2020年05月08日掲載

Point of view - 第156回 松崎英吾 ―ブラインドサッカーが拓く、障がい者無意識バイアスへの理解と改善

ブラインドサッカーが拓く、
障がい者無意識バイアスへの理解と改善

松崎英吾 まつざき えいご
NPO法人日本ブラインドサッカー協会 専務理事 兼 事務局長

1979年生まれ、千葉県松戸市出身。国際基督教大学卒。株式会社ダイヤモンド社に入社。在職中も携わっていたブラインドサッカーを通じて社会を変えたいとの想いから、日本視覚障害者サッカー協会(現・NPO法人日本ブラインドサッカー協会)の事務局長に就任。「サッカーで混ざる」をビジョンに掲げる。サスティナビリティがあり、事業型で非営利という新しい形のスポーツ組織を目指す。2児の父。IBSA:国際視覚障がい者スポーツ連盟理事。同フットボール委員会委員。

ロンドンパラリンピックは成功と言えるのか?

 「81%」。
 これは、史上最も成功したといわれる2012年パラリンピックロンドン大会後の、障がい者にまつわる調査結果である。この数字には二つの意味がある。一つは、「パラリンピックが、障がい者にとってポジティブな効果をもたらした」と回答した割合だ。パラリンピックを障がいに関する社会変革運動とすると、とても良い成果と捉えることができる。
 二つ目の意味は、同じく81%の障がい者が、「パラリンピック後も健常者の障がい者に対する態度はなんらの改善もない」と回答していることだ。前者は、健常者が中心に回答しているイギリス政府の世論調査結果であるのに対し、後者は民間の障がい者団体が当事者たちに尋ねた結果だ。
 この違いは一体何から来るのだろうか?

外発的動機づけで人の心は変わらない

 私の一つの仮説は、この違いが「無意識バイアス」に起因したものではないか? というものだ。
 多くの人たちが誤解している思い込みは以下だ。

  • パラリンピックの機運で、施設やインフラのバリアフリーが進めば、障がい者を取り巻く環境は改善する
  • 障がい者がメディアに多く取り上げられれば、障がい者理解は達成できる
  • この機運に合わせ、さまざまな法整備がなされれば、障がい者を取り巻く環境は改善する

 いずれも大切なことである。ただ、言い換えると、ハードウエアの改善、障がい者認知の向上、法整備は、外発的動機づけだ。そして、これらの外発的動機づけでは、「心のバリアフリー」が改善していくとはいえないことが分かってきている。
 健常者から見ると、物事は前に進んでおり、改善しているように見える。他方で、障がい者からすると、ハードウエアや法整備は改善したものの、人の心は外発的動機づけでは変わらないから、日常で接する健常者の変化を実感できない。だから、同じパラリンピック・ムーブメントという社会運動を後にしても、「81%の実感違い」が生まれてしまうのだ。

障がい者に対する日本の無意識バイアスはとても強い

 当協会では、現在の日本社会の障がい者に関する無意識バイアスについて、IAT(Implicit Association Test)という測定手法を使い、約2100サンプルの調査を実施した。IATは主観的なアンケートでは補足しにくい「無意識」を調査する手法として確立されている。IATの結果は7段階で、
 1:私は、障がい者よりも健常者に、強く好意を抱いている
 2:私は、障がい者よりも健常者に、好意を抱いている
 3:私は、障がい者よりも健常者に、わずかに好意を抱いている
 4:私は、障がい者にも健常者にも、同程度の好意を抱いている
 5:私は、健常者よりも障がい者に、わずかに好意を抱いている
 6:私は、健常者よりも障がい者に、好意を抱いている
 7:私は、健常者よりも障がい者に、強く好意を抱いている
――以上のように表現される。4の「同程度の好意を抱いている」が中立的で無意識バイアスが低いといえる(なお、対とする数字は説明の便宜上付けている)。
 今調査で主に分かったことは以下のとおりである。

