2020年08月28日掲載

Point of view - 第163回 柳原愛史 ―コロナの時代、人事と人事能力はどうあるべきか

コロナの時代、人事と人事能力はどうあるべきか

柳原愛史 やなぎはら あいし
学校法人産業能率大学 総合研究所 客員研究員

イオン株式会社に入社以来、主に人事領域(採用、教育、能力開発、人事企画)を担当、課長・部長職も歴任。その後、学校法人産業能率大学に入職、社会人研究・教育領域では人事制度構築・運用コンサルティング、アセスメント、研修を担当、学生教育領域では、大学院MBAゼミ教授、大学ゼミナール、スクーリング教員を担当。現在も客員研究員・兼任教員としてこれらの職務に従事している。

1.新型コロナウイルスがもたらす新たな時空は、以前とは全く違った世界

 新型コロナウイルスの流行が、世界最大の公衆衛生上の緊急事態となっている。しかも、この新型ウイルスは、過去に例を見ないほどの短期間で世界的流行を引き起こした。たとえどこにいようとも、私たちの一人ひとりを互いに結び付ける層(レイヤー)が複雑かつ多岐にわたって絡まっているということにほかならない。組織にいる私たち個人も苦境に立ち、強い恐怖で頭の中はいっぱいになっているが、これまでとは異なった思考と行動をしていく時空を確保しなくてはいけないのだ。
 そう考えると、人事部門、担当者が以前から各方面より希求されていたことを果敢に実行し、組織変革や人材成長の目的を完遂するための千載一遇のチャンスと捉えるべきだ。新しい現実や未来に向かって変革に取り組み、イノベーションを引き起こすことが肝要である。

2.もう元には戻れない、戻さない雇用体系・評価様式

 新しい働き方の新常態は、剥がれ始めた終身雇用や、年功序列を前提とした日本型雇用を捨てることを一気に加速させていく。その中心には、職務を明確にして成果を評価するジョブ型雇用がある。異動でさまざまなポストを経験して人材を育成するメンバーシップ型雇用とは対照的で、ジョブ型雇用では、在宅勤務によるリモートワークであっても、リアルワークであっても、生産性が落ちないように職務定義書(ジョブディスクリプション)を作成して、具体的な業務内容や責任範囲、求められるスキル、目的等をチェックリストで決定していくことになる。
 これらの新しい働き方、そして、成果評価の様式は、ポストコロナの時代であっても、グローバル化が当たり前になっている今、そしてこれからを考えると、もう元には戻れない、戻さない雇用体系、評価様式なのである。

3.新しい時代の人事制度のキーアクション

 ウィズコロナ、アフターコロナの新しい時代、人事制度も変わっていいかなければならないが、その方向性として、次のようなキーアクションが挙げられよう。

これからの人事サブシステムのキーアクション

人材採用

①さまざまなバックグラウンドを持った多様性のある人材の採用

②リモートワーク拡充によるエリアを限定しない高度人材の獲得競争激化

③通年・アルムナイ(一度会社を退職したOBやOG)・リファラル採用等多種な採用チャネルの確立

人材育成

①VRを使った現場型研修、オンラインによるフォローアップ

②市場ベースの人材育成により人材の市場価値を高める業界横断型ワークショップ、越境型OJT(Beyond-OJT)

目標管理

①社是・企業理念の実現に向けた大きな目標を立てることの重要性

②自らが責任を伴う自由を担保し、本来の目標管理の目的である自己統制(セルフコントロール)の考え方を組み込む

人事評価

①成果も、人を数値目標だけで評価しない「ノーレーティング」の考え方を組み込む

②職務の成果評価が短期偏向に陥らないよう長期的な要素を組み込むOKR(Objectives and Key Results)の考え方を重視

③社員が対象期間中の活動内容を申告、オンラインでメンバーが集結して、相互に共感・評価し合う空間をつくる

4.新しい時代の人事能力(人事部門の役割)

~どんな人事能力を身に付け、人事担当はどう行動していくべきか~

[1]事業部門のマネジャーのパフォーマンスに貢献するコンサルティング能力
 これからの人材開発・活用部門は利益を創出していくフロントラインに対する効力を持つビジネスパートナーであり、事業戦略と人事戦略を統合させる事業貢献を高めるコンサルタントとしての役割が期待されている。同時に、フロントラインのさまざまな問題やトラブルを解決するアドバイザー、カウンセラーとしても期待されている。そして、現場とトップをコネクト(直結)させ、経営資源を点から線、線から面へと引き上げて同志的結合のネットワークつくっていくことが重要となる。

[2]戦略的議論の場への経営パートナーとしての参加をして成果創出する能力
 採用企画では、「新規に人材を採用する投資がそれなりの利益を創出すること」を証明しなければならない。さらには、他の人事施策(能力開発施策・福利厚生施策・労使施策)ばかりでなく、営業、技術、開発等の事業戦略とその変更状況とのブリッジングをする必要がある。そう考えると、人事担当者は、事業戦略と人材活用を統合させる上で、自社を取り巻く経営環境の劇的変化の先頭に立ち、さらに未開拓領域に挑む戦略を練るために、戦略的議論の場(Ba)に参加して議論自体の付加価値を高めることが必要である。

[3]会社・組織をひとつの価値観でつながるコミュニティーをつくるアーキテクト(建築設計)能力
 コロナ禍でオフィスという空間は、従来の会社から自宅、レンタルルーム等という空間に変わってきている。ましてや、リモートワークが進展するとこれらの物理的空間ではなく、バーチャルな空間という第三の職場が生まれてくるのだ。このように職場がオフィスではなくなると、一つの価値観でつながるコミュニティーをつくって、組織の「人時にんじ生産性」(売上総利益〔粗利益〕を総労働時間で除したもの。従業員数ではなく、時間数で労働生産性を見ていく指標をいう)を向上させていく必要がある。通信手段もメールからチャット、服装もドレスコードからカジュアルへ、ツールを活用したイベントの実施など、エンゲージメントの強化を行うためのアーキテクト能力が求められる。

[4]人事戦略にマーケティング思考を取り入れ、人材データを最大限活用するテクノロジスト能力
 人事戦略を人事フィールドだけでなく、マーケティングフィールドで思考、行動をする、組織としてのアンラーニングをする時機に来ている。また、人事データを人材データとして活用するために、データドリブン、テキストマイニングして、定量・定性の両面から分析し、人的資源を最大限活用していく。いわば専門知識に裏付けされた技能を使いこなすテクノロジスト能力が必要不可欠である。

①人材情報を採用から配置・異動、育成、評価、退職に至る一連の人事フローで時系列的に蓄積して、データ自体を動態管理していく

②非構造化データとしての社員の声(希望・期待・不満・不安)をテキストマイニングしてインサイトとしての本音を把握する

③人材データの掛け合わせ、例えば各人のモチベーションの度合いを示す指数と人事評価の移動平均得点による人材マトリックス分析を行う

④出口管理としての退職者(理由・転職先)分析、検証パターンを抽出して、入り口管理の採用と新人育成のエントリーマネジメントの施策に生かしていく