2019年03月22日掲載

Point of view - 第131回 関屋裕希 ―怒りや不安などのネガティブ感情を味方につけて、いきいき働く

怒りや不安などのネガティブ感情を味方に
つけて、いきいき働く

関屋裕希 せきや ゆき
東京大学大学院 医学系研究科精神保健学分野 客員研究員
心理学博士 臨床心理士

専門は、心理学、産業精神保健(職場のメンタルヘルス)、感情で、マインドフルネスを含む認知行動療法を活用した教育研修プログラムの開発・効果検討や、マネジメントコンピテンシーをベースにした管理監督者向け教育研修、ポジティブ心理学の手法を活用した組織開発・活性化の実践を行っている。

 さまざまな価値観を持った人と働く中で、怒りや不安など、ネガティブな感情に悩まされ、それがストレスとなっている人は少なくないだろう。皆さんは怒りや不安といったネガティブ感情と、どのように付き合っているだろうか。
 書店で、「感情」という名のついた書籍を眺めてみると、こんなフレーズが目に飛び込んでくる。
「なかったことにする」
「コントロールする」
「抑制する」
 こうしたフレーズを目にするたびに、「ネガティブな感情は私たちの敵なのか?」という問いが頭に浮かぶ。心理学を専門とする者としての答えは、「否」だ。むしろ、感情には、私たちがいきいきと働くためのヒントがたくさん詰まっている。

感情の方程式を押さえて感情を味方につける

 ここでは、「怒り」「悲しみ」「落ち込み」「不安」という四つの感情を味方につける方法を紹介したい。
 何かを味方につけるには、まずは相手を知ることから。実は、人がどんな状況でどんな感情になるかは、生物学的に決まっている。文化や世代が違っても変わらない「感情の方程式」と、感情からのメッセージを踏まえた行動のヒントから四つの感情に対する理解を深めていただきたい。

怒り=「大事なもの」×「傷つけられる」

 怒りは、「自分の大事なものが傷つけられたとき」に生じる。大事なものを壊されたり、大事な人を悪く言われたりすると、怒りが湧いてくる。怒りからのメッセージは、「大事なものが傷つけられているから、守るために行動しなさい」ということ。腹が立ったときに、身体にぐっと力が入って心拍数が上がるのは、守るために行動する準備状態をつくっているためなのだ。
【行動へのヒント】
 人が怒りを感じたときにやってしまいがちなのは、カッとなったまま攻撃的な言動をすること、もしくは怒りを飲み込んで我慢してしまうこと。しかし、攻撃的な言動は相手との関係を悪くしたり、信頼を損なってしまったりするし、怒りをぐっとこらえて我慢することは、循環器系の疾患のリスクを高めることが分かっている。つまり、攻撃は対人関係にとって悪、我慢は身体にとって悪といえる。
 では、どうすればよいのかというと、「大事なものを守る」ために行動することが役に立つ。
 例えば、どうしても実現したい企画書があるが、企画会議で上司や同僚に否定的な意見を言われたという場面を考えてみる。大事な企画が通らないかもしれない状況なので、怒りが湧いてくる。けれど、そこで衝動的に言い返してしまっては、結局大事なものを守れなくなってしまう。大事なものを守るための行動とは、この場合は、企画が通る確率が上がるような行動をとること。上司や同僚の意見を真摯に受け止め、答えていくことこそ、近道である。

悲しみ=「大事なもの」×「失う」

 悲しみを感じるのは、「大事なものを失ったとき」だ。例えば打ち込んできたプロジェクトが終わる、信頼関係のあった上司が異動する――こんな場面で悲しさが湧いてくる。
【行動へのヒント】
 失ったものが取り戻せるのか、取り戻せないのかによって、とるべき行動は異なる。取り戻せる可能性があるのならば、行動を起こしていく。もし、取り戻せない場合には、「喪に服す」ことで少しずつ回復していく。また、涙を流すというのも効果的である。泣くことで気持ちがすっきりしたり、リラックスしやすくなる効果がある。

落ち込み=「過去の失敗」×「エネルギー切れ」

 落ち込みは、「過去の失敗によってエネルギー切れになったとき」に起こる感情である。人は、ミスをしたり、目標を達成できなかったりすると、自分の能力や存在価値に自信を持てなくなる。
【行動へのヒント】
 エネルギー切れになっている状態のため、落ち込みの機能を活かす行動としては、「休む」「休息する」というのが理にかなっている。しかし、私たちがやってしまいがちなのは、「ああすればよかった、こうすればよかった」と過去を後悔するようなことをぐるぐると考え続け、さらに自分のエネルギーを奪ってしまうこと。これでは、いつまでたっても回復できない。
 そんなときには、視野を広げる三つの問いかけを自分に投げかけて、ぐるぐると考えるところから脱出するのがおすすめだ。

①現在の状況の中でも、「いいところ」・「次に活かせるところ」はないか?

②現在の状況に対して、別の見方はできないか?

③尊敬する人が自分と同じ状況にいたら、今の状況をどう捉えるだろうか?

不安=「未来のこと」×「分からない」

 不安は、「未来のことが分からないとき」に起こる感情である。不安は、「分からないことがあるから、早めに対策をとったほうがいい」ことを私たちに教えてくれている。
【行動へのヒント】
 曖昧なものに対して、具体的な対策をとることはできないため、まずは自分の中にある不安を「見える化」する必要がある。見える化のための方法としておすすめなのは、不安を口に出して人と共有することと、書き出してみること。口に出してみると、情報やフィードバックが得られて、分かる領域が増えていく。書き出すときには、「本当は分かっていること、明確なこと」から書き出していくと、分からない領域が減って、不安が小さくなる。

 どの感情も、その感情の機能を理解した上で、行動に活かすことで、味方につけられるようになる。今回紹介した行動へのヒントを実践し、感情に振り回されるのではなく、味方につけていくことで、いきいきと働くことに役立ててほしい。