2021年06月11日掲載

Point of view - 第182回 永禮弘之 ―コロナ下の人材マネジメントのトレンド

コロナ下の人材マネジメントのトレンド

永禮弘之 ながれ ひろゆき
株式会社エレクセ・パートナーズ 代表取締役

化学会社の営業・営業企画・経営企画、外資系コンサルティング会社コンサルタント、衛星放送会社経営企画部長・事業開発部長、組織変革コンサルティング会社取締役などを経て現職。
多数の企業や官公庁に対し、1万9000人超の経営者、経営幹部、若手リーダー育成を支援。ATD日本支部理事。早稲田大学、立教大学、共立女子大学などでリーダーシップ教育プログラムに携わる。

雇用、働き方への新型コロナウイルス感染拡大の影響

 本稿では、在宅勤務の普及、兼業・副業への意識変化といった、新型コロナウイルス感染拡大に伴う雇用や働き方への直接的な影響に触れた上で、その底流にある日本の大企業における人材マネジメントの変化を、筆者も関わったATDジャパンの調査分析内容などを基に示したい。
 新型コロナウイルス感染拡大に伴い、失業率の悪化、有効求人倍率の低下が進んでいる。日本生産性本部の「第4回 働く人の意識に関する調査」(2021年1月実施)によると、2021年1月時点で、日本企業の社員全体の51.8%が雇用不安を、63.2%が収入減への不安を感じている(以下、各データは同調査結果による)。
 また、2020年4月の日本全国対象の緊急事態宣言発令、政府による在宅勤務の要請もあり、在宅勤務の実施率は、2020年5月には日本企業全体の3割超に達した。ただ、在宅勤務用通信・設備環境の整備不足、業務の生産性低下への懸念、社内外関係者とのコミュニケーションの停滞などから、在宅勤務の実施率は、2021年1月時点で全体の約2割にとどまっている。
 一方で、厚生労働省の「テレワークの労務管理等に関する実態調査(速報版)」(2020年8~10月実施)によると、企業の視点からみた在宅勤務の効果(複数回答)として、「従業員の通勤負担の軽減」54.2%、「自然災害・感染症流行時における事業継続性の確保」52.5%、「定常的業務の効率・生産性の向上」18.6%、「人件費(残業手当、通勤手当等)の削減」14.7%などが挙げられている。上記「第4回 働く人の意識に関する調査」では、在宅勤務への慣れや通信設備環境の整備が進んだこともあり、"業務効率が上がった"と感じる社員の割合は、全体の33.8%(2020年5月)から54.5%(2021年1月)に増えている。兼業・副業を実施中、または「将来的には行ってみたい」とする割合は全体の約半数に上り、自己啓発の実施率は、15.6%(2020年10月)から20.1%(2021年1月)に増えた(同調査)。

日本企業の人材マネジメントの三つの変化

 上述の新型コロナウイルス感染拡大に伴う雇用や働き方への影響は、経済・産業構造のデジタル化、グローバル化に伴い進展してきた日本企業の人材マネジメントの変化を、今後加速させると予想される。筆者も関わるATDジャパンのリーダーシップ・スタディグループでは、日本企業で昨今進む人材マネジメントの変化を、[図表]のとおり整理した。
 本分析内容を俯瞰(ふかん)すると、労働市場の流動化を背景に、「適所適材(ポスト主義)の追求」「人事・組織運営の分権化」「雇用形態・キャリア形成のオープン化、多様化」の三つの変化が、「人材マネジメントのトレンド」の主流となる。加えて、この三つの変化は、相互に関連して進む。以下、それぞれの変化について見ていこう。

