フリーランサーの安定的な活用に向けて:アニメ産業からの示唆
松永伸太朗 まつなが しんたろう 1990年、埼玉県出身。長野大学企業情報学部 助教。2018年一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了、労働政策研究・研修機構アシスタントフェローを経て、2019年4月より現職。労働社会学・ワークプレイス研究専攻。アニメ産業・IT企業・救急医療などをフィールドとした質的な労働調査に基づき、フリーランサーの働き方・職場コミュニケーション・オフィスデザインなどに関する業績を複数発表している。 |
フリーランスを歴史的に選択してきたアニメーター
アニメーターは、アニメ作品を構成する作画を手描きで行うことを主たる業務とする職業である。日本アニメーター・演出協会が2019年に発行した「アニメーション制作者実態調査報告書2019」によれば、「フリーランス」もしくは「自営業」と回答した者が全体の約7割を占めており、企業に雇われずに働くことが主流の職業といえる。
しかし、アニメ産業の歴史をたどってみると、こうしたフリーランス主流の働き方は1970年代後半~80年代前半における「アニメブーム」期に徐々に浸透したものであり、それまでは正規雇用が中心であったことがいくつかの研究において示唆されている。そうした萌芽として、東映動画(現:東映アニメーション)労働組合の運動史研究では、正規雇用のアニメーターたちが、1960年代に自ら出来高制の「契約者」を選択していった過程が明らかにされている(木村智哉「商業アニメーション制作における『創造』と『労働』――東映動画株式会社の労使紛争から」『社会文化研究』18号、2016年)。現代のアニメーターの働き方は、こうした歴史的選択の蓄積として現象したものなのである。
アニメーターという職業は、少なくともここ10年ほど、低賃金の職種であることがよく知られるようになった。これはまさに、彼らがフリーランサーとして、出来高制の下で働いていることを背景としている。しかし、こうした働き方が上記のように彼ら自身の歴史的・主体的な選択であり、すでにフリーランスが主流となってからも半世紀にわたって創造的な作品を作り続ける良質な労働力を維持してきたことを踏まえるならば、フリーランスとして働き続けることを可能にする何らかの実践が存在するのではないか。筆者は、2013年頃から、こうした関心に基づいてアニメ産業の労働調査を行ってきた。
集まって働くフリーランサーたち、企業によるリスクヘッジ
ここでは、2020年3月に出版した拙著『アニメーターはどう働いているのか:集まって働くフリーランサーたちの労働社会学』(ナカニシヤ出版)で議論した内容の一部を紹介したい。この著作は、東京都内に所在する制作会社X社において、2017年に164時間にわたる職場観察調査を実施し、その観察結果を基に社会学における「ワークプレイス研究」の方法を用いて分析を行ったものである。
X社は、調査時点で創業40年以上を誇る、業界内では老舗の作画スタジオである。40名程度のアニメーターが「所属」し、X社スタジオに集って働いていた。これらのアニメーターのほとんどはフリーランサーであり、X社と雇用関係にはない。それだけではなく、X社に「所属」するアニメーターたちは、自らが得た請負料の一部を手数料としてX社に支払っていた。それにもかかわらず、同社で実施したアンケートでは、アニメーターたちの仕事への満足度は他の報告書等で描かれる平均的なアニメーターよりも高かった。なぜこのような仕組みが成立するのであろうか。
その理由は、アニメーターがフリーランサーとして働く際に直面しがちな課題の克服を、X社が手厚く支援しているということにあった。その課題とは、仕事の獲得とスキル形成である。フリーランサーは雇用労働者とは異なり、報酬を得るために仕事を獲得したり、自らのスキルを高める取り組みを、自助努力によって行わなければならない。特にアニメ産業においては、一つひとつの仕事の契約期間が短いため、アニメーターが慎重を期してスケジュールを組んでいても、しばしば「手空き」と呼ばれる仕事のない期間が意図せず生じてしまう。さらに、このように安定的なスケジュールで仕事を遂行すること自体に大きな労力を必要とするため、多くのアニメーターは他の若手などの育成に関わる余力を持ちにくい。
これに対してX社では、「マネージャー」というアニメーターの支援を専門とする担当者を雇用していた。マネージャーは、こまめに個々のアニメーターの仕事の進捗状況やスケジュール、そして獲得したい仕事の種類(工程や作品など)を把握し、併せて同業他者の制作動向に関する情報を絶えず提供する。そこで「手空き」になりそうなアニメーターがいれば、そのアニメーターに合った仕事の情報を提供するのである。さらに、スキル形成に関しては、指定された中堅~ベテランアニメーターが一定期間若手の育成に関わる慣行を制度化しており、筆者が調査した期間においては、社長自らが3名の新人アニメーターの技術指導を行っていた。このようにしてX社は、フリーランサーが抱えがちなリスクを吸収する取り組みを行っていたのである。
フリーランサーの活用によせて
フリーランサーは、多くの企業にとっては柔軟に活用できる労働力の一部であるが、フリーランサー自身も自ら関わる企業を選択できる余地が大きいため、企業がスキルを有する人材を安定的に確保することには一定の困難がある。これに対して、アニメ産業におけるX社の事例は、フリーランサーが就業形態上抱えてしまいがちなリスクを企業が把握し、フォローすることによって安定的な活用が可能であることを示唆している。企業にとらわれない働き方としてフリーランサーは注目を集めることも多いが、その働き方にはむしろ企業との関係性を必要とする側面が含まれているのである。