拒否されたことが、女子であることを理由とした差別であるとして、会社(被告)に対して不支給分の家族手当および慰謝料の支払いを請求した事件である。判決では、家族手当は生活補助的な性質が強いからその支給を実質的な意味での世帯主に限るという会社の運用はあながち不合理とはいえず、実態としてほとんど男子に支給される会社の運用は合理性があるとして原告らの請求を棄却した。また、この事件では、家族手当の支給申請に当たって女子のみに夫の収入証明書の提出を求めており、原告らはその点も男女差別と主張したが、これについても通例夫が世帯主になっていることから、女子を不当に差別するものではないとして、原告らの主張を斥けている。要は、会社の事務処理負担に配慮した判断といえる。
②三陽物産賃金請求事件(東京地裁 平6.6.16判決)
三陽物産賃金請求事件は、家族を有する世帯主および勤務地無限定の社員には実年齢に応じた本人給を支給する一方、勤務地限定の社員については本人給について26歳相当を限度としていた会社において、男子については勤務地限定であっても年齢に応じた本人給を支給していたところ、判決では、この扱いは女子であることを理由とした賃金差別であり、労基法4条違反であるとして、女子の差額賃金請求を認めている。この事件は、規定上は男女の区別はないが、勤務地限定で非世帯主または独身の男子については、規定上は26歳の本人給であるべきところ、運用として世帯主と同様に実年齢に応じた年齢給を支給するという「温情措置」を採ったわけだが、温情措置を採るなら、女子も同様にしなければならないということであろう。
③ユナイテッド・エアー・ラインズ配偶者手当不支給処分事件
(東京地裁 平13.1.29判決)
ユナイテッド・エアー・ラインズ配偶者手当不支給処分事件は、会社(被告)が、男女を問わず婚姻している者に対し一律に配偶者手当を支給していたところ、独身女性(原告)が、配偶者手当の支給は婚姻しているか否かという社会的身分による差別であるとして、労基法3条、憲法14条(法の下の平等)、同13条(幸福追求権)、同24条(婚姻の自由)、偏見および慣習その他あらゆる慣行の差別撤廃を求めている女性差別撤廃条約、男女雇用機会均等法に違反し、公序良俗違反として無効であると主張し、配偶者手当相当額および「結婚すれば良い」などの中傷に対する慰謝料800万円の支払いを請求した事件である。判決では、家族手当の果たしている一般的な役割に照らせば、家族関係を保護するための生活扶助または家計補助給としての経済的性格を持ち、配偶者の所得制限のない支給規程を設けている企業が半数に上っている調査結果からすれば、本件配偶者手当支給規程は独身者を不当に差別した不合理なものとはいえず、公序良俗違反には当たらないとして原告の請求を斥けている。
なお、③とは逆に、既婚女性への差別が争われた事件として、次のものが挙げられる。
2.住友生命地位確認等請求事件
既婚女性であることを理由に一律に低査定を行い、昇給、昇格差別することは人事権の濫用で不法行為に当たるとして、差額賃金・差額退職金相当損害金、慰謝料の支払いを命じた
大阪地裁 平13.6.27判決 労判809号5ページ
昭和30年代に被告に雇用された高卒の既婚女性12名(原告)は、同時期入社の高卒未婚女性より昇格・昇給が遅れており、これは被告が既婚を理由として昇給・昇格差別を行ったことによるとして、差額賃金および慰謝料の支払いを請求した。判決では、まず労基法13条(法律の基準に達しない部分は無効として、無効となった部分は法律の定める基準による)の適用については、無効となった部分を補充し得る具体的な昇格基準を求めることはできないとして、原告らが主張する昇格による地位確認請求を斥けている。一方、昭和30年頃から平成7年まで、女性内勤職員に対し、結婚や妊娠時に退職を強く勧奨した事実を認定し、既婚を理由に女性に対し一律に低査定を行うことは違法な行為と判示した。判決では、被告の人事制度自体が既婚女性を差別するものではないが、その考課査定の運用において既婚女性を一般的に質・量が低いとして処遇することは合理性がなく、産休、育児時間を取得し、その間に労働がなされていないことにより、労働の質・量が低いということであれば、法律上の権利の行使をもって不利益に扱うことになり許されないと判示している。
平成8年3月在籍の原告らと同時期入社の内勤女性93人中、未婚者は61人、既婚者は32人であるが、未婚者50人が一般指導職以上に昇格する一方、既婚者で一般指導職以上に昇格している者は2人であり、原告らはいまだ昇格していない。
原告ら既婚女性に対する人事考課について、妊娠・出産、育児時間の取得などの時期と低査定の時期がおおむね一致していることから、被告は否定するものの、これらの事実が低評価をもたらしたものとして被告の違法性を認めている。判決では、産休や育児時間等によってその間の業務量が他の職員より減少することはやむを得ず、これをもって人事考課上のマイナス要因とすることは、それにより労働者の権利取得を事実上妨げ、こうした権利を保障した趣旨を実質的に失わせ許されないと述べている。また、原告らの多くは小さな子供を抱えていたことから、極力定時退社する場合が多かったが、残業命令に違反したとの事情がない以上、人事考課上のマイナス要因とすることは相当でなく、残業をしないことを低査定とするのは既婚女性に対する差別であるとして、それぞれ差額賃金相当額、退職している者には退職金の差額のほか、精神的苦痛に対し、100万~300万円の慰謝料を認めている。
3.家族手当等についての考え方
家族手当、世帯手当、住宅手当など、多くの企業で支給されている手当は、いずれも労基法11条に定める「賃金」に該当するから、これについて男女差別があれば、それは同法4条に違反することとなる。ただ、上記手当は、広い意味で労働の対償に当たるものの、具体的な労働との対応関係が明確でなく、生活保障的な性格が強いため、多くの企業において、「世帯を支えるのは男性」という観点から、これらについて女性を対象から外す措置が採られてきたところである。
今回の働き方改革関連法においては、「同一労働同一賃金」がその一つの柱になっているところ、家族手当等生活保障的な手当と同一労働同一賃金との関係が問題となろう。同一労働同一賃金は、理念としては誰も否定しないと思われるが、年功賃金、各種生活保障的手当等、同一労働同一賃金とは本来相いれない賃金形態が一般的に採られている我が国(主に官公庁、大企業)において、今後同一労働同一賃金をどのような形で実現していくのか、難しい課題を背負ったといえるし、その中で、家族手当等生活保障的手当の扱いがどのようになされていくのか、注意深く見つめる必要があろう。
君嶋護男 きみしま もりお
公益社団法人労務管理教育センター 理事
1948年茨城県生まれ。1973年労働省(当時)入省。労働省婦人局中央機会均等指導官として男女雇用機会均等法施行に携わる。その後、愛媛労働基準局長、中央労働委員会事務局次長、愛知労働局長、独立行政法人労働政策研究・研修機構理事兼労働大学校長、財団法人女性労働協会専務理事、鉱業労働災害防止協会事務局長などを歴任。主な著書に『おさえておきたい パワハラ裁判例85』(労働調査会)、『セクハラ・パワハラ読本』(共著、日本生産性本部生産性労働情報センター)、『ここまでやったらパワハラです!―裁判例111選』(労働調査会)、『キャンパス・セクハラ』(女性労働協会)ほか多数。