2020年09月18日掲載

“心理的安全性が高い”チームのつくり方 - 第5回 心理的安全性を高めるリーダーシップ

 

青島未佳氏 青島未佳
あおしま みか
一般社団法人チーム力開発研究所 理事
KPMGコンサルティング ディレクター
九州大学 人間環境学研究院 学術研究員
慶應義塾大学環境情報学部卒業・早稲田大学社会科学研究科修士課程修了。日本電信電話株式会社に入社。その後、アクセンチュア株式会社、デロイト トーマツ コンサルティング株式会社、九州大学TLO・障害者福祉施設わごころの立ち上げ等を経て、2019年3月より現職。人事制度改革、人事業務プロセス改革、コーポレートユニバーシティの立ち上げ支援、グローバル人事戦略など組織・人事領域全般のマネジメントコンサルティングを手掛ける。九州大学ではチームワーク研究や組織づくりを主軸とした共同研究、コンサルティング、研修・講演などを実施。主な著書に、『高業績チームはここが違う』(共著、労務行政)がある。

1. はじめに

 2020年7月15日、学校法人森友学園への国有地売却を巡る公文書改ざん問題に関与し、自殺した元財務省近畿財務局職員の遺族による国と元上司を相手にした損害賠償を求める裁判が始まった。手記には「元上司の指示により改ざんが行われた」とあり、あるテレビ番組では、「いろいろな場面で忖度(そんたく)した結果だろうと思うと残念だ」とコメンテーターが発言していた。
 財務省は、NHKの取材に対して「文書改ざんなどの問題はあってはならないことであり、深くおわび申し上げなければならない。二度とこうしたことを起こさないよう、文書管理の徹底など必要な取り組みを進めるとともに、問題行為の発生を許した組織風土の改革を進めており、引き続き、信頼回復に努めたい」と回答した。ここでいう「組織風土」とは、なんだろうか。
 言及されていないが、上意下達の絶対的な支配=心理的安全性が欠如した風土ではないかと想像する。
 第1回に挙げたスペースシャトルや戦艦大和の例と同様に、心理的安全性の欠如は、社会的存在やその影響力が大きくなればなるほど、人命に関わる大問題に発展してしまう。
 断りを入れておくが、本記事は、森友問題の是非を追及したいのではなく、諸所の問題の背景には、上記の財務省のコメントにあるように組織風土の問題が大きく影響しているということだ。
 社会心理学の用語に「権威への服従」という言葉がある。閉鎖的な空間において、仮に道徳心を持っていたとしても、部下は権威者の非人道的な命令に従ってしまうという人間の心理行動を表している。
 この「権威への服従」の心理学実験としては、スタンリー・ミルグラムが行ったアイヒマン実験が有名である。この実験では、人はどんなことでも、役割が与えられれば、それを実行し、「権威に服従」することが証明されている。
 今回の森友問題において、ナチスドイツや戦艦大和のような強烈な支配下による指示だったかは分からない。しかし、逆説的に言うと、このようなプレッシャーが高く、閉鎖的な状況において「権威に服従しない」ことは、非常に困難であることが垣間見られる。そして、さまざまなプレッシャーの中、「権力への服従」に抵抗したことにより、結果的に人の精神を破壊し、命を落とすことにつながる怖さ・不条理を感じざるを得ない。本来正しいことをしたいという正義感を持つ人が命を失ってしまうということは非常に遺憾である。
 実際には、政治の世界だけでなく、一般の企業でも同様の問題が起こっているのだろう。パワハラ・セクハラなどの組織にとって都合が悪い事実に対して、経営陣の意向を忖度し、組織の空気を読み、不祥事を続けてしまう現場の部下たち。トップダウンが強い組織ほど、ブラックボックス化され、その真相は闇に葬られてしまう。このような空気の中では、他に追従せずにリスクを取って進言することは、まず不可能であろう。森友問題に抵抗した元職員の勇気ある行動は筆舌に尽くし難い。
 「権威への服従」が我々の人間心理であるならば、結局は「権威者=リーダー」の正しい意思決定・行動が組織全体の運命を決めるということだ。その意味で、今回の「リーダーシップ」は組織にとって非常に重要なテーマである。