[図表]今後求められる人材マネジメントの変化

  before After
求められる人材像 オペレーティブ人材 クリエイティブ人材
人事マネジメント 時間主体 成果主体
職場マネジメント タスク主体 プロジェクト/ワーク主体
組織戦略 閉鎖・階層型 オープンネットワーク型
タレントマネジメント戦略 ライン幹部主導 人事部(HRBP含む)主導
人材育成戦略 ゼネラリスト育成 プロフェッショナル人材育成
ダイバーシティ戦略 属性 思考・志向
グローバル人材戦略 本社ありきの本国人主体 ローカルへの権限委譲
/現地人主体
採用管理 メンバーシップ型中心 ジョブ型中心
配置管理 適材適所 適所適材
異動管理 定期異動(ジョブローテーション) ポストに社内外問わず公募
選抜管理 トーナメント方式
(入社16~17年目目安)
実力次第で抜擢登用
(早期選抜あり)
昇進管理 年功序列/職能主義 実力主義/職務主義
評価管理 値踏みして報酬付与
/顕在能力活用
成長に向けてフィードバック
/潜在能力開発
育成管理 OJT/「企業人」育成 キャリア開発/自分ありき
人材投資管理 コスト・コントロール 投資効果向上
労使関係管理 企業別組合との団体交渉 個別交渉
定着管理 報酬体系設計 キャリア設計
代謝管理 60歳定年/早期退職制度 70歳雇用延長/PIP
(業績改善プログラム)

資料出所:ATDジャパン リーダーシップ・スタディグループ 調査研究報告
「日系グローバル企業のHRが強化したい役割・機能とは」(2020年)

【トレンド①】適所適材(ポスト主義)の追求

 経済・産業構造のデジタル化、グローバル化に伴い、労働市場の流動化が促され、「メンバーシップ型」と呼ばれる長期雇用正社員を核とした「適」の人材マネジメントを続けてきた日系大企業でも、社員の入れ替わりを前提に、組織上の役割責任(ポスト)を核とした「適(ポスト主義)」の人材マネジメントを採用する企業が増えている。特に、"GAFA"(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンという国際的な巨大IT企業4社)に代表されるグローバルIT企業との競合にさらされ、グローバル事業展開を進めるかつての日系電機メーカーの主力、日立製作所、ソニー、富士通、NECは、2010年代中盤から、組織上の役割責任や職種を核とした「ジョブ型」人材マネジメント制度にそろって移行している。
 ポスト主義の人材マネジメントの主な特徴は、次の点に整理できる。

・社内人材の育成と外部人材の随時採用を併用したポストの公募

・組織の人的資源配分と個人のキャリア形成を連動させるタレントマネジメント/キャリアコンサルティング

・ライン部門主体の人材マネジメントの意思決定

・業務成果や能力・行動要件による人事評価・処遇

・社員個別の専門性・市場価値に連動した柔軟な報酬・雇用条件の設定

 長期雇用を前提としたメンバーシップ型から、人材マネジメント全体の転換が求められているといえる。
 雇用の出口となる退職慣行で、70歳までの継続的な就業機会確保が努力義務化され、新型コロナウイルス感染拡大に伴う業績悪化に直面する企業では、出向や業務委託といった中高年の雇用形態の多様化が今後加速するだろう。雇用の入口で、メンバーシップ型制度を支えてきた新卒正社員一括採用の慣行に変化が起きるのかが、上述の人材マネジメント全体の転換の試金石となる。

【トレンド②】人事・組織運営の分権化

 労働市場の流動化が進むと、企業と社員の間の交渉力に変化が生じる。具体的には、これまでは長期雇用保障を土台に、企業が社員の業務内容や働く場所を決める「人事権」の裁量が広く認められてきた。今後は、筆者が「クリエイティブ・キャピタル」(専門知識や技能を身に付け、顧客や社会にとって価値が高い仕事をする人)と呼ぶ、専門性と市場価値が高い人材を中心に、社員の「キャリア権」(社員のキャリア形成の権利)が強くなるだろう。実際、2021年1月、名古屋高裁が、運行管理など専門性が高い業務を担うことを条件に雇用した社員に対し、倉庫勤務を命じた企業の人事異動を無効とする判決を下している。
 社員のキャリア権が強くなると、人事上の意思決定主体が、本社人事から、社員に密接に関わるライン部門の責任者やビジネスパートナー人事に移る。社員の専門性の高さが競争優位性を左右する度合いが高まると、ライン部門の人的資源配分の意思決定権が高まる。加えて、個々の社員と日常の接点を持ち、日々の人材マネジメントを担う現場の直属上司は、社員の働く意欲や能力形成への影響が強まる。
 特に、在宅勤務が広がり、全員が職場で一緒に働くことが難しくなった"コロナ下"では、現場マネジャーのピープルマネジメント・スキルが、企業の人材マネジメント上重要になる。現場マネジャーのピープルマネジメントは、「エンパワーメント(権限委譲)」「モチベーション(動機づけ)」「コミュニケーション」の三つの要素から成る。

