2022年01月28日掲載

Point of view - 第197回 河野裕之 ―「働く喜び」も「仕事の質」もコミュニケーションで決まる

「働く喜び」も「仕事の質」もコミュニケーションで決まる

河野裕之 こうの ひろゆき
米国CTI認定プロフェッショナル・コーアクティブ・コーチCPCC、ギャラップ認定ストレングスコーチ

月間100万人が読む、生き方・働き方を模索する人のためのWEBマガジン『モチラボ』運営者。働く人が「強み」と「自分らしさ」を発揮するための情報発信やコーチングを行っている。著書に『メンタルZ 「無敵のマインド」を"科学的"につくる』(ぱる出版)。

新たなコミュニケーションの課題

 組織内コミュニケーションに新たな課題が生じている。コロナ禍で働き方に変化が起きたためだ。
 イベントや飲み会の中止、テレワークの普及により生産性の向上や働き方の柔軟性には一定の改善が見られた。しかし一方で、社員同士の何気ない会話や雑談などコミュニケーションの機会は減ってしまった。その結果、「孤独感によるメンタルヘルス不調」「アイデアや気づきが得られない」といった問題が顕在化してきた。
 一見仕事と関係ないコミュニケーションが、実は働く上で大切な役割を果たしていたのだ。
・毎朝「おはよう」と挨拶する
・ちょっとした冗談を言って笑い合う
・困った時に話を聞いてもらう
・うまくいったら一緒に喜ぶ
 そうしたことは、働く時間のほんの数%にも満たないわずかな時間かもしれない。しかし、私たちはそんなちょっとしたコミュニケーションを土台に働いている。それがあるからこそ、つらくても「また頑張ろう!」と思えるのだ。
 そうした人と人との触れ合いがなれば、多くの社員は働く喜びを見いだせないし、いざというときに組織は底力を発揮できないだろう。結局、働いているのは生身の人間なのだから。

元々あったコミュニケーションの課題

 もちろん、社内は良好な人間関係ばかりではなく、以前からコミュニケーションの課題は山積していたわけだが、時代の変化とともに、旧来型のコミュニケーションスタイルでは、十分な信頼関係が育まれなくなっている。
 私はコーチとしても活動しているが、持ち込まれるテーマの半分は人間関係の悩みだ。人材の多様化により、年齢・性別・価値観が異なる人たちが一緒に職場で働いている。コミュニケーションにすれ違いが生じるのも当然だ。良かれと思って伝えたことが、相手にとっては大きなストレスになることもある。
 日本には昔から「和」を尊ぶ文化があり、人と人の結びつきを大事にしてきた。しかし、これまではどちらかというと多様性を受け入れるより、異質なものを排除する方向で結びつきを保ってきた。そのほうが人間関係を維持する上で楽だからだ。そのため、何も策を講じなければ、私たちはつい排除の論理を優先してしまい、結果的に全体からすれば人間関係を硬直化させ、息苦しいものにしてしまう傾向がある。しかし、これからの時代はそうしたやり方は通用しない。

コミュニケーション・トランスフォーメーション

 社内のコミュニケーションが以前ほどかみ合わなくなっていたところに、コロナ禍を背景に社員同士で距離感をつかむのがさらに難しくなった。多くの組織は、今まさにコミュニケーションの課題に直面している。
 昨今あらゆる業界で、デジタルトランスフォーメーションが叫ばれているが、コミュニケーションにもトランスフォーメーションが求められる時代なのだ。
 では、コミュニケーション・トランスフォーメーションを実現するためにはどうすればよいのか。もちろん、減ってしまったコミュニケーションの機会を増やすだけでは不十分だ。まず、社員同士がどのような関係性を築くことが組織にとって理想なのか、目指すべき姿をしっかりイメージしておく必要がある。それがなければ、「頑張ってますアピール」や「足の引っ張り合い」「事なかれ主義」など望まないコミュニケーションが横行してしまうかもしれない。
 目指すべき姿をイメージした上で、そのために必要なコミュニケーションを意図的に重ねていく。むろん、理想的な社員同士の関係性をつくっていくのは骨の折れる作業だ。特に最初のうちは、むしろ非効率な側面が現れるかもしれない。それでも粘り強く改善を続けていけば、必ず一人ひとりの社員は成長し、それが組織全体にも波及していって、いずれ文化になっていく。

意図的な協働関係

 理想的な「社員同士の関係性」について、参考までに私の意見を述べておく。
 前述したとおり、私はコーチとして働く人たちの話を聞く機会がある。初対面でいきなりデリケートな話を聞くことになるので、クライアントとの信頼関係は非常に大事だ。とはいえ、依存関係やなれ合いにならないよう適度な距離感を保つことも同じくらい大切となる。また、目指すべきゴールに対して、しっかりコミットする姿勢も決して忘れてはいけない。そうした関係性を私たちコーチは「意図的な協働関係」と呼ぶ。
 「協働」とは、共通の目的を達成するためにお互いの特性を尊重し合い、対等な立場で共通する課題の解決に向けて協力・協調する関係のことだ。これは「信頼関係+主体性+目的意識」の三つのバランスが取れた状態といえるだろう。この関係性が土台になければコーチングは機能しない。したがって、コーチは、まずこの関係性を構築するために努力する。この「意図的な協働関係」は、組織の人間関係にもヒントになるのではないだろうか。
 もちろん社内にはいろいろな人間関係があるだろう。しかし、この「意図的な協働関係」は、性別も立場も価値観も超えて機能するものだ。個人個人が最も生産的で創造的な状態になるだけでなく、社員同士のつながりを活性化し、組織として相乗効果を発揮するのにも役立つだろう。

コミュニケーションの工夫

 人間関係はコミュニケーションで決まる。そして、コミュニケーションの質は、ちょっとした工夫で大きく改善することができる。例えば、オンライン飲み会では、トークテーマを設定したり、相手の話を否定しない・さえぎらないなどのルールを適用してやれば、話し下手な人も会話に参加しやすい。また、「うれしかったこと」「最近の課題」などをトークテーマにしてもよい。だれもが率直に語り合える場にできれば、失われた社員同士の何気ないコミュニケーションを補うこともできるだろう。
 また、社員同士のコミュニケーションを円滑にする工夫として、私が作成した「性格診断」をツールとして活用している組織もある。この性格診断は、12問に答えることで16タイプに判定できるというもので、自己理解だけでなく他者理解にも役立つ。その上で診断結果をシェアし合えば、共通言語もできて会話が弾む。うまく活用すれば、距離感を縮め、信頼関係をつくり出すのにも役立つはずだ。
 新型コロナウイルスによる感染拡大は、働き方だけでなく組織内コミュニケーションにも大きな変化をもたらした。これからは理想的な社員同士の関係性を構築するために、コミュニケーションにも工夫を凝らしていく必要がある。
 私たちが人間である以上、働く喜びは人間関係とともにあり、それが仕事の質にも直結するのだ。そのためにもコミュニケーションの在り方、改善・工夫は、これからの人事管理にとって重要なテーマの一つといえるだろう。