2. 心理的安全性に影響を与えるリーダーシップ

 硬直化した組織において、その風土は一朝一夕には変わらない。第3回で取り上げた組織開発プログラムの事例でも、トップの正しい方向づけが鍵を握っていた。
 要するに、トップやそのチームのリーダーの行動が、心理的安全性が高い組織づくりの大きなキードライバーになるのだ。実際に、ハーバード大学の組織行動学の研究者であるエドモンドソンの研究においても、リーダーは心理的安全性の先行条件となっている[図表1]
 では、具体的にリーダーには、どのような行動が必要なのだろうか。
 筆者らの以前の研究で、対人関係リーダーシップや変革型リーダーシップが心理的安全性を高めることが明らかになっている図表2 リーダーシップのタイプ(WEB連載記事「心理的安全がもたらすチームパフォーマンスへの効果」の第3回を参照のこと)。もちろん、これらのリーダーシップは、チーム運営をするためにはどれも大切な要素だ。一方で、心理的安全性の向上には、[図表2]のように部下の「安全基地」となるセキュアベースのリーダーシップの概念が有効だ(筆者注:セキュアベースは対人関係や変革型リーダーシップとも一部重複するところがあるが、心理的安全性のテーマに最もフィットする概念である)。

図表1 心理的安全性とチームパフォーマンスの関係性(エドモンドソンのモデル)

3. 心理的安全性と安全基地

 以前のWEB連載記事(「心理的安全がもたらすチームパフォーマンスへの効果」の第1回)でも紹介したが、心理的安全性と同様の概念に「安全基地」がある。
 「安全基地」とは、イギリスの精神科医で、精神分析学、児童精神医学を専門とするジョン・ボウルビィの愛着理論を基に、発達心理学者のメアリー・エインスワースが提唱した概念である。子どもは、「母という安心できる場所」=「安全基地」があるからこそ外の世界に興味を持ち、成長していくことができる。子どもにとって、外の世界を探索し、新しい人・ものと出会うことは不安もあるし、大きなエネルギーがいることだ。不安に思ったとき、何らかの危機を感じたときに助けてもらえるという安心感を持ち、愛情を注いでもらってエネルギーを補給できる「安全基地」があるからこそ、子どもは外の世界に目を向けることができ、いろいろな物事にチャレンジするようになる。
 筆者もこれは経験から度々実感している。3番目の娘はまだ1歳であり、毎日が新しい発見の連続だ。興味津々で、親の目が届かないところまで1人で “冒険” していくが、突如転んだり、何かに脅えたりすると必ず泣きながら親の胸に飛び込んでくる。そして、またケロッとして遊びに行く。こうした行動は1番目の子も、2番目の子も、3番目の子も全く同じだ。子どもは日々この行動の繰り返しだが、この何か「あったときに戻れる場」があるからこそ、いろいろな世界に足を踏み出していけるのだ。この戻れる場の安心感がなかったときの子どもの不安の大きさは想像に難くない。
 このような、子どもにとっての「安全基地」が、組織や集団における「心理的安全性」といえる。予定調和性が低く、先行き不透明な時代においては、過去の成功体験や組織知が通用しなくなり、新たな挑戦を社員に求める企業も多い。特に、昨今は不確実性が高いからこそ、失敗しても大丈夫と思える環境、いわゆる「安全基地(セキュアベース)」が職場にも必要なのである。

