会社は、社員のキャリア自律を組織力向上につなげられるか
北村祐三 きたむら ゆうぞう 金融会社の経営企画課長、人事課長を経て、2018年にジェイフィールに参画し現在に至る。人材育成・組織変革プロジェクト、研修ファシリテーターを担当。共著に『「目標が持てない時代」のキャリアデザイン』(日本経済新聞出版)がある |
今のままでは、優秀な人から会社を去っていく
最近、キャリア自律という言葉がよく聞かれるようになった。人生100年時代では職業キャリアが50年を超えることが想定され、個人の職業キャリアを企業が保障することができなくなる。つまり、企業主導型のキャリア形成は現実的に難しくなっているのだ。個人としても、企業に自分のキャリアを預けるのはリスクになるので、自分のキャリアは自分で形成していくという「キャリア自律」の流れになるのは自然なことである。
社員がキャリア自律していく一方で、会社が社員との関係をこれまでどおりにしていたら、当然のことながら優秀な人から会社を去っていくことになる。そこで、どのような関係に変化させていけばよいかを考えていきたい。
まず、キャリア自律を考える人のパターンを整理しておく。私がこれまで見てきた人たちを整理すると、大きく3パターンに分かれる。
一つ目のパターンは、会社の中で管理職を目指していくパターン。成長はするがガラパゴス化した成長となり、他社では通用しないことも多い。
二つ目のパターンは、自分の成長に貪欲でそのために組織を道具として捉えるパターン。周囲を巻き込めずに自分の限界を超えられないことが多い。
この二つのパターンの人たちは、成長意欲も高く努力するのだが、組織の論理や自分の思い描く範囲での成長となり、想像以上の自分になる可能性に足を踏み入れていない。だから、実際はその人でなくても代わりがいることになる。
かつての私は、この二つのパターンを組み合わせた感じだった。将来への保険という意味で、ビジネススクールで知識とスキルを高め、組織からの期待にある程度応えていた。言ってみればリスク管理型のキャリア自律を目指していたのだ。しかし、自分だからこその何かで組織の可能性を広げたわけではなかった。
これからのキャリア自律は、会社に依存するわけではなく、かといって自己成長だけを考えるのでもなく、自分と会社や社会を重ねながら新しい可能性を拓いていくイノベーション型のパターンが求められる。自分の思いと、社内外のさまざまな人の思いで化学反応を起こしながら社会に良い影響を与えていき、結果として想像以上の自分になる可能性を高めていく三つ目のパターンである。
ここであらためてキャリア自律を定義すると、「自分のキャリアの目的を持ちながら、会社ともつながり、社会ともつながり、想像以上の自分になること」といえる。
リスク管理型 | イノベーション型 |
Doing(スキルや知識) | Doing(スキルや知識) +Being(自分の在り方) |
視野が狭い(自己成長) | 視野が広い(社会変革) |
他者評価 | 自己評価 |
変化についていく | 変化をつくる・楽しむ |
それでは、会社はイノベーション型のキャリア自律に向けて動き出す社員との関係をどのように変化させていけばよいのか。
昨今よくあるケースは、キャリア自律を求めて研修を導入して終わりというものである。結局は、上層部が決めたビジョン・戦略を落とし込んで、それを実行していくことを求めている。そして、ジョブ型制度を職務と労役の交換関係という短絡的な解釈の下に導入する。これでは、キャリア自律して想像以上の自分になれる可能性に気付いた人が、遅かれ早かれ会社を去っていくのは目に見えている。
そういう人たちが存分に力を発揮したくなる環境をつくり、組織力向上につなげるには何が必要になるのだろうか。
そもそも組織とはキャリア自律の相乗効果として生まれるもの
多くの会社は、上層部が決めたビジョン・戦略を実行することを求める一方で、「イノベーションが必要だ」「そのためにはいろんなバックグラウンドを持った多様性ある人たちで対話することが大切だ」と言うのだ。それなのに、「キャリア自律した彼らの思いを聴いて組織のビジョンを膨らませよう」といった声を聴くことは少ない。
社員は、上位から降りてくる目標をいかに達成するかが仕事である、という考え方が抜けきらないのだろう。各個人が自分の思いを発信して、それをいちいち聞いていたら収拾がつかない、ということである。
しかし、よく考えてみれば、それぞれの思いや夢を語り合ったからこそ、会社が生まれ発展してきたのではないだろうか。どんな会社も最初は誰かの思いが起点となり、その思いに共感した人たちが集まり、思いを重ねて大きくしていくというプロセスを踏んできたはずである。会社というのは、一人ひとりの人生を重ねる場所だったのである。