【トレンド③】雇用形態・キャリア形成のオープン化、多様化

 前述のとおり、長期雇用保障の見返りに、企業が社員の業務内容や働く場所を決める人事権が従来広く認められてきたが、今後は労働市場の流動化が進む中、社員におけるキャリア形成への責任と権利が高まる。特に、超高齢化社会の日本では、職業人生が50年以上続く「100年ライフ」が待ち受ける。長期の職業人生で、賢くなる人工知能や新興国の安い賃金の労働者と張り合うには、社員一人ひとりが自身のキャリア形成に責任を持ち、創造的学習を続けて自身の市場価値を高めることが必須だ。
 加えて、日本の経済産業の主軸が製造業からデジタル化されたサービス業に移ると、社員のキャリア形成のオープン化、多様化が促進される。日本の製造業は、長期的な技術開発・研究の蓄積を土台に、自社固有の技術を競争優位の源泉としてきた。合わせて、「カイゼン」活動に代表される製造現場の自主的な生産性向上の取り組みが、生産技術の優位性をもたらした。このような事業特性から、長期雇用保障を提供することで、技術研究開発・製造部門の中核社員の流出を防いできた。
 ところが、デジタル化されたサービス業では、技術革新のスピードが速い上に、自社固有の技術の積み上げよりも、オープンなネットワークを核にした技術上の業界標準確立の重要性が高まる。その結果、企業間の境目が曖昧になり、自社の社員を囲い込む必要性は低下し、それが雇用形態や働き方の多様化を促す。
 日本でも既に雇用形態・キャリア形成のオープン化、多様化が進む。"コロナ下"での在宅勤務の普及や業績悪化が、この動きを加速化する。具体的には、ヤフーの外部人材活用制度「ギグパートナー」、電通の早期退職とセットにした中高年社員への期間限定の業務委託制度「ライフシフトプラットフォーム」、サイボウズの"100人100通りの"「働き方宣言制度」が有名だ。
 雇用形態・キャリア形成のオープン化、多様化が進む中、社員の求心力やエンゲージメントを高めるには、企業の存在意義(パーパス)が欠かせない。オムロンは、企業理念の浸透に力を入れている。2015年に3度目の理念改定を行い、創業家が中心にグローバルで理念浸透活動に取り組む。

 日本の大企業では、長期雇用保障の下、人事権を行使した全社一律の抑圧的な組織運営が許されてきた。日本企業の社員のエンゲージメントが世界最低水準にとどまり、労働生産性が先進7カ国で長年最下位に甘んじてきたのは、長期雇用保障の見返りに、社員個人の意思や事情を軽んじ組織の論理を優先する組織運営を続けてきたことも一因ではないか。今後、専門性が高く自律的な社員のエンゲージメントを高める上で、企業の存在意義を軸に、企業と社員がより対等な関係を築くための人材マネジメントが、日本の大企業でも求められるだろう。

[注]ATD(Association for Talent Development):1944年設立。米国に本部を置く人材開発・組織開発に関する世界最大規模の会員組織で、120カ国以上に約4万人の会員を擁する。ATDの日本支部であるATDインターナショナル メンバー ネットワーク ジャパン(ATDジャパン)は2008年に設立され、ATDの情報発信、日本独自の調査研究などを行っている。

【参考文献】
「第4回 働く人の意識に関する調査」(日本生産性本部、2021年1月)
「テレワークの労務管理等に関する実態調査(速報版)」(厚生労働省、2020年)
「日系グローバル企業のHRが強化したい役割・機能とは」(ATDジャパン リーダーシップ・スタディグループ、2020年)
『日経ビジネス』2021年1月11日号、4月5日号(日経BP社)
永禮弘之・瀬川明秀著『ホワイト企業 創造的学習をする「個人」を育てる「組織」』(日経BP社、2015年)