2020年09月11日掲載

Point of view - 第164回 近藤明美 ―がんと共に働く従業員を会社はどうサポートする?

がんと共に働く従業員を会社はどうサポートする?

近藤明美 こんどう あけみ
近藤社会保険労務士事務所 代表 特定社会保険労務士

明治大学文学部卒業。2009年よりがん患者が直面する就労や経済的な問題の解決を目指し、就労支援活動を開始。医療機関、公的機関、患者支援団体などで就労相談を担当、講演活動・執筆等も精力的に行っている。著書に『がん治療と就労の両立支援 制度設計・運用・対応の実務』(共著、日本法令、2017年)ほか。一般社団法人CSRプロジェクト副代表理事、NPO法人がんと暮らしを考える会副理事長。

がんと共に働く意味、会社が両立支援に取り組む意義

 2016年3月に厚生労働省が「事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン」を公表し、「治療と仕事の両立支援」について指針を定めた。その翌年にまとめられた働き方改革実行計画では、企業文化の抜本改革などにより病気を抱える従業員が活躍できる職場環境の整備を求めている。
 がんと共に働くとは、治療をしながら働くことと、もう一つ、がん経験者として働いていくという二つの意味がある。治療中の就業は、個人差はあるが、今までどおりのパフォーマンスを維持することが困難な場合があり、会社からのサポート(例えば、勤務調整や業務の軽減など)が必要なことが多い。一方で、がん経験者としての経験を活かし、がん治療と仕事の両立に悩む他の従業員のサポートや両立支援制度の充実、新商品や新サービスの開発への取り組みなど、新たなキャリアを築いていくケースもある。組織の在り方次第で、病気というネガティブな経験をポジティブな行動に変換していくことができる。
 がんに限ったことではないが、何らかの制約が生じて今までどおり仕事ができなくなることは、誰にでも、いつでも起こり得る。会社が両立支援に取り組むのは、離職防止や人材確保に加え、状況に応じた柔軟な働き方を実現して持続可能な組織体質を作っていくことにほかならない。職場の誰かががんの告知を受けたとき、会社としてどうサポートするか。新型コロナウイルス感染症の不安も抱える今だからこそ、心身の健康に配慮しつつ安心して働ける環境であるかを見直すときなのかもしれない。

治療や体調に合わせた働き方を試行錯誤する

 がん患者さんからの相談で多いのは、「復職直後は休職前と同じように働けない(働くのがつらい)ことを、会社にどう伝えて、どう話し合っていけばいいのかが不安」というものである。また、復職に当たって、フルタイム勤務での復職しか認めない、在宅勤務はさせられないということを会社から言われて、休職期間を延長したり、不本意なかたちで退職せざるを得なかったりする患者さんもいる。人事労務担当者の方々には、がんという病気の特徴を知ってもらい、「どうしたら働けるか、どのように貢献してもらうか」を本人と一緒に考える両立支援のキーパーソン的役割を担ってほしいと願っている。
 近年のがん治療では、手術などで入院する日数が短くなったほか、抗がん剤治療や放射線治療も通院によって行うことがほとんどだ。治療をしながら日常生活を送れることで、治療の副作用をコントロールし、業務を調整しつつ復職する方が増えてきた。とはいえ、再発を防ぐための補助治療や5~10年の経過観察が必要な場合があったり、同じがんであっても業務に与える影響は多様だったり個別性が高いのが特徴である。そのため、治療や体調に合わせた働き方を就業規則で一律に規定できるものでもないし、同じがんの従業員には同じサポートをすればよいとも限らない。絶対的な答えがない問題の最適な解を探しながら、従業員本人と会社という両者の意思決定をしていく試行錯誤のプロセスといえる。従業員をサポートしたいと考えたとき、前掲の両立支援ガイドラインを参考にしてほしい。[図表1]のような両立支援の進め方が整理されており、情報収集のための様式例も用意されている。

[図表1]両立支援の進め方

互いの情報・思いのギャップを埋める

 両立支援に第三者の専門職として携わっていると、従業員、会社、医療従事者がそれぞれ持っている情報や抱いている思いに隔たりを感じることがある。自分事と他人事、医療知識や立場・役割の違いなどによって得られる情報はもちろん異なるし、思いも違って当たり前なのだが、そのままでは本当の意味でのサポートは実現しない。会社のサポートとして休暇制度や勤務制度といった両立支援制度が整備されているかどうかも重要ではあるが、それ以上に優先順位が高いのが、職場内のコミュニケーションである[図表2]

[図表2]関係者間で必要な情報を共有

 例えば、がん患者は免疫が下がっているから新型コロナウイルスに感染しやすいと報道されれば、それを見た人は目の前にいるがんの従業員も感染しやすいと考える。しかし、「全てのがん患者で免疫が落ちるわけではありません」(日本癌治療学会、日本癌学会、日本臨床腫瘍学会〔3学会合同作成〕「がん診療と新型コロナウイルス感染症:がん患者さん向けQ&A-改訂第2版」より)と記載されているとおり、思い込みは禁物である。適切な知識を踏まえた上で、従業員の現状や不安に思っていることをしっかりと丁寧に聴き、互いのギャップを埋めていくことからサポートが始まる。がんの診断を受けた従業員に何と声を掛けてよいか迷うこともあると思うが、言葉を飲み込み過ぎずに自分が言ってもらえたらうれしいことを率直に伝えるのが、コミュニケーションには大切だと感じる。
 「がんと共にこの会社で働き続けたい」という従業員の思いを実現し、病気になっても不安なく働ける職場は、身体的だけでなく、心理的にも安心できる職場になるだろう。