4. セキュアベース・リーダーシップとは

 ジョージ・コーリーザー、スーザン・ゴールズワージー、ダンカン・クーム著、東方雅美訳『セキュアベース・リーダーシップ』[プレジデント社]は、心理的安全性を高めるリーダーシップに関して非常に有益な示唆を与えてくれる。
 セキュアベース・リーダーシップとは、この「安全基地」の概念のリーダーシップ版であり、「守られているという感覚と安心感を与え、思いやりを示すと同時に、ものごとに挑み、冒険し、リスクを取り、挑戦を求める意欲とエネルギーの源となる」リーダーシップである。この「源となる」ということが、愛着理論の「安全基地」になることに近い。
 この概念には、「安心=思いやり」と「挑戦=挑ませる」という二つの要素が含まれている。思いやりだけでは、甘やかし・ぬるま湯になってしまうし、挑ませるだけだと不安に駆られて前に進めない。この両輪があるからこそ、我々人間はより良く成長できる。
 ロッククライミングでは、登っているクライマーのロープを下で保持し、クライマーの安全を確保するビレイヤーという存在がいる。ビレイヤーはクライマーが安全に、かつクライミングに集中できるようにロープを操作している。クライマーはこのビレイヤーの存在があるからこそ、登頂に向けて果敢にチャレンジすることができる。ビレイ(安全確保)がない中で、登頂を進めることはまずない。職場においても、安心がないのに難しい課題にチャレンジさせることは、過度な不安やストレスを与え、部下に挫折という “落下” を味わわせることになる。
 セキュアベースであるリーダーとは、「思いやり」と「挑ませる」の両方で、ビレイヤーのように安全を確保しながら、リスクを取ってチャレンジさせることができるリーダーである。
 過去の上司で、このような人物がいた。その上司は、最初は一切指示をせず「自分で考えて、できるところまでやってみて」と言い、部下からの成果物が全く期待したものでなかったとしても、自分が一からカバーできる直前までやり切らせる。その上司には、最終的にフォローしてくれるという安心感がどこかにあった。また、内容が上司の意にそぐわなくても、声を荒らげて叱責(しっせき)されることはなかった。部下からは、自分の考える力を信じてくれている行動に見え、だからこそ、部下も必死で自分で考えようという気になっていた。これは、数カ月で数千万円という金額をクライアントからいただくコンサルティングの現場では、かなりリスクが高い。難解な仕事ほど、普通、上司はこまめにチェックをして手取り足取り指示したくなるものだが、そうはしなかった。振り返ってみると、当時の上司は、「セキュアベース」リーダーというスタイルを15年前に体現していたのだろう。
 このようにリーダーは部下のために、チャレンジの場を与え、信じて任せ切ることがセキュアベース・リーダーシップといえる。
 ちなみに前掲『セキュアベース・リーダーシップ』では、セキュアベースには、目標と人の両方の絆が必要と説いている。前回でも伝えたように、挑みがいのある「目標」は、人のチャレンジや意欲を促進し、その方向に動機づける。「目標」の存在がエネルギーの源になることは、誰もが実感したことがあるだろう。
 一方、現実社会では、この「目標」ばかりにリーダーはとらわれ、「人」との絆の形成は置き去りにされがちだ。その意味では、先の上司は信じて任せるだけでなく、最後は何とかしてくれるという安心感を与える存在でもあった。

5. セキュアベース・リーダーシップの特性

 セキュアベース・リーダーシップとは、具体的にどのような特性・行動なのだろうか。前掲書のコーリーザーは、リーダーの特性を九つに定義している[図表3]
図表3 セキュアベース・リーダーの特性 実際には、日本においてセキュアベース・リーダーシップの調査・研究はほとんどない。当法人では、前掲書の共著者であるダンカン・クームの研究を基に、[図表4]の八つのカテゴリーでセキュアベース・リーダーシップの項目を作成し、調査を行った。その結果、特に影響力が高かったのは、「いつでも話せる」感とリーダーの「冷静でいる」「傾聴し、質問する」の三つであった。

図表4 セキュアベース・リーダーシップの特性

[1]いつでも話せる

 「いつでも話せる」感は、メンバーが、そう思えているかが重要である。仮に、1年に1回しか話さなくても、メンバーにとって何か困ったときにはいつでも頼れる存在であると思われているかという意味である。
 実際に、過去の上司や先輩を思い浮かべてみると、そのような人はいないだろうか。何かあったときに、それこそ対人リスク(返事をくれるだろうか。話を聞いてくれるだろうかといった不安)を心配せずに気軽に連絡できる相手だ。
 この感覚を互いに持つためには、日々の関係づくりの積み重ねが必要であり、[図表5]の質問項目にあるような「電話やメールには、適切な時間内に返答してくれる」ということも重要だ。
 筆者も最近、コンサルティング会社に入ったことで、久しぶりに「上司」ができた。「上司」とは以前からの付き合い・関係性はない。コロナ禍なので、直接会ったり、雑談をしたりする機会は少ないものの、メールでのやりとりはそれなりにある。
 上司は、短くとも簡単なねぎらいとタイムリーな返事をしてくれる。このような積み重ねが、このコロナ禍で在宅勤務が中心となっている中では大切となってくるのだろうと感じる。筆者の過去の経験も踏まえ、総じて言えることは、できる上司はレスポンスが早いということだ。

