2020年02月28日掲載

Point of view - 第151回 西村統行 ―「他社留学」で引き出されるリーダーシップ力と変革の視点

「他社留学」で引き出されるリーダーシップ力
 と変革の視点

西村統行 にしむら のりゆき
株式会社ここはつ 代表取締役
エッセンス株式会社 他社留学事業部 シニアコンサルタント

リクルート入社。新規事業部門、新規事業PJの立ち上げを経て、大手企業子会社役員を歴任。本業の傍ら、組織変革コンサルタントとして「二足の草鞋」を実践。この体験こそがビジネスキャリアの肝と気づき、「他社留学サービス」設立に参画。2017年4月(株)ここはつ設立。組織変革&事業開発コンサルタントの傍ら、「最強の50代」をテーマに越境学習の可能性に取り組み中。

 自らの越境体験をもとに、現役ビジネスマンを他社留学させるサービス(他社留学)の立ち上げに参画した者として、他社留学生との伴走経験も踏まえて、越境学習の効果と可能性について以下に論じる。

経営者の憂鬱と組織変革の現実
――越境学習が求められる二つの理由

問1)経営の先行きに最も憂慮している経営者は、有効な手だてを打てているか?
 おそらく企業の経営トップが、自社の事業やサービスの持続成長性について最も危機感を抱き、さまざまな手だてを考えているであろう。が、それを受け止める多くの社員からすると、(危機感は理解できるが)日常業務の多忙さもあって、急に会社が傾かない限り、変革を起こす気持ちや余裕が生まれないのが現実ではないか。
 新規事業開発室など変革のための組織を作り、社内の次世代経営を担うリーダーを集めて集中的なリーダーシップ研修を行うなど、さまざまな取り組みもなされているが、果たしてそれらは、環境変化が不透明な組織に変革を起こせているのだろうか?

問2)組織はなぜ変わらない、変われないのか?
 組織変革の要素を端的に表現・整理した「マッキンゼーの7S」を見ると[図表1]、組織構造改革や人材育成研修だけでは、変革に必要なピースが不足していることが分かる。特に注目したいのが、三つのハードに対する四つのソフト(四つのS)である。「ソフトの時代」といわれて久しいが、組織変革においても、(見えにくい)ソフト部分の変革が重要な意味を持つ。
 この四つのSのうち、「人材」「能力」が個人領域であるのに対し、「価値観」「経営スタイル・行動様式・風土」が組織領域であることに私は注目した。変革の実現にはソフト面の改革が必要であるが、往々にして阻害要因となるのは組織領域であり人材や能力を鍛えたとしても(個人視点:リーダーシップ)、組織の価値観や仕事のスタイル(組織視点:強固な慣性力)は変革しにくいのが事実である。リーダーシップ研修を行っても、1年もたてば組織の大きな流れに埋没してしまうというよくある現実を考えれば、お分かりであろう。

[図表1]リーダーシップと組織変革の視点~他社留学が注目する四つのS

越境学習の効果と可能性

 越境学習とは、自分の所属する組織を超えて異なる組織や文化の中で体験学習することである。慣れ親しんだ上司や人間関係、仕事の進め方、職場風土から離れ、新たなミッションに取り組むことが主な内容である。筆者の経験と体験から、従来の知識習得、事例中心の学習とは全く異なり、以下のような効果と可能性が得られると考える[図表2~3]

[図表2]越境学習(他社留学)が実現する個人の変容と組織への二つの揺らぎ

[図表3]越境学習におけるリーダーシップ修羅場体験モデル

もがき力

 私たちは、好むと好まざるとに関わらず、慣れ親しんだ環境(いつもの上司・いつもの仲間・いつもの職場風土)の中で仕事を行っている。それが、越境学習では一変する。全く見ず知らずの関係や職場風土の中で成果を出すことを求められると、(成果結果に対する不確実性が高まり)当事者に相当な精神的プレッシャーが生まれる。この中で、もがき苦しむことで得られる力が「もがき力」と言われるもので、一般的に"修羅場体験"と表現される。
 「もがき力」で鍛えられる要素とは、未知なる世界を切り開くための覚悟や心理的耐性であり、その人の器とも言い換えることができる。海外で、それも日本人の少ない中で暮らし、何かを成し遂げるといったことを想像すれば、いかにこの力が鍛えられるかお分かりであろう。

スキル習熟力

 普段の日常や職場環境下では、ビジネスの成果を出すために求められるスキルも固定化しがちである。いわゆる「落とし所」に代表されるような予測可能性が高い領域においては、求められるビジネススキルも多くない。
 一方、予測可能性が低い環境の中でレベルの高いミッションを付与された場合、いつものスキルや手順では達成できないケースが多い。そのため、いつも繰り返してきたパターンを超え、自らの内省や新たな学習を通じて(自らの経験を総動員して)成果を上げるべく取り組むこととなる。それが結果として、実践的スキルや普段使わないスキル、体験の呼び起こしにつながり、ビジネスマンとしてのコンピテンシーの拡大そして強化につながる。

組織を変える勘所への気づき

 越境学習を体験するのは個人であるが、組織においても変革を導く要素(勘所)として、いくつかの気づきや学びが得られることが分かってきた。
 それは、所属組織が重視する価値観や仕事のプロセスの「問題化」である。視点・視野・視座といわれる問題の捉え方のうち、最も実現が難しいのは「視座を変えて視る」ということではないか。顧客の立場で、市場の立場で、といわれるが、実際には、その世界にどっぷり漬かっていると、自分の立場でしかモノを視ることができないことが多い。一方、"越境の地"と、自分の所属する企業文化との距離感があればあるほど、その気づき=問題であることが分かる。
 企業独自の価値観や仕事のプロセス(スタイル)を客観的に視ることで、普段はおかしい・変だと思わない価値観やプロセスが障害となっていることに気づくことが多い。社内で見過ごされている課題や問題に気づけないことが、自社の変革がうまくいかない真因ではないだろうか。越境学習の要は、リーダーシップの引き出しだけでなく、自社の変革に作用する価値観と障害となる価値観の存在を認識できることと言える。

まとめ――越境学習を体験したリーダーによる組織変革

 このような越境学習による修羅場体験を通じて自らの視座を転換し、自社変革の勘所を掴んだリーダーが増えていった場合、組織にどのような影響を与えていくだろうか?
 本稿のまとめとして、リーダーシップ開発と組織変革の可能性を[図表4]に掲げる。環境変化が激しいビジネスにあって、組織を変革していく一つのトリガーとなるのが越境学習と言えるのではないか。

[図表2]越境学習(他社留学)が実現する個人の変容と組織への二つの揺らぎ