2021年03月12日掲載

BOOK REVIEW - 『人事評価の会計学―キャリア・コンサーンと相対的業績評価』

太田康広 編著
慶應義塾大学大学院経営管理研究科 教授 
A5判/288ページ/定価4500円+税/中央経済社 


BOOK REVIEW 
人事パーソンへオススメの新刊

 本書のメインテーマは、会計学の理論的研究において重要なトピックである「キャリア・コンサーン」と「相対的業績評価」というモデルの紹介である。キャリア・コンサーンとは、"就業者が自身の将来のキャリアを考慮すること"を意味する。例えば、まだ会社に認められていない自身の能力をアピールするために、若手社員が短期的に求められている以上の努力をする、という行動などはキャリア・コンサーンの結果といえる。一方で、努力が業績に直結するとは限らない。本人の管理外にある要因をノイズとし、同じ外部要因の影響を受けた他者の業績と比較することでノイズの削減を意図した結果が、"ある人の成果を別の人の成果と比較して報酬・昇進等を決める"相対的業績評価であると位置づけられる。

 本書では、管理会計分野の学術的な成果に触れるだけでなく、「意欲のないミドル層」や「不満を持つ若手層」など、現場が抱える問題を人事評価による動機づけによって解決するための糸口を示すなど、通常の人事管理における実務書とはまったく異なる観点から分析が進められる。編著者が冒頭で述べる通り、実務家にとっては、各命題の証明部分は流し読みしたとしても、モデルが示すさまざまな現象の理論的示唆を受けて、新鮮な視点から人事評価を考えるヒントになるだろう。

 なお、キャリア・コンサーンと相対的業績評価の研究において、基礎となる論文を執筆したホルムストロム氏は、2016年にノーベル経済学賞を受賞している。本書は全編にわたり研究論文の内容に基づく数学的記述が続くが、数式の示す意味をかみ砕いた説明が加えられているため、周辺知識に自信のない読者でも、人事評価と業績指標における重要な研究に触れることができる。知識のすそ野を広げたい実務家に、手に取ってほしい一冊だ。

 



人事評価の会計学―キャリア・コンサーンと相対的業績評価

内容紹介

日本的雇用システムの急速に崩れつつある中、キャリア・コンサーンと相対的業績評価に関する問題がクローズアップされている。本書は、優れた研究論文をわかりやすく解題。

日本的雇用システムを特徴付ける終身雇用や年功序列といった仕組みは、近年、急速に崩れつつある中、人材の労働生産性を適切に評価し、適材適所を促進し、状況が変わったときには素早く配置転換することが重要になってきます。
そうした中、キャリアの早い段階において、自分の能力がどれくらいなのか自分自身でもわかっていない若手の社会人が、短期的に求められている以上の努力をする「キャリア・コンサーン」という現象が生じています。
また、業績を評価される人がコントロールできない他人の業績と比べられて、その人の報酬が決まる「相対的業績評価」の問題もクローズアップされてきています。
いずれも人事評価にあたって業績指標をどのように使うかという問題と関わっており、学術的に興味深いテーマというだけでなく、実務においても重要なテーマであるといえるでしょう。
本書は、研究や実務に活かしていただくため、この分野の基礎的な重要文献を厳選してわかりやすく解題しています。