図表5 セキュアベース・リーダーシップに影響力が高い3項目の実際の質問項目

[2]冷静でいる

 「冷静でいる」は、日頃から気分や感情が安定している、プレッシャーを受けても冷静でいるということである。
 これは親子の関係でも重要な要素である。仮に子どもが同じ言動をしても、昨日は何も言われず見過ごされたのに、今日は叱られたとする。子どもからすると、「昨日は何も言われなかったのになぜ?」と親の行動に矛盾を感じてしまう。親としては、単純に今日は虫の居所が悪かったのかもしれない、もしくは昨日は機嫌が良かったのかもしれない。このようなことが続くと、子どもは、何が正解か分からず、いつも親の顔色をうかがうようになってしまい、「安全基地」の機能が失われていくだろう。
 最近、ある企業の課長から同じようなことを聞いた。上司に同じ資料を持っていても、機嫌が良いと何も言われないが、そうでないと徹底的に指導されるとのことだった。その課長は「いつも上司のご機嫌取りで大変ですよ」と途方に暮れた様子だった。
 家庭でも、組織でも、上に立つ者の「矛盾がない行動」は心理的安全性・安全基地をつくるために大切な要素である。この矛盾がない行動の裏にあるのは、リーダーの安定性・冷静さだろう。
 実際に、第3回で紹介した企業事例においても、「安定さ・冷静さ」が高いリーダーのチームは心理的安全性も高かった。印象的だったのは、その企業では人当たりが良く、話し掛けやすいリーダーよりも、第一印象はとっつきにくく固い印象でも冷静で落ち着いているリーダーのほうが、部下からの安心感・信頼度は高かった。人当たりが良いリーダーは普段はよいが、プレッシャーを受けたときに方針がぶれたり、メンバーに対する態度に不公平感があった。セキュアベースとなるには、プレッシャーを受けたときでも(攻撃的にならず)、誰にでも公平で冷静でいられるかがポイントである。

[3]傾聴し、質問する

 「傾聴し、質問する」は、良い聴き手であるかという点と、結論を出す前に質問してくれる、指示を出す前に意見を聞いてくれる行動である。結論や指示を出す前に、相手の意見を聞くことは、相手を尊重している行動であるといえる。
 一方で、上に立つほど、成功体験を積み、自分の中に答えを持っている場合が多くなる。優秀なプレイヤーだったリーダーほど、部下に質問したり、意見を聞いたりすることは、「時間の無駄」と感じてしまう。実際に、このように感じているリーダーが、儀礼的な態度で部下に質問し意見を聞いても、安全基地とはならない。相手の意見や質問を本心から聞きたいと思う気持ちを含めて、質問し、傾聴することが大切だ。
 最近の上司は忙し過ぎて、「質問する」「聴く」という時間が取れないという話をよく聞く。「時間はつくるものだ」と経営陣は一蹴するが、実際には、ほとんどのリーダーは一生懸命であり、仕事の仕方や業務の見直しも同時に必要だと感じている。

6. おわりに

 安全基地が組織の心理的安全性であるように、人材育成は子育てと似ており、リーダーの役割は親の役割に近いとあらためて実感する。
 人を育成することは、部下に対して、自分の子どものようにその成長を願い、その潜在能力を信じて後押ししていくことだろう。
 一方で、近年、働き方改革やワーク・ライフ・バランスの影響を受け、管理監督者であるリーダーに業務のしわ寄せが来ていることは否めない。リーダーは、以前よりもますます忙しく、生産性を求められる環境に身を置いている。
 そうした環境の中で、セキュアベース・リーダーとなるためには、リーダーにも「セキュアベース」という場が必要であろう。リーダーの上司、さらにその上司が部下のセキュアベースとなっていると、組織として良い連鎖が生まれてくる。その意味では、現場の管理職だけでなく、経営陣自身も部下のセキュアベースとなれているか、あらためて自問してほしい。

※ アイヒマン実験とは、ナチスドイツによるユダヤ人の大量虐殺において、強制収容所へのユダヤ人の移送責任者であったアイヒマンの人物像が、決して人格異常者などではなく、ただ出世意欲が高く、「職務」に忠実で平凡な公務員だったことから、人は誰でも一定の条件がそろえば、権力者からのどのような命令にも服従してしまうという仮説を基に、その検証が行われた実験である。
 実験は先生役と生徒役の二人一組で進められる。先生は、生徒が行う記憶テストで間違えるたびに罰として電気ショックを与えるように監督者から指示を受ける。スイッチの電圧は15ボルト単位で合計30個並んでいて、最高は450ボルトまである。実は、生徒は “サクラ” で、わざと間違えた答えを出し、電気ショックに対しても大声で叫ぶなど苦痛を訴える演技をする。しかし、先生役の被験者は次々と電圧を上げ、実に60%以上が最高の450ボルトまでスイッチを入れてしまう結果となった。