2018年10月26日掲載

企業ZOOM IN⇔OUT - コストコホールセール・ジャパン

一般社員・アルバイト共通の時給制給与を採用、
異動・昇格はすべて社内公募によりチャレンジを促す

先進的な取り組みをしている企業の現場をレポート

[企業ZOOM]INOUT

会社概要:世界11カ国・地域に766の大型倉庫店を構え、24万人以上の従業員を雇用するグローバル企業の日本法人。世界における小売業ランキングで第2位の売り上げ規模を誇る。会員制ホールセラーのビジネスモデルの強みを生かし、積極的な出店戦略を展開中。

本社:神奈川県川崎市川崎区池上新町3-1-4
資本金:95億500万円
社員数:9400人
<2018年3月末現在>
https://www.costco.co.jp/

取材対応者(取材当時)
人事・総務・マーケティング部長 中川裕子氏
取材・文/滝田誠一郎(ジャーナリスト)

1.全国に26の倉庫店を展開、従業員数は9000人強


 「コストコ」の呼び名で親しまれるコストコホールセール(本社:米国ワシントン州シアトル、設立:1983年)は、アメリカらしさを象徴するような超大型の会員制倉庫店である。アメリカ、カナダを中心として世界11カ国・地域に766倉庫店(2018年10月20日現在)を展開し、会員数は実に9430万人(2018年9月現在)を数える。
 コストコホールセール・ジャパンの設立は1998年4月。翌1999年4月に第1号店となる久山倉庫店(福岡県糟屋郡久山町)を開店し、これを皮切りとして現在までに26の倉庫店を展開している。本社ならびに2カ所の物流センター(千葉県市川市、兵庫県三木市)を合わせた従業員数は9000人を超える。
 アメリカ本社の制度を踏襲しているコストコホールセール・ジャパン(以下では「コストコ」と略)の人事制度は、極めて単純明快かつユニークなものになっている。その骨格をなしているのは、一般社員の時給制と管理職年俸制を組み合わせた給与体系、そして社内公募制度である。
 これらを中心に、同社の制度内容と考え方について、中川裕子人事・総務・マーケティング部長にお話をうかがった(以下の発言はすべて中川氏)。

2.一般社員の給与は正社員・アルバイト共通の時給制


 同社の給与制度は、管理職と一般社員とで大きく異なっている。かたや年俸制、かたや時給制という具合だ。ここで注目すべきは、一般社員の給与が時給制で定められており、しかもフルタイムの正社員にも、パートもアルバイトにもすべて同じ時給テーブル(表)が使われているという点だ。日本企業ではまず例のない給与体系である。
 新卒入社の社員であれ、中途入社の社員であれ、パートやアルバイトであれ、すべての社員が入社時の経験やスキルの有無によって「アシスタント」と、会員向けサービスなどを担当する「クラーク」とに分けられる。そして、まだ経験・スキルを身に付けていないアシスタントは時給1250円から、一定の経験・スキルがあるクラークは時給1300円からスタートすることになる。この入社時時給(1250円/1300円)は、同社が年に2回、独自に行っている調査から導き出された金額だという。
「パートやアルバイトの時給は地域によって異なりますが、当社では最も高い首都圏の競合店の時給を調査して、それよりも相当に高い水準で時給を設定し、全国一律で適用しています。ですから、首都圏に比べて時給が低い地域などでは、同業他社に比べて時給が500円くらい高いというようなことも起こり得ます。競合他社の時給が上がれば、当社の時給も上がる形になり、少なくとも3年に1回は時給がアップしています」(中川部長)
 時給テーブルは8段階からなっており、ほぼ半年(=1000時間勤務)ごとに自動的に昇給する。これもまた他に例を見ない給与体系といえる。
「他の小売店で働いているパート社員の場合、何年間も時給が据え置かれたままというケースも珍しくありませんが、それはフェアではないと私どもでは考えています。長く働いてもらえれば習熟度が上がり、生産性も上がります。それに伴って給料も当然上がるべきだというのが当社の考え方です。新たに人を採用したり、トレーニングしたりする費用を考えれば、同じ人に長く働いていただいたほうが企業にとっては絶対にプラスです。そういう意味で定着率ということを非常に重視しており、高い賃金と好待遇で社員をお迎えするということをモットーにしているのです」
 同社は離職率は公表していないが、卸売業・小売業の離職率14.0%(厚生労働省「平成29年 雇用動向調査」)よりは「確実に低い」と中川部長はいう。

