2018年12月14日掲載

Point of view - 第124回 勝部一夫 ―遠距離介護のいろいろ

遠距離介護のいろいろ

勝部一夫 かつべ かずお
特定非営利活動法人海を越えるケアの手 代表理事・会長

慶應義塾大学経済学部卒業。住友金属工業㈱に入社後、営業・販売管理・秘書業務等幅広く経験し、主には同社主力製品の継目無鋼管輸出業務を担当、同社ウイーン事務所長、欧州事務所長等を歴任。三菱住友シリコン㈱(現 ㈱SUMCO)常勤監査役を退任後、2005年より現職に移り、海外駐在経験を生かして、仕事と介護の両立を支援するNPO活動に従事。

介護離職はどうして起きる?

 近年、特にここ5年ほどの間に、ワーク・ライフ・バランス活動の主要テーマが「育児」から「介護問題」へ大きくシフトし、喫緊の経営課題として多くの企業で認識され始めたことは周知のとおりである。
 「介護問題」から派生する最大の問題が、「介護離職」による優秀な人材の散逸にあることは論を待たず、これを避けるために多くの企業は、介護にかかわる諸施策の充実に心血を注いでいる。しかし、こうした取り組みにもかかわらず、依然として介護を理由にした離職が劇的に減ったということにはなっていない。介護離職に至る理由はもろもろ存在することも事実だが、企業の施策はいまだ「仏を作って魂が入っていない」状況なのだろうか? 実態は各社各様としても、介護をめぐる問題の変容にも、いま目を向ける必要があるのではないだろうか。

遠距離介護と介護離職

 昨今、働く人々の家族介護を支援するわれわれの活動の中でも、とりわけ「遠距離介護」という問題が重みを増している印象が強い。「遠距離介護」が生じる理由としては、首都圏一極集中がなお強まる中、必然的に地元を離れて働き場所を求めて来る人たちが多いこと、結果として両親を地方に残さざるを得ない状況にあることがまず挙げられる。加えて、急速なグローバル化の延長線上で、海外赴任により日本を離れるために、両親を残さざるを得ないケースも増えてきている。
 家族のそばにいられないことが問題を難しくする面はもちろんあるが、近くにさえいれば介護問題が起こらないというものでもない。私自身は、遠距離という"地政学的"理由によって離職に突き進む人がまだまだ多いことに驚きを感じている。育児・介護休業法の改正により、必要な人は誰もが介護休業を分割取得できるようになった。また、支援策の拡充を進める企業も従来以上に増えている。介護に直面している人たちが、そうした制度を十分活用できれば介護離職は避けられるはず、と考えるのも不自然ではない。しかし、必ずしもそうではないらしいとの印象も強い今日このごろ、離職の本当の要因とは何なのだろうか。
 実は遠距離という理由を盾にしてはいるものの、実態は残念ながら、いまだに介護問題を表に出すことを避けたくなる雰囲気が職場の中に残っているのではないだろうか。特に、男性優勢社会の縮図のような職場では、将来の昇進・出世に影響しかねないという疑念が拭えず、介護問題をカミングアウトする上で非常に大きなハードルが存在しているように思える。
 各社が介護に関する諸施策充実に十分すぎるほど力を注いでいることは想像に難くないが、制度づくりばかりに目を奪われてはいないだろうか。人事部門から、介護問題は個人の人事評価に一切関係しないと明確に従業員へ示すことで、魂の入った介護関連諸施策がより活用され、介護離職の防止に役立つものとなるのではないだろうか?

もう一つの遠距離介護

 大企業に従事する人たちには制度面での優遇処置が十分に用意されている一方、企業に属さない人たちの間でも最近気になることが一つ。海外の永住日本人会組織はほとんどの国々に存在しているが、ここに所属する日本人の方々は、家族の反対を押し切って、一度は故国を捨て海外に伴侶を求め永住を決めた人が多い。
 若い時代に海外へ雄飛し夢を実現したものの、最近では国内に残る高齢の親御さんを世話していた兄弟・姉妹や縁戚が、両親より先に他界して介護者不在状態となり、まさか海外在住の自分に介護問題が降って湧いてくるとはまったくの想定外で途方に暮れている、というケースが目立つようになっている。このような形での遠距離介護は、生活の基盤が国内と海外という違い以上に対応が難しい状況にあると言わざるを得ない。
 親御さんの介護のために、現実の海外生活を犠牲にしてまでというにはあまりにも酷であり、それを強いることもできないが、このような遠距離介護の問題から救済する手だてが何らかないものか、大変気掛かりである。

 遠距離介護の両極端、制度面では十分なバックアップがありながらも、それらを利用することを躊躇(ちゅうちょ)したまま距離の壁を盾に離職を選択することも、現在の生活を犠牲にしてまで親御さんの介護を優先すべきか戸惑うことも、ともに望ましい話ではない。
 われわれの活動を通じてこれらの悩みをいくばくかでも解消できるようにと願ってやまない今日このごろである。