バブル崩壊以降はリストラ、コストダウンが至上命題となり、夢が語られなくなってきた。今、バブル後入社組は50代前半以下になっている。つまり、ほとんどの人は夢を語り合った時代を知らない。その人たちの成功パターンからすれば、上位から降りてくる目標を達成することが最も合理的で効率性が高いと信じられている。だから、個々人の思いを聴いて組織のビジョンを膨らませようという発想にならないのは自然なことなのかもしれない。ある大企業では、「課長は問題解決をする役割であり、思いを発信しなくてもいい」という声も聞かれた。
しかし、日本でもバブル崩壊以降にイノベーションを起こした企業はたくさんあるし、そういう企業では今の現役世代が思いを語り合いながらビジョンを膨らませている。
だとすれば、キャリア自律の流れは大きなチャンスである。これからのキャリアを考える中で、上層部も含めてもっと多くの人に自分の思いや夢に気付いてもらい、語り合う機会をつくれる。その中であらためて、思いや夢を語り合うという組織の原点を感じられれば、多くの人がその楽しさにワクワクするはずである。
キャリアの目的を探り合おう、語り合おう、聴き合おう
前述したとおり、ほとんどの社員は夢を語り合うことなく過ごしてきたので、個々人が自分の思いに向き合うことがなくなっていた。だから、下記の4ステップを参考に、まずは自分と向き合い、自分のキャリアの目的から考えてみる、そしていろんなチャレンジをしながら、仲間と共にその目的を育てていく循環をつくることとが大切なのである。
①キャリアの目的(パーパス)を育てる
②体質改善に取り組む(成長体質、ネットワーカー体質)
③目標をたくさんつくる
④キャリアを楽しく実験する
これら4つを循環させることで、目標を次々生み出し、現時点では思いもつかないような、想像以上の自分になることができます。
(出所:『「目標が持てない時代」のキャリアデザイン』日本経済新聞出版)
あるメーカー企業の事例を紹介しよう。設計部門のマネジャーとその部下が6ペア12名集まり、各自が自分のキャリアの目的を探求し、自分たちがやりたいことを実践していくプログラムだった。最初は懐疑的な反応だったが、「本当にやりたいことをやっていいの?」という質問が出たところから目の輝きが変わっていった。従来業務にアドオンで取り組むのに、従来業務とは明らかに主体性が違い、新たな調査手法や技術を取り入れるなど精力的に活動していた。結果としてお互いに思いを語り合うことでやりたいことが膨らみ、それを実践していく中で自己変容していったのである。
一人ひとりが個別にこの4ステップを実践しても、このような変化は生まれなかっただろう。みんなで探り合い、語り合い、聴き合ったからこそ、お互いが背中を押され、一人ひとりも組織も想像以上の状態に変化していったのである。
人と組織の可能性を増幅させるか、それとも減退させるか 肝は人事にあり
さて、人事は具体的に何をすべきなのか。まずは、そもそも上層部も含めた社員が、語るべき思いや夢を持てるようにすること。そして、社員が思いに気付いたら、一歩を踏み出す勇気を与えることも必要である。さらに、それを実現できる環境をどこまで用意できるのかも一筋縄ではいかない。また、お互いの思いを語り合うことで組織のビジョンを膨らませていくことにつなげるための仕組みも必要になる。
ただし、具体的な方法論としてはこれをやれば間違いないという正解はない。組織ごと、人ごとに施策は異なる。もし一つ正解があるとすれば、この取り組みは社員の人生に大きな影響を与えるもの、という意識で取り組むことである。
キャリア自律を促していくことで当然に出てくる質問、出てきてほしい質問は「本当にやりたいことをやっていいの?」というものである。
人事の皆さんはこの質問に「YES」と答えられるだろうか。もちろん、何でもかんでもというわけではない。しかし、会社のビジョン・戦略に合っていれば、という条件付きではダメだ。YESと答えたときの、キャリア自律した社員たちの目の輝きを想像してみよう。その輝きをつくれるのが人事部門の仕事なのである。
今この瞬間、皆さんの頭にはできない理由が無数に駆け巡っているだろう。これまでの常識からしたら、当然のことである。では、その理由を書き出してみてほしい。それらは、人事のオペレーション上の都合、性悪説による統制圧力、そして経営陣のノスタルジーではないだろうか。
社員が想像以上の自分になり、会社が想像以上の組織になるために、まず人事部門が想像以上の人事になる。だとしたら、できない理由ではなく、想像力を目いっぱい働かせて"YES"の状態を思い描こう。この問題にいかに取り組むかに、人事部門の真価が問われている。