2019年06月28日掲載

Point of view - 第137回 大嶋寧子 ―離職期間がある人材を活かす「鍵」

離職期間がある人材を活かす「鍵」

大嶋寧子 おおしま やすこ
リクルートワークス研究所
労働政策センター 主任研究員

東京大学修士課程修了後、1998年富士総合研究所入社。マクロ経済予測(賃金・雇用、所得等)、外務省出向(OECD経済委員会・経済開発検討委員会に関わる政策調整等)、みずほ総合研究所における調査分析業務(雇用政策・家族政策の調査研究)を経て、2017年リクルートワークス研究所に入所。専門は雇用労働政策、家族政策。
著書に『不安家族~働けない転落社会を克服せよ』(2011年 日本経済新聞出版社、単著)、『データブック 格差で読む日本経済』(2017年 有斐閣、共著)、『雇用と労働の基本ルールがよくわかる本』(2015年 東洋経済新報社、共著)、『雇用断層の研究~脱「総中流」時代の活路はどこにあるのか』(2009年、東洋経済新報社、共著)、『意欲と生産性を高める高年齢者雇用の制度設計』(2007年 中央経済社、共著)など。

 いま、社会の中での働き方が大きく変わろうとしている。70歳、75歳まで働くことが当たり前の時代が目前に迫る一方で、企業寿命は短縮化している。また、テクノロジーの進化は、人の担うタスクを塗り替えつつある。これらの変化の結果、今後は、生涯をかけて一つの仕事を全うするのではなく、自分のスキルの幅を拡張する「『広げる』ステージ」と、自分の核とすべき専門性を深める「『絞る』ステージ」を何度か繰り返す「マルチサイクル」のキャリアを歩む人が増えると考えられる。さらに、働く期間が長期化する結果、キャリアの途中で育児や介護、自分や家族の病気に直面し、いったん仕事を離れる人も増えるだろう。
 つまりこれからは、個人のキャリアの中に、自分の方向を見つめ直す、学び直しや起業の準備をする、自分や家族と向き合うために離職期間を挟むことが、必ずしも珍しくなくなる。離職期間のある人材をどう活かすのかは、企業にとって大きなテーマとなるだろう。

出産・育児等で離職した女性がくれるヒント

 離職期間のある人材の活用に向けて、企業は何に配慮すべきか。そのヒントを探るために、出産や育児、夫の転勤等で離職した後、再就業した女性(以下、離職期間のある女性)に注目する。
 25~54歳の有配偶女性の就業率は急速に上昇しており、2013~2018年の5年間で65%から73%へと高まった。また、現在仕事に就いていないものの、働くことを希望する25~54歳の既婚女性も、2017年時点で約240万人に上る(総務省統計局「労働力調査」、同「平成29年 就業構造基本調査」)。離職期間のある人材の活用を考える上で、女性は最も重要なアクターの一つである。

 離職期間のある女性の再就業を巡って、今どのような課題が存在しているのだろうか。第一の課題は、働く希望を持っても、その実現が難しいことだ。全国の約5万人を追跡調査するリクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」を用いて、夫と子どもがいる25~54歳の女性で、2015年12月に「これから働きたい」と考えていた人の2年後の状況を確認した。すると、仕事に就いていた人は約4割に止まり、2割強は就業希望者のまま、3割強は就業希望をなくしていた。仕事と生活を両立できるか、仕事をきちんと遂行できるかなどの不安が大きく、多くの就業希望のある女性がスムーズに仕事を再開できていないことが分かる。

意欲や能力ではない、再就業後の離職の理由

 課題の二つ目は、仕事を再開した後の離職である。リクルートワークス研究所では、2018年に3年以上の離職期間を経て再就業した25~54歳の女性(子ども、配偶者あり)へのアンケート調査を行った(「ブランクのある女性のキャリア3千人調査」、以下断りがない場合はこの調査による)。これによると、再就業した女性の約3割は、調査の時点で再び仕事を離れていた。

 さまざまな不安を乗り越えて仕事を再開したのに、なぜまた離職してしまうのか。その要因を探るために、統計的な手法を用いて分析を行ったところ、興味深い事実が判明した。再就業の時点で3歳未満の子供がいることや、再就業時の週就業時間が30時間以上であるなど、仕事と家庭の両立に負担を感じやすい状況で、女性が再び離職する確率が高まっていたのである。一方、大卒かどうか、3年以上の離職期間の直前に正社員だったか、仕事で成長を実感していたかなど、過去に蓄積した能力や働く意欲に関係する要因は、再就業後の離職率と関わりを持っていなかった。