①顕在的バイアスと無意識バイアスの開きが大きい
 主観的に障がい者に対して抱いている偏見を「顕在的バイアス」とすると、それを捉える質問は「あなたは、障がい者に対してどのように思いますか?」と、通常の主観的アンケートのようになる。当然ながら、この回答は、社会的規範やメディア、いまの時勢で言えば「障がい者に偏見は持っていてはいけないな」という雰囲気に影響を受ける。
 実際、調査結果では、顕在的バイアスにおいて「4:私は、障がい者にも健常者にも、同程度の好意を抱いている」となった人の割合は37.6%であった。4割に近い人たちが、自分は障がい者も健常者も中立的に捉えていると自己評価していた。
 他方で、無意識バイアスによると、「4:私は、障がい者にも健常者にも、同程度の好意を抱いている」となったのはわずか5.5%だ。これが意味するのは、自分は障がい者に対して偏見がないと思っている人にも、実際には無意識バイアスがあり、社会で言動が伴わない可能性があるということだろう。

②日本の障がい者に対する無意識バイアスはアメリカと比較しても相当に高い
 アメリカでの2015年の調査と比較すると、無意識バイアスにおいて、「1:私は、障がい者よりも健常者に、強く好意を抱いている」となったのはアメリカが37%に対し、日本は59.4%に及ぶ。「4:私は、障がい者にも健常者にも、同程度の好意を抱いている」もアメリカの14%に対し、日本は5.5%と低い。アメリカと比較しても、日本の障がい者に対する眼差しの難しさが十分にうかがえる。

内発的動機づけとブラインドサッカー

 紙幅の都合上、ここで調査結果のすべてを伝えることはできない。ただ、パラリンピックやそれをトリガーになされている社会整備が、声高に言われている「共生社会」の必要十分条件ではないことは、残念ながら想像に難くない。ではこの結果を受けてわれわれができることはなんだろうか?
 それは、外発的動機づけではなく、より効果的と言われる内発的動機づけによるアプローチを用いることだ。中でも、スポーツらしい出会いを推奨してきているわれわれが提示しているのは以下だ。

①"アハ!"体験
 びっくりしたり、自分の既存の価値観を上書きできたりするような体験。それが、苦しいものではなく"アハ!"と表現されるような楽しさや喜びを伴うもの。

②チームワーク体験
 知識の学習にとどまるのではなく、それをチームワーク体験として感じること。人と人との関係性が変化するプロセスを伴うことで、内発的動機づけが促進される。

③自分のためだと認識できること
 障がい者理解を他人のためのことではなく、自分の未来や家族とのつながりを感じ、自分ごととして捉えられること。

④平和・公平と関連付けて考える
 障がい者理解について、それだけを学ぼうとすると、自分のためと認識したり、"アハ!"体験を伴うことは難しくなる。より抽象度の高い概念である、平和の大切さ等と結びつけて学ぼうとすることが、腑に落ちることにつながる。

⑤無意識バイアスの存在を認めてあげる
 バイアスそのものは悪いことではない。バイアスは日々生活を送る上での脳の自動化であり、必要なことでもある。他方で、自らの無意識バイアスの程度を把握し、認めてあげること自体が、無意識バイアスの抑制要因となる。

 障がい者理解教育には、さまざまな方法や手段がある。知識を得ることも、考え方の変遷を学ぶことも重要だ。加えて、それだけでは捉えにくい無意識バイアスの課題についてアプローチしていくには、例えばブラインドサッカー体験のように、楽しく、笑顔で、自分ごととして体験できるアプローチが大きな力を持っていると考えている。障がい者スポーツを、「知る」「支援する」対象としてだけでなく、自らの無意識バイアスを捉え直す好機とすれば、「81%の実感違い」が日本で生まれることはないだろう。

*当協会によるIAT調査に当たっては、フェリス女学院大学 潮村公弘教授のアドバイスと監修を受けている。

*障がい者と無意識バイアスの詳細は、われわれもアドバイスをいただいている三重大学教育学部 栗田季佳准教授の著書『見えない偏見の科学』(京都大学学術出版会)が詳しい。