人材不足時代に求められるのは、
「フルキャリ」を戦力にできるマネジャー
武田佳奈 たけだ かな 2004年、慶應義塾大学大学院 理工学研究科修士課程を修了。同年、野村総合研究所に入社。以来、官公庁の政策立案支援、民間企業の事業戦略立案や新規事業創造支援などに従事。2018年4月より現職。専門は、女性活躍推進や働き方改革などの企業における人材マネジメント、保育や生活支援関連サービス産業など。著書に、『フルキャリマネジメント-子育てしながら働く部下を持つマネジャーの心得』(東洋経済新報社)などがある。 |
1.なぜ男性管理職は女性の部下のマネジメントに悩むのか
―「バリキャリ」でも「ゆるキャリ」でもない「フルキャリ」の出現
女性の就業環境の整備を積極的に進めてきた多くの企業において、働きながら結婚、出産といったライフイベントを次々と経験していく女性社員(とりわけ、いわゆる総合職の女性)は、珍しい存在ではなくなってきたのではないだろうか。しかし、子育てをしながら働く女性の部下を持ったことのある管理職はいまだ少数派である。筆者が2018年に実施したアンケート調査では、部下がいる男性管理職3212人のうち「現在の部下の中に子どものいる女性の部下(総合職)がいる」と回答した管理職は約3割(29.8%)であった一方で、「子どものいる女性の部下(総合職)を部下に持った経験はない」と回答した管理職は約5割(48.6%)に上った。
そうした現場の実態を反映するかのように、前述の調査では、多くの男性管理職が女性の部下のマネジメントに不安ややりにくさを感じていることが明らかになった。男性管理職の2人に1人(45.4%)が「女性の部下の育成に自信がない」と回答している。さらに、「正直にいって、男性の部下だけのほうがマネジメントしやすい」と回答した男性管理職の割合(「そう思う」「どちらかといえば、そう思う」の合計)も50.7%に上った。
マネジメント能力は一朝一夕で身に付けられるものではないことを考えれば、現在の管理職において、マネジメント経験のない(あったとしてもごくわずかである)"子どものいる女性の部下のマネジメント"に苦慮するのも当然の結果だと言えよう。
重ねて、働く女性側にも変化が見られる。これまで、働く女性は、キャリア重視の「バリキャリ」か、私生活重視の「ゆるキャリ」かといった二元論で語られてきた。しかし、近年、暮らしにも子育てにも、仕事にもキャリアにも意欲的に取り組みたいと考える女性が増えている。筆者は、そのような新しい価値観や思考・行動特性を持つ働き手を「フルキャリ」と定義した。筆者が実施した、正社員として働く女性5454人を対象にした調査によると、働く女性の2人に1人が「フルキャリ」であるとの結果が出た。
筆者は、現代の女性の部下をマネジメントする上で鍵となるのは、「フルキャリ」の存在だと考えている。
2.フルキャリの「意欲」 v.s. 上司の「配慮」
―フルキャリにとって「無理しないで」は戦力外通告
前述の調査結果では、男性管理職の約8割が、女性の部下について「子どもが小さいうちは、仕事より子育てを優先できることが望ましい」(78.7%)、「子育て中は、仕事量や経験が減ったとしても仕方がない」(78.8%)と考えていることが分かった。「子育て中は、仕事のアウトプットの質が落ちてもやむを得ない」と思う男性管理職の割合も51.6%と半数を超える。
こうした男性管理職の「配慮」に対し、フルキャリの約7割(70.6%)が、「子育て中だからと何かと配慮されることはありがたいが、仕事も頑張りたいので、もどかしいと思うことがある」と回答している。また、子どものいるフルキャリの過半数(56.0%)が、「自分や自分の仕事は、それほど期待されていないと感じる」と回答した。さらに、多くのフルキャリが育休から復帰後に上司に言われて辛かった言葉として「無理しないで」を挙げていた。フルキャリにとって「無理しないで」という言葉はありがたい反面、戦力外通告のように感じてしまうということだ。
マネジャーが良かれと思って行う「配慮」が、少なくとも育休からの復帰直後には抱いている、女性本人の仕事やキャリアへの「意欲」を低下させる可能性がある。筆者はこれを「フルキャリの非期待損失」と呼んでいる。
先に述べたように、働く女性の2人に1人が「フルキャリ」の時代。増える「フルキャリ」を前に、マネジャーが良かれと思って「配慮」し、「期待」を先送りすることで発生する損失の総量は看過できなくなると考える。
3.女性の部下の活躍を最大限に引き出す
「フルキャリマネジメント」
―キーワードは『三つの「き」』=「期待」「共有」「機会付与」
では、「フルキャリ」に有効なマネジメントとはどのようなものなのか。筆者は、「フルキャリ」のパフォーマンスを最大限に引き出し、組織・チームのパフォーマンスにつなげるマネジメントの鍵は、「期待」「共有」「機会付与」の三つの「き」だと考えている。
①【期待】――"仕事"での成長・貢献を期待する
「子どもが小さいから」「復帰直後だから」と期待することを先送りにしたり、躊躇(ちゅうちょ)したりせず、仕事を通じて確実に成長し、成果を上げて組織に貢献することを期待する。また、期待していることを本人に直接伝え、本人にその自覚を持たせる。
②【共有】――仕事への意欲と、本人を取り巻く家庭状況の共有
「短時間勤務だから仕事への意欲は低下している」などと、働き方だけで意欲を測らず、「仕事やキャリアへの意欲の本音」と「働く本人を取り巻く家庭の状況」を直接本人に確認し、できるだけ具体的に把握する。
③【機会付与】――成果につながる積極的な機会付与
「子どもが大きくなってから」と、成果を出せる環境が整ってから「機会付与」するのではなく、早くから成長の機会を与えることで、子育てしながらでも一定の成果を出し、その成果を自他ともに実感できる環境を作り出す。
また、従来の「ワークライフバランス」から「ワークライフ&グロースバランス」の実現へと、マネジメントの視点を転換することも重要だと考える。グロース(Growth)の実現とは、社員による「自身の成長とそれを通じた組織への貢献」の実現のことである。後回しにしがちな「成長や貢献」を、早い段階から本人とマネジャーの双方で意識することが重要だと考える。
「フルキャリ」は仕事に対して高い意識を持っていながらも、ライフイベントにも積極的であるがゆえに、従来の環境では必ずしもパフォーマンスを最大化できてこなかった。言い換えると、パフォーマンス拡大の伸びしろがある。
今後も人手不足が続くことが予測される中、部下がフルキャリであっても、パフォーマンスの伸びしろを最大限に活用し、チームや組織の成長をけん引するマネジャーこそが、組織にとって必要不可欠な存在になると考える。