2019年09月13日掲載

Point of view - 第142回 飛田正之 ―キャリアのダイバーシティ

キャリアのダイバーシティ

飛田正之 とびた まさゆき
福井県立大学 経済学部経営学科 准教授

専門は人的資源管理論。早稲田大学商学部卒。法政大学社会科学研究科経営学専攻博士課程単位取得退学。著書に『人的資源管理の力』(共著、文眞堂)、『新版人的資源管理の基本』(共著、文眞堂)、『プロフェッショナルの人材開発』(共著、ナカニシヤ出版)などがある。早稲田大学トランスナショナルHRM研究所招聘(しょうへい)研究員。近年は人事マネジャーの育成、キャリアなどを研究。

人事担当者のキャリア

 人材育成で重要なのは、いかに仕事経験を組み、キャリアを形成させるかである。それはキャリアにより技能が形成され、その技能が企業の競争力につながるからである。このコラムでは、企業におけるキャリア形成の違いと近時のキャリア形成の変化について紹介したい。企業によりキャリアの形成の方式が異なれば、もたらす効果、ひいては企業の競争力に差が生じよう。また、これまでのキャリア形成の方式に変化が生じれば、これまでとは異なる知識、技能を持つ人材が育成されることになる。
 まずは企業によるキャリア形成の違いを見よう。例えば、人事担当者を例に取る。現在、筆者は日本の大企業の人事マネジャーのキャリアを調査している。人事職能を中心として育成を行う企業もあれば、他職能の経験者を人事職能に異動させる企業もあり、分かれた実態となっている。人事職能の経験が長ければ、専門分野の知識が深く対応力も増すことになるが、各職能や事業部門の特性などは実際に現場で働いたことがなければ把握が難しい。
 それに対して、他職能の経験者が人事職能に異動となれば、現場の特性を採り入れた人的資源管理を進めることができよう。例えば、営業の経験があれば、評価制度など人事制度の企画、構築に現場の経験、視点を反映させることができる。人事職能にどのような役割・機能を求めるのかにより、キャリア形成方式が異なるのである。
 では、海外企業はどうか。海外企業では、人事担当者はスペシャリストとして育成されるため、他職能を経験することは少なく、キャリアが狭いと思うかもしれない。しかしながら、実態は変わりつつある。例えば、欧米・アジアの企業の人事担当者を対象とした大規模調査の結果を時系列で見ると、近年、人事担当者は人事職能を経験する年数が少なくなってきている実態が明らかになっている。海外の企業では、人事担当者が他の職能を経験することに対しての評価が近年高まってきていると考えられる。
 また、人事マネジャーの他職能での経験の効果を探った研究では、海外現地法人で他職能を経験した人事マネジャーがいる場合、現地ラインマネジャーからの人的資源管理施策に対する評価、コミットメントが高まることが明らかとなっている。それは使う側の視点('user'perspective)から人的資源管理施策が導入、実施されるからである。

組織メンバーのキャリア構成

 次に、組織にどのようなキャリアの人材を集めるか。一般的に、企業の一つのチームや職能に在籍するメンバー全員が同じ仕事経験、キャリアをたどることは少ない。それぞれのチーム、職能ではメンバーのこれまでのキャリアには違いがある。それゆえ、チームにどのような仕事経験、キャリアを持つメンバーを配置するかによって、組織能力、ひいては企業の競争力に影響を与えることになる。これまで海外の研究では、チーム・メンバーのキャリア構成が、組織成果にどのように結びつくのかについての検証が数多く行われている。具体的には、「トップ・マネジメント・チーム」と「新製品開発・研究開発チーム」に焦点が当てられてきた。
 これらの研究には、メンバーが一つの職能から集まったチーム、つまり、職能経験が同質的(functional homogeneity)な組織よりも、メンバーがいろいろな職能から集められたチーム、つまり、職能経験がダイバーシティ(functional diversity)な組織のほうが、組織成果が高まることを明らかにするものがある。異なるバック・グラウンドを持つ人材がチームに集まると、メンバーの多様な経験、知見が合わさり効果をもたらすなどの理由があるからだ。メンバーのキャリアの構成が組織成果に結びつくのは、これらのチームに限らない。例えば、人事職能などで、いかなるキャリアの構成をとるか、もたらす効果を見込んで配置をプランすることも重要となろう。

若手人材に対する育成の変化

 近年、若手人材に対するキャリア形成方式を変える企業も出てきている。これまでの専門職能を中心とした育成から、例えば入社後10年間に異なる三つの職能間を異動させるなど、さまざまな職能を経験させる育成にシフトする企業がある。その理由は、さまざまな職能の経験を通じて、本人の適性を把握するためだ。また、職能間異動を行い、どこでも成果を出すことができる優秀人材を若手の段階から発掘する狙いもある。
 それと同時に、若手人材のキャリアに対する考え方も変化してきている。例えば、日本生産性本部の「新入社員春の意識調査」では、質問の一つにキャリアに対する希望を聞くものがあり、「ジェネラリストとしてきたえる職場」という回答が年々増加し、「スペシャリストとしてきたえる職場」の回答を逆転してきている。これには、企業のいろいろな仕事に携わり企業全体を見渡したい、あるいは自分の適性が分からないため、いろいろ経験してみたいという考えがあろう。近年の若手人材に対するキャリア形成方式の変化は、それぞれの意向がマッチしているのかもしれない。

ベスト・フィットのキャリア

 これまで紹介してきたように、企業によりキャリア形成の方式、キャリアの構成には違いが見られ、変化も出てきており、キャリア形成にダイバーシティが現れてきている。人的資源管理の方式には、ベスト・プラクティス(best practice)とベスト・フィット(best fit)という考え方がある。前者は、どの企業にも共通する最善の方式があるという考え方で、後者は、それぞれの企業にフィットしたそれぞれの方式があるという考え方である。
 キャリア形成は、他社が導入しているから自社でも採り入れてみようというのではなく、それぞれの企業の戦略、事業特性に適した効率的な方式、つまり、ベスト・フィットを追求することが、今後の企業の競争力にプラスの効果をもたらすと考えられる。それぞれの企業ならではのキャリア形成に期待したい。