 半年ごとに自動昇給していくと、入社から3年半で8段階からなる時給テーブルの一番上に達する。アシスタントであれば1650円、クラークならば1800円で、これが時給の上限になる。アシスタントやクラークでいる限り、ここから先は何年勤続しても時給は上がらない。ちなみに、同社の賞与は個人の成績・成果に関係なく、勤続年数に応じて増額される仕組みになっているため、時給が上限に達した以降も賞与は年々増えていく。
 したがって、より多くの収入を目指すならば、パートやアルバイトはフルタイムの正社員を目指し、正社員は年俸制の管理職の第1段階であるスーパーバイザーを、さらにその上の管理職を目指すことになる。
「クラークの時給の上限は、スーパーバイザーの年収を超えないレベルということで決めています。より多くの収入を得るためにも、フルタイム勤務の方は、全員がスーパーバイザーを目指して頑張ってほしいというのが私たちの願いです」
 正社員もパートも同じ時給テーブルが使われているため、今日注目を集める同一労働同一賃金を採っていると見られることも多いそうだが、中川部長は「同一労働同一賃金という言葉でくくられるのは本意ではない」と否定する。
「賃金テーブルは同じですが、現状では賞与の支給対象は正社員のみという大きな違いがあります。週40時間勤務の正社員と、週20時間以上30時間以内という時間的制約の中で働いているパートでは、職場における責任の重さがまったく異なるため、処遇面でそのような差を設けているわけです。同一労働ではないので、同一の年収ではないのです。ただし、福利厚生面に関しては、パートであっても正社員とほぼ同等の手厚い内容に設定しています」

3.入社数年で年収大幅アップも可能


 同社ホームページの新卒採用コーナーを見ると、給与について以下のような説明が記されている。

 正社員も時給制 時給1250円もしくは1300円スタートです。(試用期間90日後)

 新卒であるにもかかわらず時給に差(1250円/1300円)があるのは、担当する業務によって異なるためである。同社では「Student Program」という独自の仕組みを設けており、学生時代に同社でアルバイトやパートとして勤務した経験がある場合、その勤務時間がすべて累積され、正社員として入社する際には"経験者"としてスタートすることができる。これにより入社時の時給に差がつくわけである。プログラムは長期アルバイト・パートとして勤務後に正社員として入社する「レギュラープログラム」と、夏休みなどの短期アルバイトとして勤務経験を積んだ後に正社員として入社する「リテンションプログラム」の2種類があり、後者の場合は最低5日以上の勤務が条件となっている。

 同社の勤務体系は1日8時間30分拘束の実働7時間30分、1時間の休憩のうち30分が有給休憩となっているので、時給1250円×8時間(7時間30分+30分)×21日で月収21万円、時給1300円の場合は月収約22万円という計算になる。
 注目すべきは入社後の年収の伸びだ。1年目270万円の年収が2年目には300万円に、3年目には330万円にまでアップする。半年ごとに時給が自動昇給し、それが月給にも年収にも反映されるため、年収が跳ね上がるのだ。
 実際には、自動昇給分よりもはるかに大きく年収がアップするケースも決して珍しくないという。
「アシスタントとして入社した新入社員が、数カ月後にクラークになるケースは珍しくありません。クラークになることで時給がアップしますから、年収もその分だけ大きくアップすることになります。学生時代の4年間、ずっとコストコでアルバイトをしていた新入社員が、入社後90日でスーパーバイザーに昇格したケースもあります。新入社員がいきなりスーパーバイザーになることなど他社では考えられないと思いますが、新入社員ではなく、4年の実務経験がある経験者として受け入れるのが当社の考え方なので、その人が入社後すぐにスーパーバイザーになっても誰も不思議には思わないのです。給与は時給制から年俸制になり、当然ながら年収はぐんとアップします」

 管理職の年俸額は非公表のため、時給制から年俸制に切り替わった時点でどの程度年収がアップするのかは明らかでない。だが、倉庫店の売り上げに連動して賞与部分が決まる倉庫店長の年俸は「少し驚くくらいの高いレベルです」と中川部長はいう。
「倉庫店長の年俸水準は、そこまで上り詰めた人材を会社として非常に大切に思っていることの表れといえます。アメリカンドリームならぬジャパニーズドリームといってもおかしくない水準の年俸を支払っています。それがまた後に続く人たちの目標になり、励みになっていると思います」