 このことから、三つ目の課題も見えてくる。仕事を再開後、安心して働き続けるためには、仕事と家庭を両立しやすい働き方を選択する方がよい。それが見えているからこそ、再就業した女性の約8割は、週30時間未満の仕事に就いている。
 しかしこの選択は、女性のその後のステップアップを難しくしている。多くの女性が過去とまったく違う仕事で再就業しており、キャリアをゼロから作り直すことを余儀なくされているからだ。

離職期間のある人材の活用、企業は何に配慮すべきか

 企業が離職期間のある女性を活用する上では、これまで見てきた三つの課題への配慮が必要となる。女性が安心して働き続けるために、家庭と両立しやすい時間の働き方を作ることは、その配慮の第一歩と言えるだろう。人手不足が続く中で、すでに週の最低勤務日数が「1日ないし2日」、1日の最低勤務時間が「1時間、2時間、3時間」の求人案件が増加している。こういった案件では、短時間の仕事を創出することで、意欲があっても、希望の時間の仕事が見つからず、就業を諦めていた層の掘り起こしが期待できる。また、業務の切り出しによって既存社員の負担が軽減され、業務効率が改善する事例も出てきている(ジョブズリサーチセンター「プチ勤務」)。

 再就業から半年後、1年後などの節目にキャリアに関する面談を行い、仕事と家庭の両立の状況や、これからの働き方への希望を把握することも重要だ。離職期間を経て再就業した女性の場合、最初は仕事と家庭との両立しやすさを重視する傾向があるが、その後は働く時間や時間帯、希望する仕事が変わることが珍しくない。その一方で、生活の変化に直面した子どもが不安定になるなど、仕事を続けるべきか悩みを抱えるケースも多い。
 そのようなときだからこそ、面談を行うことの意義は大きい。先ほど紹介した再就業後の離職に関わる分析では、これからの仕事やキャリアについて家族・親族以外に相談している場合と比べ、家族・親族のみに相談している場合に、女性が再離職する確率が高まっていた。家族・親族のみに相談している場合、家庭内の事情に引っ張られやすくなっている可能性がある。
 家族・親族以外との面談を通じて、仕事と家庭の両立に関わる問題を解決するための方法を探ったり、これからの働き方の希望について話し合ったりすることは、女性が長期的な視野を持って働き続けることをサポートするだろう。

 そのほかに、女性が成長を実感しやすくすることも必要だ。3年以上の離職期間を経て再就業し、働き続けている女性のうち、仕事で成長を実感している人では「現職で働き続けたい」人が65%を占め、「他の仕事に変わりたい」「仕事をすっかり辞めてしまいたい」「分からない」と回答した人は計35%にとどまった。これに対し、仕事を通じた成長を実感していない人の場合、「現職で働き続けたい」人は30%と少なく、「他の仕事に変わりたい」「仕事をすっかり辞めてしまいたい」「分からない」人が計70%に上った。成長を実感できるかは、現職への定着に大きく関わっている。
 育児期の女性は負担の少ない仕事を希望するだろうという先入観や一律の配慮は、かえって定着を阻害する要因になりかねない。仕事の進め方や貢献を積極的に承認することで意欲を引き出したり、本人と相談しながら少し難易度の高い仕事に挑戦する機会を設けたり、研修などの機会を設けたりすることもまた、女性が定着し、組織に貢献していくために有効と考えられる。

離職期間のある人材の「伸びしろ」に期待しよう

 8年の離職期間を経て再就業し、現在はベンチャー企業の中核人材として働く女性は、再就業後に勤めた会社について、「上司が常に、自分が考える限界よりほんの少し先の仕事を与えてくれました。『限界はここじゃないでしょう』って。それが、自分の仕事を広げるきっかけになりました」と語っている。離職期間のある女性が活躍する企業は、離職期間のある女性を「時間に制約があり、周辺的な仕事を担当する人材」とは見ていない。むしろ「伸びしろが大きく、育てがいがある人材」と期待をかけ、成長できる機会を提供しているのだ。
 オリンピック後の2020年代以降、これまで企業が頼みにしてきた若手・中堅の男性人口の減少テンポは加速していく。それゆえ、「フルタイムで離職期間なく働く」人材像に固執していては、事業の成長を支える人材の確保はますます難しくなるだろう。その前に、離職期間がある人材が生き生きと働ける職場が少しでも増えることを、強く期待したい。