2018年11月27日掲載

判例温故知新 精選―女性労働判例 - 第11回・完 東亜ペイント転勤拒否解雇事件、帝国臓器製薬単身赴任損害賠償請求事件ほか(仕事と家庭の両立)


君嶋護男 きみしま もりお
公益社団法人労務管理教育センター 理事

 転勤命令により単身赴任を余儀なくされたことから、家庭生活を営む権利、夫婦が同居して生活を営む権利を侵害された等と主張し、会社に対し、配転命令の無効確認、損害賠償請求等を求めた事件が数多く見られた。

1.東亜ペイント転勤拒否解雇事件

神戸から名古屋への転勤命令拒否を理由とする懲戒解雇につき、単身赴任となる生活上の不利益は、転勤に伴い通常甘受すべき程度のもので転勤命令は権利濫用に当たらない

大阪地裁 昭57.10.25判決 労判399号43ページ
大阪高裁 昭59.8.21判決 労判477号15ページ
最高裁二小 昭61.7.14判決 労判477号6ページ

[1]事件の概要

 塗料の製造等を業とする会社(被告)に勤務する入社9年目の営業担当主任(原告)は、神戸営業所から広島営業所への転勤の内示を拒否したところ、名古屋営業所への異動を内示され、拒否したにもかかわらず転勤命令を発令され、これに従わなかったため、発令の3カ月後に懲戒解雇された。そこで原告は、本件転勤命令は人事権の濫用として無効であり、その拒否を理由とする解雇も無効であるとして、従業員としての地位の確認および賃金の支払いを求めた。当時原告は、母親(71歳)、妻(28歳)、子(2歳)と共に住んでおり、母親は元気で大阪を離れたことがなく、妻は転勤命令当時、保母として勤務するようになったところであった。また、原告には当時独立の生計を営む異母兄弟の兄2人と姉2人がいた。第1審および控訴審では、妻は名古屋に移住しても、2歳の幼児を預けて働くところが見つかるとは限らないことから、原告は単身赴任とならざるを得ず、原告は相当な犠牲を強いられる一方、原告の名古屋転勤の必要性はそれ程強くなく、他の従業員を転勤させることも可能であったとして、本件転勤命令およびその拒否を理由とする本件解雇を無効と判断した。

[2]上告審判決および解説

 特に転居を伴う転勤は労働者の生活に影響を与えるものであるから、その濫用は許されないとの原則を示した上で、転勤命令につき、①業務上の必要性が存しない場合、②業務上の必要性が存する場合であっても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたとき、③以上に該当しなくても労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限り、当該転勤命令は権利の濫用に当たらないとの判断基準を示し、本件はそのいずれにも該当しないとして、原審を破棄して被上告人(原告)の請求を棄却した。
 原告は、本件転勤拒否の理由として、高齢の母親の存在、妻の仕事を挙げているが。母親は健康で、近くに4人の兄弟姉妹がいることからすれば、原告の転勤によって重大な問題が生じるようには思えないし、妻の仕事についても、当時(昭和48年)の経済情勢からすれば、いったん退職して名古屋で再就職することも比較的可能性が高かったものと思われる。ただ、被告は、最初原告を広島に転勤させようとしながら拒否を受けて急遽転勤先を名古屋に切り替えたわけで、こういうことをすると、その転勤に必然性がないと判断されやすく、第1審、控訴審で敗訴したことは、被告のこうした対応も一因となっていると思われる。
 本件上告審で示された転勤命令の合理性についての上記①~③の基準は、その後の裁判において完全に定着している。


2.帝国臓器製薬単身赴任損害賠償請求事件

転勤命令は業務上の必要性に基づくものであり、それによる不利益は社会通念上甘受すべき程度を著しく超えるとはいえず、権利の濫用に当たらない

東京地裁 平5.9.29判決 労判636号19ページ
東京高裁 平8.5.29判決 労判694号29ページ
最高裁二小 平11.9.17判決 労判768号16ページ

