ジェンダー主流化:持続可能な世界を創るための処方箋
大崎麻子 おおさき あさこ 1997年米国コロンビア大学国際公共政策大学院修了(国際人権・人道問題専攻)。国連開発計画(UNDP)でジェンダー平等と女性のエンパワーメントの推進を担当し、世界各地で女性の教育、雇用・起業、政治参加の促進等のプロジェクトを手がけた。現在はフリーの専門家として、国際機関、省庁・自治体、民間企業、NPO等で幅広く活動中。内閣府の男女共同参画会議専門委員、男女共同参画推進連携会議有識者議員、「コロナ下の女性への影響と課題に関する研究会」構成員。著書に『エンパワーメント 働くミレニアル女子が身につけたい力』(経済界、2017年)など。 |
「ジェンダー主流化」とは
現在、多くの企業が「持続可能な開発目標(SDGs)」に取り組んでいます。SDGsには17の目標がありますが、そのうちの一つが「ジェンダー平等と女性・女の子のエンパワーメントの実現」です。ご存じの方も多いと思います。では、SDGsの実施原則として、「全てのゴールにジェンダー視点をシステマティックに主流化しなければならない」と明記されていることはご存じでしょうか。
「ジェンダー主流化」とは、教育、保健医療、労働、気候変動など、すべての領域で、男女がそれぞれどのような異なる状況にあるかを精査し、その実態に基づいた政策・事業を立案・実行していこうというアプローチです。当たり前ですが、身体的な違い、また、家庭内、社会、経済に構造化された性別役割分業や力関係などの違い(ジェンダー)により、男女は異なる状況にあり、異なるニーズがあるのです。
ジェンダー主流化がSDGsで重要視されている理由は二つあります。第一に、SDGsは「誰一人取り残さない」、つまり、格差と不平等の解消、インクルージョンを大きな理念として掲げていますが、人口の半分を占める女性が取り残されがちであるという前提に立ち、まずは、女性の状況やニーズを精査することが不可欠だからです。第二に、男女別データの検証と分析は、対象領域・地域の実態をより深く把握することに役立ちます。それにより、実効性のある対応策、エビデンスに基づく政策の策定につながると考えられているからです。
新型コロナウイルス感染拡大の対応においても、ジェンダー主流化は不可欠です。大規模感染症、自然災害、紛争などのクライシス(危機的状況)が「男性と女性に異なる影響を及ぼす」ことは、既に実証されており、国際社会共通の認識になっています。そこで、今回の危機に際しても、国連のグテーレス事務総長は、各国政府に対して「女性や女の子への影響を精査し、それをコロナ対策の中枢に位置づけてほしい」と呼び掛けました。
コロナ下で男女間賃金格差の問題が浮き彫りに
日本では、内閣府男女共同参画局が2020年9月に「コロナ下の女性への影響と課題に関する研究会」を設置しました。この研究会の特徴は、10名の構成員が男女半々であったこと、そして通常、このようなテーマでは筆者のようなジェンダー問題や女性の問題に特化した専門家で構成されがちですが、第一線で活躍するエコノミストや経済学者も参画し、あらゆる男女別データ・統計を検証・分析したことです。11回の白熱した議論を経て、2021年4月28日に「コロナ下の女性への影響と課題に関する研究会報告書~誰一人取り残さないポストコロナの社会へ~」を丸川珠代内閣府特命担当大臣(男女共同参画)に提出しました。その中で、女性への影響として、失業・非労働力化とそれに伴う収入減少、シングルマザー世帯の生活困窮、DV相談件数と自殺者数(特に主婦と高校生)の増加、家事・育児(家庭内での無償ケア労働)に費やす時間の増加、家計のやりくりや家族の健康を守らなければならないというストレスの増加などが指摘されました。
また、その背景にあるジェンダー問題として研究会が強調したのは、「男女間賃金格差」です。マクロな視点で労働市場を見ると、大きな打撃を受けた宿泊・飲食・娯楽などのサービス業、卸売・小売業の雇用者は女性の割合が高く、その大半が非正規雇用労働者です。職住近接、短時間勤務を希望し、配偶者控除との兼ね合いで高収入を望まないパート労働者が参入・再参入するため、低賃金でも常に労働供給がある市場です。そのため、コロナ下では、非正規雇用で家計を支えていたシングルマザー世帯は生活困窮に陥り、子どもの心と体の健康、学習にも負の影響が出ています。一斉休校や感染予防のために自らの意思で仕事を辞めた主婦は収入が無くなり、家庭内での交渉力が低下した可能性があることが指摘されています。
上記の報告書は、「(DV被害等の困難な状況から抜け出すために重要な)女性の経済的自立が進まない理由の一つに男女間賃金格差が影響している」「同一企業・団体内における正規雇用労働者と非正規雇用労働者の間の不合理な待遇差を解消するなど、『同一労働同一賃金』を推進していくとともに、長時間労働の是正や男女ともに柔軟な働き方を進めていくことにより、女性の就業に不利な職場慣行・職場環境を是正していくことが重要である」と述べています。
ジェンダー平等の進展度が企業価値を測る指標に
「男女間賃金格差」の是正は、「誰一人取り残さない」包摂的で持続可能な社会を創っていく上で不可欠ですが、この数年間で急速に拡大しているESG投資(環境、社会、ガバナンスへの取り組みを企業の価値として捉える投資)でも、指標として、男女間のペイギャップ(報酬の格差)に注目する動きが欧米で加速しています。企業のジェンダー平等の進展度を測るには、管理職や役員の女性比率よりも有効だという声もあります。
「日本では無理だろう」と思われるかもしれませんが、例えば数年前は「無理だ」と思われていた「脱炭素」に向けて昨今多くの企業が舵を切ることになった背景には、こうした金融市場の動きがあるのです(現在、筆者が主宰するNPOでは、政府、企業/金融機関、市民社会のマルチセクターによる「男女間賃金格差」の勉強会を行っており、国際動向や法整備の在り方について議論しています)。
近い将来、機関投資家だけではなく、ジェンダー平等に感度の高いZ世代が就職先を選ぶ際に、性別に関わりなくフェアに仕事ができ、評価される職場かどうかを知るための指標として、ペイギャップに注目する時代がやって来るかもしれません。