君嶋護男 きみしま もりお
公益社団法人労務管理教育センター 理事
妊娠・出産、産休だけではなく、育児休業の取得を理由とする不利益取り扱いや取得の妨害行為も少なからず見られるところである。
1.コナミデジタルエンタテインメント地位確認等請求事件
就業規則に「報酬グレード」が「役割グレード」と連動していることを定める条項がないことを理由に、担当職務の変更に伴う報酬の減額は無効
東京地裁 平23.3.17判決 労判1027号27ページ
東京高裁 平23.12.27判決 労判1042号15ページ
[1]事件の概要
ゲームソフト等の製造販売を業とする会社(被告)において、ゲームに関する海外ライセンス業務に従事していた女性社員(原告)は、平成20年7月半ばから平成21年4月半ばまで産休および育休を取得した後に復職した。原告は育児短時間勤務を申し出て企画業務型裁量労働の適用を外され、国内ライセンス業務に担務変更されたことにより役割グレードを「B-1」(Bクラス中最低)から「A―9」(Aクラス中2番目)に引き下げられ、これに伴って年俸額を減額された。また、被告は、原告が産休までの3カ月余見るべき成果を上げていないこと、産休のために繁忙期を経験していないことなどを理由に、平成20年度の成果報酬をゼロと査定し、年俸額を640万円から520万円に引き下げた。これに対し原告は、上記一連の措置は、育休を取得した女性に対する差別であって、憲法、労働基準法、育児・介護休業法、男女雇用機会均等法等に違反し無効であるとして、被告に対し、給与差額および慰謝料等3300万円の支払いのほか謝罪を求めた。
第1審では、原告が担当していた海外ライセンス業務の引き継ぎに特段の問題がなかったこと、被告は海外ライセンサーから、それまで担当者の頻繁な交代についてクレームを受けていたこと、原告は育児短時間勤務を求めていたことからすると、復職時において原告を海外ライセンス業務に戻すことは困難であり、本件担務変更は、育児・介護休業法、男女雇用機会均等法で定める不利益取り扱いには当たらないとして、本件担務変更に伴うグレードの引き下げとこれに連動する報酬の引き下げは人事権の濫用には当たらないと判示した。ただ、原告が産休に至るまでの3カ月余の成果報酬をゼロと査定することは裁量権の濫用に当たるとして、その点について被告に対し慰謝料等35万円の支払いを命じた。
[2]控訴審判決
Aクラスはスタッフであるのに対し、Bクラスはマネジメント職候補とされ、明らかに質的な違いがあるから、少なくともBクラスの者をAクラスに変更することは、一種の不利益を生じさせる。しかも、年俸規程では「報酬グレード」が「役割グレード」と連動することを定める条項は存在せず、報酬の引き下げは賃金額を不利益に変更するものであるから、就業規則等に明示的な根拠もなく、労働者の個別の同意もないまま行うことは人事権の濫用として許されない。一般のサラリーマンの場合、いかに成果報酬制度を導入したとはいえ、特段の事情のない限り、前年と同程度の労働の提供によって同程度の基本的な賃金を確保できると期待するのは当然であり、控訴人(原告)の役割グレードを変更し、報酬を減額したことは、たとえ担務の変更を伴うとしても無効というべきである。控訴人の復職に際して、担当を海外ライセンス業務から国内ライセンス業務に変更したこと、控訴人について育児短時間勤務を認めるとともに裁量労働制の適用を排除したことについては、いずれも合理的な理由が認められる。
本件査定中の控訴人の成果は、直ちに従前と同程度と見ることはできないが、控訴人は妊娠が判明した後海外出張してライセンス取得の交渉をしたこと、復職の時期についても、マネージャーの示唆もあって2カ月程度遅らせたこと、復職に際してはフルタイムのベビーシッターを確保して業務に支障が出ないよう最大限の努力をすると伝えたことから、復職すれば一定の成果を上げることが可能と考えられ、成果報酬は、Bクラスの平均値(60万円)を下回らないと評価できる(平成20年度の成果報酬については、第1審と同様の判断)。
[3]解説
育児・介護休業法22条では、雇用管理等に関する措置について定め、育児休業後における労働者の配置につき必要な措置を講じることの努力を求め、これに基づく指針では、育児休業からの復職に当たっては、原則として原職または原職相当職に復帰させるよう配慮を求めている。この規定に従えば、被告としては育休明けの原告を海外ライセンス業務に戻すべきこととなるが、被告がそうしなかったのは、①原告が育児短時間勤務を取得することから、当面は深夜業務が不可欠な海外ライセンス業務は無理と判断したこと、②海外ライセンサーから担当者の頻繁な交代についてクレームを受けており、仮に原告を復帰とともに元の部署に戻すとすれば、前任者は9カ月足らずで交代となるから、海外ライセンサーの信頼を失うことを危惧したことがその理由と思われる。
第1審と控訴審とを比較すると、復帰後の原告を国内業務に異動させたことは共に適法と認めているが、それに伴う役割グレードおよび報酬グレードの引き下げについては見解が分かれている。控訴審がこれを非としたのは、役割グレードのAとBでは質的に異なること、給与規程上、役割グレードと報酬グレードが連動するようにはなっていないことから、根拠のない賃金引き下げは許されないとしたことである。被告は、成果主義の賃金制度を有し、そのポストに応じた給与を支給していたようであるが、原告の異動先の前任者がBランクに位置づけられていたことから見て、その趣旨が徹底しておらず、属人的な要素が残っていたように思われ、控訴審における敗訴は、被告の対応の拙(つたな)さも一因となっているように思われる。