 同じく転勤命令により単身赴任を強いられたとして、権利侵害に基づく損害賠償を請求した事件である。この事件では、転勤を命じられた医薬情報担当者(原告)は、一応は命令に従って名古屋営業所に赴任したものの、横浜に配転されるまでの6年間、親子・夫婦が同居して家族生活を営む権利、夫婦が協力して子供を教育する権利を侵害されたなどとして、慰謝料等216万円を請求した。前記東亜ペイント事件では、妻が新しい職場に入って間もないのに対し、本件では妻が夫と同じ会社で10年のキャリアを積んでいること、小学生を頭に3人の子供がいることから、単身赴任となれば夫婦ともに経済的・精神的負担が著しく大きくなるとして、いわば家族ぐるみで争ったような事例であって、単身赴任の是非を巡って正面から争われた最初の事例ともいえ、最高裁により原告が全面敗訴とされたことから、その後の同種の裁判に大きな影響を与えた。
 第1審では、①本件配転命令が業務上の必要性に基づくものであり、その必要性は余人をもって容易に替え難いほど高度な必要性を要しないこと、②本件配転命令は長期間行われてきた人事ローテーションの一環であり、公平性、人選に不当な点は認められないこと、③会社は、本来基準に該当しない原告に別居手当を支給するなど、二重生活による負担の軽減、回避のための措置を取っていること、④転勤先が新幹線で2時間の場所にあることから、原告らはこれによって通常受ける経済的・社会的・精神的不利益は甘受すべきであることとし、原告の請求を棄却した。
 控訴審でも、基本的に第1審と同様な考え方を示して控訴を棄却したが、さらに、①控訴人(原告)は入社以来15年と、社内でも相当長期間にわたって都内の営業を担当しており、控訴人のみを転勤対象から外すとかえって不公平になることから、人事異動施策には合理性があること、②控訴人らが受けた不利益は、受忍限度内にあること、③転勤命令には本人の同意を要するという労使慣行を認めることはできないこと、④単身赴任を余儀なくされたからといって、転勤命令が公序良俗に反するとはいえず、家族生活を優先させるべきであるとの考え方が社会的に成熟しているとはいえないことを挙げて控訴を棄却した。本件は控訴人から上告されたが棄却された。


3.その他妻の仕事を主な理由とする転勤拒否

 その他、妻の仕事や家庭生活との両立を理由に、転勤命令を拒否し懲戒解雇された事例として、東洋テルミー配転拒否解雇事件(東京地裁 昭48.5.11判決 労経速822号3ページ)がある。これは、北関東で勤務する社員(原告)に対し、大阪の販売力強化のために配転命令を出したところ、原告が結婚・共働き予定を理由にこれを拒否し、懲戒解雇された事例である。判決では、本件配転命令には業務上の必要性が認められるとし、家庭生活の保持だけを過度に重視すると、全国規模で営業活動を行う企業の人事交流は停滞を免れないし、扶養家族の有無、共働きか否かによって不当な差別をもたらす結果も生じるとして、家庭生活重視の考え方を牽制している。その上で、原告が大阪に赴任し、その後結婚すれば、夫婦別居か、妻の辞職という事態を招来するが、別居か妻の辞職かは、共働き夫婦の一方の転勤に当たって通常生じる事態であること、原告は幹部候補生であること、婚約者が大阪で看護婦として就職することは必ずしも困難とは思えないこと等を挙げて本件転勤命令を有効とした。
 このほか、夫婦共働きの場合、転勤に伴って単身赴任となることは想定内として、転勤命令を有効とした事例として、東洋電機製造事件(横浜地裁 昭50.7.1判決 労経速889号6ページ)、吉野石膏事件(東京地裁 昭53.2.15判決 労判292号20ページ)、日新化学研究所事件(大阪地裁 昭58.11.19判決)、ソフィアシステムズ事件(東京地裁 平11.7.13判決 労判773号22ページ)、新日鉄総合技術センター事件(福岡地裁小倉支部 平11.9.16判決 労判 774号34ページ)がある。
 なお、妻の仕事を転勤拒否の正当事由と認めたものとして、明治図書出版配転拒否仮処分申立事件(東京地裁 平14.12.27決定 労判861号69ページ)が挙げられる。もっとも、この事件は子供のアトピー性皮膚炎も転勤拒否の正当事由の根拠とされていることから、両者相まっての判断ともいえるが、妻の仕事については、女性が仕事に就き、子供を産んでから仕事を継続することは、今日の社会状況、男女共同参画社会基本法の趣旨、少子社会を克服することを目指す政府の取り組み等に照らすと、債権者またはその妻の一方が仕事を辞めることでしか回避できない不利益を「通常の不利益」と断定することはできないとの判断を示している。


