ワーケーションの展開
松下慶太 まつした けいた 1977年、兵庫県神戸市生まれ。京都大学文学部・文学研究科、フィンランド・タンペレ大学ハイパーメディア研究所研究員、実践女子大学専任講師・准教授を経て、2020年4月より現職。専門はメディア論、都市論、コミュニケーション・デザイン。近著に、コワーキングスペース、ワーケーションなどを取り上げた『モバイルメディア時代の働き方 拡散するオフィス、集うノマドワーカー』(勁草書房)がある。 |
2020年10月、ワーケーションの先行地域、企業が集まった「ワーケーション・リーダーズ・サミット」に向かうべく大阪から特急に乗り、途中海岸線を眺めながら約2時間半で白浜駅に到着した。タクシー乗り場に向かうと「Aホテルまでやろ?」と声をかけられる。「今日は駅からみんなそこに行きよるわ」どうやらワーケーションの聖地として知られる白浜での浸透具合は本当のようだ。
ワーケーションとは
ワーケーション(Workation※)とは、"ワーク(Work)"と"バケーション(Vacation)"を合わせた造語である。2020年の夏にGoToトラベルと関連させた形で急につくられ、登場したように思われがちだが、そうではない。もともと2010年代に、海外でさまざまな場所に移動しながら働くフリーランスのデジタルノマドたちがリゾート地などで働くことをワーケーションと呼んでいた。2015年にはウォール・ストリート・ジャーナルで「This Summer, How About a Workcation?」という記事が掲載され、そこではデジタルノマドたちだけではなく、企業で働く社員にもそうした動きが広まっている様子が描かれている。
※海外では"Workcation"の表記も多いが、日本では"Workation"が主に使われている
日本において「ワーケーション」が実践されるようになったのは、2017年から2018年にかけてである。例えば、日本航空(JAL)は働き方改革の一環として、長期休暇の取得促進のために勤務形態の一つとして導入した。また、地域の動きとしては、和歌山県白浜町が企業誘致施策の一環としてワーケーションという用語を使い展開していた。2019年には和歌山県、長野県などが主導し、ワーケーション自治体協議会(WAJ)が発足。2020年10月時点で120を超える自治体が加盟している。和歌山県白浜や長野県軽井沢にワーケーション施設「WORK × ation Site」を開設している三菱地所は、集中的に仕事をすることで生産性を上げたり、成果を出すメソッドを加速させるためのワーケーションを推進している。
ワーケーションの分類:「Work in Vacation」と「Vacation as Work」
ワーケーションを整理すると、「Work in Vacation」と「Vacation as Work」に分けられるだろう。Work in Vacationとは、休暇中に仕事をすることで長期休暇を取ることができるというものである。例えば、水曜日の会議は対面ではなくオンラインで参加したり、時間を決めてメール対応することで、一週間避暑地に滞在できる、というものである。JALの事例がこれに当たるだろう。
一方、Vacation as Workとは、休暇的な環境で仕事に集中することである。例えば、東京のオフィスではメンバーの予定がバラバラで、プロジェクトチームでの会議日程が組みにくかったり細切れになってしまうのを、リゾート地で3日間続けて行うことで、集中して時間を確保するというものである。また、さまざまな自治体や企業での事例を見聞きする中で、地域との交流を期待する社員が多いことも分かった。地域住民と交流したり、一緒に社会課題を解決したりするのもここに含まれるだろう。
地域では盛り上がっているワーケーションだが、企業ではまだ様子見や検討中のところも多い。一つはエビデンスの問題がある。ワーケーションを導入してどのような効果が得られるのか。そこで取り上げられるのは"生産性"であるが、試行錯誤の期間ということもあり、まとまった研究知見はまだない。しかし、個人的には生産性にあまりこだわらないことが重要であると考える。例えば、「ワーケーションをすると生産性が15%向上するので、社員にワーケーションを取得させる」となると、多くの社員は尻込みするのではないだろうか。
もちろん、ワーケーションで生産性が下がるのであれば問題かもしれないが、生産性は変わらず社員が充実感を覚え、健康や幸福になるのであれば、健康経営の視点からは十分に成果が得られると捉えられるだろう。そういった意味で、生産性だけではなく健康度や幸福度などもKPIとして導入することが重要であると考える。
また、ワーケーションは中長期的には、企業における人材獲得・確保の競争力を生む源泉の一つになるだろう。そういった意味で、ワーケーションは育休や産休と同様に考えられる。つまり、新卒の就活や転職において、自分がそれを実行するかどうかは現時点では分からないが、その選択肢が確保されていない企業は働き方の多様性を認めない組織文化だと感じて避けるようになる。逆にそれらを整備した企業は、健康度・幸福度が高い企業として人材獲得・確保において優位に立てるだろう。とりわけ越境による刺激や交流によってクリエイティブな発想が生まれ、イノベーションが起こると考える企業は、積極的にワーケーションを取り入れるべきであろう。
WFHからWFXへ
ワーケーションを企業で整備していく上で、人事評価や労務管理面が課題になるといわれる。しかし、リモートワーク、テレワークの一形態と捉えるのであれば、BCPの観点からも遅かれ早かれ整備すべきものである。とりわけ承認や決済、会議やプロジェクトの進め方、コミュニケーションなども含めたワークフローがボトルネックとなっていることも多くあり、デジタル化、オンライン化の点から見直しを進めていくべきである。
2020年はコロナ禍によって在宅勤務、すなわちWFH(Work from Home)が広がった。今後は様子を見つつ、オフィス勤務とのハイブリッドが存在感を増してくるだろう。それはオフィスだけではなく、さまざまな場所から仕事をするWFX(Work from X)の時代といえる。WFXの視点から、ワーケーションを含めたリモートワーク、テレワーク環境や制度を整備していくべきであろう。
この原稿もワーケーションの中で書いている。ワーケーション・リーダーズ・サミットの余韻を持ちつつ朝5時に目を覚まし、露天風呂に入る。まだ暗い水平線を前に昨日の話をゆっくりと振り返ったり、それをどのように消化するのかを考える。ほの明るくなってきた頃、静かな宿泊場所のテーブルで一気に書き上げる。確かにいつもより生産的、なにより健康的だと実感する。誰かがこれを測ってくれればよい調査結果になるのだが。