今後は女性が企業等でますます活躍することが見込まれ、そうした女性や男性が育休を取得することが増大すると予想される。そうなると、本件のように重要なポジションで働く者が育休を取得した場合、アルバイト等で代替することは困難であり、正規の人事異動で対処せざるを得ない場面が増えて来ると思われることから、育休明けに現職に戻すとなれば、短期間での人事異動という問題を生じさせ、業務の遂行に支障を来すことも懸念される。したがって、育休明けの復職の在り方について、原職あるいは原職相当職復帰を基本としつつも、柔軟に対応することが必要となろう。
なお、育児短時間勤務の取得を理由に昇給を抑制されたものとして、次の事例がある。
2.重度心身障害児(者)団体昇給抑制事件
育児短時間勤務制度を利用した労働者に対する昇給抑制は、育介法23条の2が禁止する不利益な取り扱いに当たり、違法
東京地裁 平27.10.2判決 労判1138号57ページ
[1]事件の概要
重度心身障害児(者)の教育等を目的とする社会福祉法人(被告)は、育児短時間勤務制度(本件制度)を実施していたところ、女性職員3名(原告)は、本件制度を利用して、本来1日8時間勤務のところ、6時間勤務としていた。被告では、過去1年間良好な成績で勤務した職員(C評価)は4号給、特に良好な職員(B評価)は6号給昇給とされていたところ、育児休業を所得した原告らは8分の6に昇給を抑制された(本件昇給抑制)。原告らは、本件昇給抑制は違法・無効であるとして、被告に対し、本件昇給抑制がなければ適用されるべき号給の地位の確認、給与の差額のほか、慰謝料各50万円の支払いを請求した。
[2]判決要旨および解説
育児・介護休業法23条の2は、強行法規と解され、所定労働時間の短縮措置の申し出をし、または短縮措置が講じられたことを理由に解雇その他の不利益取り扱いをすることは、特段の合理的な理由がない限り、同条に違反して無効である。原告らの基本給は、短時間勤務の間は8分の6に減額されており(ノーワークノーペイ)、原告らは「B」「C」の評価を受けているにもかかわらず、労働時間が短いことを理由に一律に8分の6を乗じた号給を適用することは、ノーワークノーペイの原則のほかに不利益取り扱いをするものであり、そのような取り扱いには、同条の不利益取り扱いに該当し無効である。ただし、本件のように不作為の形で不利益取り扱いをする場合に、不法行為を構成することはあっても、昇給の請求権を与える効力まで持つものとはいえない。
判決では、以上の考え方に立って、原告らの昇給請求権は否定したものの、本来支給されるべき給与と現実に支払われた給与との差額相当額を、不法行為に基づく損害賠償として認めた(4万6000~12万円程度)。さらに、本件昇給抑制は、当該年度だけでなく、翌年度以降も抑制された号俸を前提に昇給するから、不利益が継続し、退職金にも不利益が及ぶ可能性があるとして、慰謝料各10万円を認めた。
育児休業を取得するのは現状大半が女性であるが、育児休業を取得した男性の不利益が問題となった事例として次のものが挙げられる。
3.医療法人稲門会いわくら病院損害賠償請求事件
育休を取得した男性看護師に対し、職能給の昇給を行わなかったこと、昇格試験の受験資格を認めなかったことは、いずれも違法
京都地裁 平25.9.24判決 労経速2224号9ページ
大阪高裁 平26.7.18判決 労経速2224号3ページ
医療法人(被告)に勤務する男性看護師(原告)は、3カ月間育休を取得したところ、B以上の評価を受けたにもかかわらず、職能給の昇給を受けられないほか、人事評価の対象外として昇格試験の受験資格が認められなかったことから、これらは育児・介護休業法で禁止する不利益取り扱いに当たるとして、昇給・昇格を前提とした差額賃金および慰謝料30万円を請求した。
第1審では、職能給の昇給抑制による不利益は4万2000円程度であり、昇給抑制は育休取得を抑制するとまでは認められないとして違法性を否定する一方、昇格試験を受験させなかったことについては慰謝料15万円を認めた。これに対し控訴審では、同じ不就労であっても、遅刻、早退、年休、慶弔休暇等などは職能給の欠格要件である3カ月の不就労期間に含まれないから、育休を不利益に取り扱うことに合理的な理由は見いだし難く、育休の取得を抑制する働きをするものとして不法行為の成立を認め、給与・賞与の差額の支払いのほか、昇格試験を受験させなかった行為も不法行為に当たるとして、被告に対し慰謝料15万円の支払いを命じた。
本件では、育休を遅刻、早退を含む他の不就労よりも昇給に当たって不利益に取り扱っているところ、これは育休の取得を妨害する効果を有することは明らかであり、この点が第1審で問題とされなかったことは疑問である。被告が育休をかくも不利益に取り扱おうとしたことについては、2回にわたり育休を取得した男性に対する嫌がらせとも考えられる。
君嶋護男 きみしま もりお
公益社団法人労務管理教育センター 理事
1948年茨城県生まれ。1973年労働省(当時)入省。労働省婦人局中央機会均等指導官として男女雇用機会均等法施行に携わる。その後、愛媛労働基準局長、中央労働委員会事務局次長、愛知労働局長、独立行政法人労働政策研究・研修機構理事兼労働大学校長、財団法人女性労働協会専務理事、鉱業労働災害防止協会事務局長などを歴任。主な著書に『おさえておきたい パワハラ裁判例85』(労働調査会)、『セクハラ・パワハラ読本』(共著、日本生産性本部生産性労働情報センター)、『ここまでやったらパワハラです!―裁判例111選』(労働調査会)、『キャンパス・セクハラ』(女性労働協会)ほか多数。