4.家族の病気、介護等を理由とする転勤拒否

 転勤拒否には、さまざまな理由があるが、その一つの大きな理由として、家族の病気、介護等がある。ネスレジャパンホールディング配転命令無効確認等請求事件(神戸地裁姫路支部 平17.5.9判決 労判895号5ページ、大阪高裁 平18.4.14判決 労判915号60ページ)では、姫路工場の一部門の廃止に当たり、そこの従業員61名を茨城県の工場に配転する命令を出したところ、2名(原告)がこれを拒否し、配転命令の無効確認を請求したものである。第1審では、本件配転に業務上の必要性を認めたものの、姫路工場は1部門が廃止されたにすぎないこと、原告Aには、精神疾患に罹患した妻、原告Bには要介護の実母がそれぞれあることから、配転によって受ける不利益は通常甘受すべき程度を著しく超えるとして、原告らに配転先での勤務の義務がないこと確認した。
 控訴審では、被控訴人(原告)の家庭の事情をより詳細に考察した上で、第1審と同じ結論を導いている。また、育児・介護休業法26条(労働者の配置に関する配慮)について、第1審では一般論を述べるにとどまっていたが、控訴審では、会社は、工場内では被控訴人らの配転の余地がないこと、あるいは他の従業員に対して希望退職を募集した場合の不都合を具体的に主張立証すべきであり、その立証がなされていないとして、配転命令を無効としている。
 転勤命令拒否の理由として主に主張される理由は、①子供の教育、②高齢両親等の介護、③病気の家族の看護、④配偶者の仕事である。このうち、②、③は通常想定されないほか、転勤によって深刻な事態をもたらす可能性が高いことから、配転命令が無効とされるケースが多いようである。高齢化の進展に伴って、親の介護が転勤拒否事由として主張されることが多くなると考えられるほか、今後一層問題とされるのは、配偶者の仕事であろう。配偶者の仕事を理由とした転勤拒否については、上記のとおり、多くの裁判で原告側が敗訴しているが、今後、ますます女性が職場進出をして、重要なポストを占めるようになれば、これまでのような判断を裁判所が続けていくか否か注目されるところである。

【編集部より】本連載は、今回で最終回となります。全11回までご愛読いただき、誠に有り難うございました。

君嶋護男 きみしま もりお
公益社団法人労務管理教育センター 理事
1948年茨城県生まれ。1973年労働省(当時)入省。労働省婦人局中央機会均等指導官として男女雇用機会均等法施行に携わる。その後、愛媛労働基準局長、中央労働委員会事務局次長、愛知労働局長、独立行政法人労働政策研究・研修機構理事兼労働大学校長、財団法人女性労働協会専務理事、鉱業労働災害防止協会事務局長などを歴任。主な著書に『おさえておきたい パワハラ裁判例85』(労働調査会)、『セクハラ・パワハラ読本』(共著、日本生産性本部生産性労働情報センター)、『ここまでやったらパワハラです!―裁判例111選』(労働調査会)、『キャンパス・セクハラ』(女性労働協会)ほか多数。