5G時代のワークスタイル革新
亀井卓也 かめい たくや 情報通信業界における経営管理、事業戦略・技術戦略立案、および中央官庁の制度設計支援に長く従事し、政策やテクノロジー、ビジネスの動向に精通。情報通信業界をテーマとしたメディア出演・新聞連載・雑誌寄稿および講演多数。近著に『5Gビジネス』(日本経済新聞出版社)。 |
いよいよはじまる5G
2020年春、次世代のモバイル通信である「5G(第5世代移動通信システム)」がいよいよサービスインとなる。スマートフォンの通信がこれまでより早くなる、という以上の革新として注目を浴びているが、本稿では5G時代に我々のワークスタイルがどうなるのかを考えたいと思う。
テレワークの加速
現在、世界中で新型コロナウイルスの感染拡大が問題となっている。その抑止策としてテレワークが推奨され、全面的に導入する企業も増えている。5Gがこのトレンドを後押しすることは、想像に難くないだろう。Web会議やファイル共有のソリューションが洗練され、5G時代になれば通信環境も制約ではなくなり、テレワークの技術的課題はほぼなくなるといってもよい。
さらに踏み込んだテレワークを導入する企業も出てきている。米国で不動産仲介事業を営むeXpリアルティでは、大半の従業員はオフィスに出社しない。会議や研修は同社のVR(Virtual Reality、仮想現実)プラットフォーム上で、従業員自身のアバターを操作して行う。2000年代後半に、米国のリンデンラボが提供する「セカンドライフ」というサービスが話題になったが、それとよく似たユーザインターフェースとなっている。
このようなVRプラットフォームは、利用者が増えるほど、またVR空間上でできることが増えるほど、通信量も増大するため、5G環境が求められることになる。テレワークは「自宅からオフィスにつないで働くワークスタイル」として捉えられているが、5G時代には、「VR空間上で働くワークスタイル」となる可能性もある。
テレワークから遠隔協業へ
テレワークという言葉の起源は「tele:遠隔で」「work:働く」にあるが、オフィスから離れた場所で個人作業をするという意味にはとどまらない。個人でできる仕事には限度があり、他者との協業は必須だ。オフィスに出勤する理由も、やはり協業にある。5Gによる遠隔協業の例として、ここでは遠隔医療の取り組み事例を紹介したい。
和歌山県立医科大学附属病院は、遠隔にある地域の診療所と5G通信で接続し、僻地往診を効率化する「遠隔診療」のトライアルを行った。4Kテレビ会議システムによる問診や、高精細カメラを用いた疾患部の撮影画像を共有し、僻地の診療所でも大学病院の専門医の知見を活かした診察を実現するものだ。
また東京女子医科大学では、「遠隔手術支援」がトライアルされている。同大学は病院の手術設備や医療機器をネットワークに接続し、手術中に患者情報や設備・機器情報を一元的に管理できる「スマート治療室」を運用している。これに5Gを活用し、手術中の映像を高精細カメラで撮影して、そこから離れた大学病院にいる経験豊富な専門医と共有することで、執刀医が専門医からアドバイスを受け、致命的な箇所で判断を仰ぐことを可能にする。
これらの取り組みは、高い専門性を有する「専門医」と、日常的に患者に寄り添い深い信頼関係を構築している「かかりつけ医」、あるいは患者の近くで手術を担当する「執刀医」の協業を促進するものである。医療の世界には"凄腕"とよばれる医師が存在するが、医師間の遠隔協業を促進し、チームで"凄腕医師"を実現することにより、あらゆる患者が最高品質の医療サービスを受けられるようにするのが遠隔医療の本質といえる。エキスパートが場所の制約なく、まるで同じ場所にいるかのように協業できる。5Gの導入により、そうしたワークスタイルが当たり前になるということである。
働き手に求められる要件
医療の世界から、より一般的な企業での活用に目を向けると、オムロンでは、自社の工場において、特定の業務に従事する際の熟練工と若手の動きを撮影し、5Gを通じてクラウド上で解析、若手が熟練工と同じように作業できるように指示を出す、という取り組みを行っている。5GとAIの力で暗黙知・ノウハウを伝承しているわけだが、それは熟練工と若手が時間を越えて協業しているとも言えるのではないだろうか。
つまり、5G時代の協業というのは、場所も時間も越えて、定型業務のみならず、ミッションクリティカルな業務においても行われるということである。仕事を発注する側にとっては、成果を上げるのに必要な、高い専門性を有するエキスパートを柔軟にチームアップできるということになる。その結果、高度な専門性をもつ働き手には仕事が集中し、そうでない働き手には仕事が回ってこなくなる、ということになり、働き手の二極化が進むリスクが高まると考えられる。
5G時代のワークスタイルはより柔軟性を許容し、どこにいても、いつでも働けるようになることだろう。そのためのツールは今以上に洗練され、実現のハードルはいっそう下がっていく。ただし、働き手にとってもメリットばかりではない。上述したとおり、高度な専門性をもつ人材の活躍できる幅が広がる一方で、フリーランスのスペシャリストならずとも、特定分野において卓越したエキスパートであることが要求されることになる。5G時代においては、今まで以上に、個々人が専門性を磨き続ける必要があるだろう。