4.異動も昇格もすべて社内公募で


 同社の人事制度のもう一つの柱が社内公募制度だ。社内公募制は、既に多くの企業で導入されているが、同社の制度は他社とはまったく性格の異なるユニークなものとなっている。
 どこがユニークなのかといえば、そのポイントは徹底した運用方針にある。副倉庫店長以上の幹部社員の任用、異動、昇格は辞令によるが、それ以外の社員に対して会社が人事の辞令を発することは一切ない。勤務地や職種の異動、パートタイマーから正社員へ、時給制から年俸制への転換、昇格等々の人事一切が社内公募によって決まるのだ[図表1]

[図表1]社内公募を通じたキャリアアップの仕組み(同社ホームページより)

 社内公募制度は入社90日目から利用することができる。アシスタントとして入社した新入社員が90日目に社内公募制度を利用してクラークになったり、パートタイマーが正社員になったりすることが可能なのである。先に紹介した、"新入社員が入社後90日でスーパーバイザーに昇格したケース"も、社内公募制度によって実現したものである。自発的・積極的に制度を活用し、新たな職種、新たな職場、新たなポストに挑むことこそが、同社における唯一無二のキャリアアップ方法となっているのである。その逆に、社内公募制度を利用して、ライフスタイルの変化等に合わせてフルタイムの正社員からパートタイマーに変わったり、年俸制の管理職から時給制の非管理職に移ることもできる。

[図表2]社内昇進実績例

入社2年目
Student Programを利用して新入社 実例
入社8年目
倉庫店長 実例

2008年 アルバイト入社

2009年 社内公募制度を利用して
パートタイム昇格

2010年 Student Programを利用して
4月正社員 昇格

2011年 社内公募制度を利用して
スーパーバイザー 昇格

2012年 社内公募制度を利用して
マネージャー 昇格

2004年 パートタイム入社3カ月後
フルタイムへ昇格

2005年 社内公募制度を利用して
スーパーバイザー昇格

2006年 社内公募制度を利用して
マネージャー昇格

2008年 副倉庫店長 昇格辞令

2011年 倉庫店長 昇格辞令

 社内公募への入り口として、26の倉庫店と二つの物流センター、そして本社それぞれのポスティング情報が常時全社で共有されており、何度でも応募することができる。積極的に手を挙げて、数カ月単位でキャリアアップを図ることもできれば、ライフスタイルに合わせてフルタイムからパートタイマーになり、その後に再びフルタイムの正社員に戻って管理職を目指すというような使い方もできる。
「応募に際しては、所定の申込用紙に記入した上で、倉庫店であれば人事・総務のマネージャーと倉庫店長のサインをもらう必要がありますが、基本的には本人の意思を尊重して応募させています」(中川部長)
 人事・総務のマネージャーまたは倉庫店長がサインをした申込用紙は公募先へ送られ、それから選考がスタートする。公募先のポジションが非管理職の場合は、直近1年間の人事考課と面接結果に基づいて選考が行われる。また、管理職の場合は人事考課と面接に加えて筆記試験も行われる。
「管理職の選考に筆記試験を行うようになったのは比較的最近のことで、試験内容は応募先のポジションやレベルによってそれぞれ異なります。管理職としての一般常識や社内のプロシージャー(手順・手続き)に関すること、専門知識などを問うような内容になっています」

 社内公募制度を使って何度でも新たなチャレンジをすることができるが、しかし、そのチャレンジが成功するか否かは「完全に本人の能力次第」(中川部長)という厳しさもある。当然、思うようなキャリアアップが図れないケースもあり得るということだ。
 そうした厳しさはあるものの、社内公募制度は全体として非常にうまく機能していると中川部長は語る。
「さまざまなポスティング情報が常時全社に共有されていて、何度でも応募することができるというのが、私どもの社内公募制度の大きな特徴です。この制度があるおかげで社員は自分の事情と希望に合った形でキャリアを選択することができます。もし自分で選択を誤ったと思ったら、社内公募制度を使ってやり直すこともできます。今の仕事が自分に合わないからといって、会社を辞めてしまう必要はないのです。私どもの会社は競合他社に比べると離職率が非常に低いのですが、その理由として、再チャレンジが可能な社内公募制度がうまく機能していることが非常に大きいと考えています」