2021年03月12日掲載

Point of view - 第176回 加藤俊徳 ―脳科学的視点で人の能力を捉える人事革命

脳科学的視点で人の能力を捉える人事革命

加藤俊徳 かとう としのり
株式会社脳の学校 代表取締役 加藤プラチナクリニック 院長

1961年新潟県生まれ。脳内科医・医学博士、昭和大学客員教授。
「脳番地トレーニング」の提唱者。加藤式脳画像診断法(MRI脳相診断)を用いて小児から超高齢者まで1万人以上を診断・治療する。著書に『脳の強化書』(あさ出版)、『片づけ脳』(自由国民社)、『脳とココロのしくみ入門』(朝日新聞出版)『ADHDコンプレックスのための“脳番地トレーニング”』(大和出版)など多数。

はじめに

 私は14歳で「脳に秘密がある」と興味を持ってから、40年以上、脳を知ること、人間の能力の源泉を見つけることだけを一筋に追い求めてきた。
「すべては「脳」が司っている。すなわち、「脳の使い方」で決まる。」
 これが、40年以上にわたって脳研究をしてきた私の一つの結論である。
 悩みや苦しみ、あるいは人生の成功ですら、すべてはこの未知なる脳という器官によって生み出されているのに、これまで多くの人々は真正面から受け入れようとはしていない。
 「脳の使い方」とは、記憶の仕方、勉強の仕方、あるいは、読書術のようなことも、脳の使い方の一つである。しかし、社会人として最も大切なことが見落とされている。同じように働き、人一倍努力する人がいるのに、仕事で認められる人と、認められないで能力を開花できずにいる人がいるのはなぜだろうか。
 例えば、「学歴が十分でないから、出世は無理」「がんばっても認められない」「他人のほうができる」といった悩みに苦しむビジネスパーソンがいる。一方で、会社に忠誠心をもって我武者羅(がむしゃら)に働いた結果、ストレスがたまり、不眠症やうつ病を発症している人もいる。
 このようなビジネスパーソンは、本当に能力がなかったのだろうか。あるいは会社が、その人材の能力を発揮させることができなかったのだろうか。
 現代の医学は、脳の病気の有無を調べる検査はしても、その人の脳の個性を診断することはない。生きた人間、「まさに今活動を続ける脳にどんな個性があるのか?」また、「どうすれば自分の脳を変えて成長できるか?」を教えてはくれない。
 その疑問に答えることが私の脳研究の根幹であり、追い求めてきた「脳の使い方」である。そこで本稿では、人事業務に脳科学的視点で、人の能力を捉えることを提案する。脳科学的視点がもたらす人事革命として、以下の二つの脳の考え方の導入を提案する。

1.脳の特徴を活かした適職を選ぶ
2.脳はいくつになっても成長する

 これら二つの考え方を導入することで、本来の脳の仕組みに合った日常を送ることができ、ビジネスパーソン一人一人の能力は、より高い生産性と日々の満足度の向上をもたらすと考える。

1.脳の特徴を活かした適職を選ぶ

 私は、14歳からの志が全く変わらず、今も脳を研究しながら、脳内科医として新しい脳の診断と治療を続けている。この間、脳科学と脳の医療は大きく変化してきた。脳科学分野では、動物を使った脳研究よりも人の社会生活まで踏み込んだ脳研究が一層盛んになった。
 私が行う脳の医療は、病気の脳を対象とする医療から、健康な脳を病気から守るだけでなく、脳を成長させる医療へと歩みを進めている。これらの進歩は、脳を可視化する技術が進んだことと密接に関係している。例えば、MRI(エムアールアイ、磁気共鳴画像法)は、脳の構造や発達状態を1ミリメートルの精度で区別できるまでになっている。
 私は研究を通じて15年ほど前に、それまで不可能とされてきた、脳に表れる能力を個人レベルで画像化することに成功した。私は、この最先端の脳科学技術である「加藤式MRI脳画像診断法」(脳相診断)を日常診療に用いて、企業の経営者や社員に脳科学コンサルを行っている。例えば、リーダーの脳画像診断を組織の体制・運営に活かしたり、社員教育に脳科学を取り入れて能力伸長のサポートを行うといった取り組みだ。その中には、トラブルに見舞われている社員やうつっぽい人、ADHD(注意欠陥多動性障害)などの発達障害を疑われる人などが含まれる。本人のMRI脳画像診断によって、脳の強み、弱みを診断し、「脳番地トレーニング」を指導している。脳番地とは、脳の部位を機能別に分けて捉える新しい脳の見方である[図表]

[図表]代表的な8系統の脳番地

出典:株式会社脳の学校ホームページより引用

 これまでの臨床経験の結果、その人の脳の特徴を活かす人事を行うことで、その人の脳が活き活きすることが分かってきた。逆に、未熟な脳番地ばかりを使う仕事を任されるとストレスがたまりやすくなり、短期間で未熟な脳番地を急酷させると逆に、うつ状態になりやすく、脳の働き自体が低下することが見られる。人の脳には適職や適材適所があることが明らかである。この脳科学的な視点に立つことで、人材活用の精度が向上する。

2.脳はいくつになっても成長する

 「脳は成人を迎えるとそれ以上成長しない」これが長い間常識とされてきた。しかし、私がこれまで見てきたMRI脳画像からの研究成果から、脳は二十歳を過ぎても決して成長を止めず、一生成長を続けることが分かってきた。
 脳は、人生経験を積み重ねることで、生まれ持った脳細胞の遺伝子を超えて成長していく。脳には番地があり、脳番地ごとに経験し、成長していく。もし脳の中に病気の脳番地があったとしても、病気以外の脳番地は、皆、健常な脳番地なのである。自分を何とかしようと元気な脳番地を使い続けることで、一人一人の顔が違うように、脳の形が個性的に育っていく。
 脳内には、ほとんど活用されていない未熟な脳細胞、潜在能力細胞というものがある。脳細胞はある年齢に達すれば確かに減っていき、老化もするが、その一方で一生かけても活用しきれないほど膨大な潜在能力細胞がある。どんな天才でも、あるいは80年、100年もの長い年月を生きても、この潜在能力細胞は使い切れないくらいある。
 社会における活動を通じて自分の脳の形、能力を構築し、生涯自分の潜在能力細胞を目覚めさせ続ける。そのことが、自分の脳を一生若く保つ最良の方法なのである。この脳科学的な視点に立つことで、人材活用の年齢の幅が格段に広がる。
 最後に付け加えると、「睡眠不足と運動不足は能力向上を妨害する」ので、睡眠を削ったり、運動を削ったりして仕事に打ち込むことは逆に、能力を低下させる。このことに関しての詳細は、拙著『脳が若返る最高の睡眠:寝不足は認知症の最大リスク』(小学館新書)を参考にしていただきたい。