青島未佳 あおしま みか
一般社団法人チーム力開発研究所 理事
九州大学 人間環境学研究院 学術研究員
はじめに
本連載は、2019年および2020年に掲載した「心理的安全がもたらすチームパフォーマンスへの効果」(WEB独自記事・全4回)、「"心理的安全性が高い"チームのつくり方」(『労政時報』本誌・全6回)の第3弾である。
ここ数年で、民間企業、自治体、医療法人、非営利活動法人などさまざまな組織で"心理的安全性"という言葉は急速に浸透している。ある企業では、年頭所感で経営者が"心理的安全性"が確保された組織づくりについて決意表明したり、またある企業では人的資本の指標の一つとして活用するといった案が出ているほどだ。
実は、2019年に「心理的安全性がもたらすチームパフォーマンスへの効果」を執筆した際には、ここまで心理的安全性という言葉が世の中のバズワードになるとは想像していなかった。しかし、改めて考えてみると、VUCA(Volatility:変動性、Uncertainty:不確実性、Complexity:複雑性、Ambiguity:曖昧性の四つの単語の頭文字をつないだ造語)といわれる現代社会において、"安全・安心"という言葉は、人の心にしみるものなのかもしれないとも感じさせられた。しかしながら、この言葉の非常に耳障りが良いせいか、その概念に対する誤解も生まれている。
また、考え方は分かったが、実際にはどうしたらよいのかという声も多く寄せられる。
本連載では、心理的安全性の概念を深掘りし、改めて心理的安全性の誤解を解き、心理的安全性のつくり方や、ダイバーシティとの関連、リーダーだけでなくフォロワーの在り方について、『リーダーのための心理的安全性ガイドブック』(労務行政、2021年12月発行)では触れきれなかった点やその後の新たな知見を踏まえ、5回にわたって筆者の考えを論じていく。
第1回 改めて心理的安全性の重要性とその誤解
第2回 DEI(ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョン)を促進する心理的安全性
第3回 心理的安全性を高めるリーダーシップ再考
第4回 心理的安全性を高めるフォロワーシップ
第5回 心理的安全性のつくり方 ~具体例~
1.心理的安全性とは
心理的安全性とは「チームの中で、対人リスクを恐れずに思っていることを気兼ねなく発言できる、話し合える状態」であり、決して仲良しチームやぬるま湯の組織の状態を指すのではない。
心理的安全性が高いチームとは、「上司を含むチームメンバーがチームの目的や目標の達成に向けて、前向きな議論を交わしながら、お互いの知恵や意見を率直に話し合い、より良い結果を導けるチーム」であることは前回の連載で伝えたとおりだ(『労政時報』第3995号-20.6.26)。
2.心理的安全性の重要性
なぜ、ここまで"心理的安全性"という言葉が注目を集めているのだろうか。前述したとおり、VUCAといわれる現代社会は、アンコントローラブルな出来事が起こりがちな不透明・不確実な時代である。だからこそ、個人がより安心・安全な場を求めることは自然なことである。また、企業も継続的な成長やイノベーションのためには、一部や少数の(権威のある、または成功体験を持つ)トップパフォーマーの知恵に頼るには限界があり、一人ひとりの知恵・知見を組織知にしていくためにも、心理的安全性が欠かせないことは経営や人事・管理部門、現場横断的に実感として認識されつつあるからだろう。
これまでのさまざまな研究によって、"心理的安全性"が高い組織は低い組織よりも持続可能性が高いことが明らかになっている。一方で、真に心理的安全性が高い企業は、そうやすやすとつくることができない。だからこそ、心理的安全性の構築は、企業の一つの差別化要素・コアコンピタンスとなり得るともいえる。
ここで、改めて心理的安全性が構築されると何がよいのか整理してみたい[図表]。
[図表]心理的安全性の重要性
多くの研究において、心理的安全性はさまざまな側面で、組織にプラスの効果をもたらしていることが判明している。
心理的安全性の提唱者であるエイミー・C・エドモンドソンは、チームの心理的安全性があることはチーム学習を促進し、チームのパフォーマンスを高めることを再三指摘している。また、パフォーマンスだけでなく、医療分野においてはミスやエラーが少なくなるということだ。加えて、経営の意思決定・判断の質が高まるという効果もある。
個人の観点では、エンゲージメント(仕事へのやりがい)に寄与するといった視点、また組織の観点では、ダイバーシティ&インクルージョン(多様性の受容)、エクイティ(公正性)の文化形成に有益に働くことも多くの研究から明らかである。
3.心理的安全性の誤解
上記のように多くの効果がもたらされる心理的安全性であるが、その概念やつくり方については一部誤解も生じている。その幾つかを紹介したい。
【誤解1】心理的安全性が高い組織は"アットホームでやさしい"組織である
これについては、これまで多くの記事・書籍等でも指摘されているため既に知っている方も多いだろう。前述したとおり、心理的安全性が高いチームとは、決して仲良しチームや居心地の良いチームではない。そもそも心理的安全性とは先が読めない不確実な中において、勇気をもって挑戦・行動するための土台にほかならない。そして、一人ひとりの多様な知恵や考えを共有するに当たって当然起こる健全な衝突を促進するものであり、決して耳障りの良いことばかりをお互いが言い合うチームのことではない。
また、「"心理的安全性が高い"チームのつくり方-第5回 心理的安全性を高めるリーダーシップ」(『労政時報』第3999号-20.9.11)の"安全基地"の概念でも紹介したが、子どもの成長には安心と挑戦の双方が必要である。子どもは、安全基地=愛情を注いでもらってエネルギーを補給できる「場所」があるからこそ、外の世界に目を向け、つらい体験や危険も乗り越え、勇気をもっていろいろなことに挑戦できるようになる。一方で、いつまでも居心地の良い安全基地にとどまって、親が先回りしてレールを敷いて安全な場所ばかり確保していたら、健全な成長は見込めないだろう。組織もこれと同様で、チームが居心地の良い状態に安住して"安心チーム"でいることは、組織としてそれ以上の成長は見込めない。居心地の良い組織を超えて、成し遂げたい先の目的にフォーカスをして"侃々諤々と率直に議論できるチーム"になることが、本来われわれが目指すべき心理的安全性が高いチームといえる。
【誤解2】どんな場面でも部下の意見(Speak up)を聞く必要がある
前述したようにVUCAの時代では、多くの場面で心理的安全性が重要であることは間違いない。一方で心理的安全性が高い組織は、階層構造に関係なくものが言える組織(権威勾配〔上司と部下の力関係〕を極力排除した組織)と捉えられるが、これはどんな時でもそうだろうか。時には適切なトップダウンが必要な場合もあるのではないだろうか。
医療や消防での緊急な場面など、経験を積んだ熟練者やトップの指示が重要な場合も存在するだろうし、企業経営の現場でも同様だ。改めて誤解がないように伝えておきたいが、心理的安全性は、不確実で対人の相互作用が必要な環境において、より有益に働くのであり、過去の経験則で判断できることまで、多様な意見や異論を聞くことが緊急時ではどこまで必要なのかは状況に応じて考えてみてほしい。
昨今では、"サーバンドリーダーシップ"や"心理的安全性"という言葉が台頭してきた一方で、"トップダウン"や"指示"という言葉はどんな場面においても悪者扱いされている風潮がある。もちろんリーダーは"自分の考えは本当に合っているのか"について常日頃問い正す行動は必要であるが、心理的安全性が正確に理解されず、リーダーが指示を出しにくくなることは本末転倒だ。支持と支援、トップダウンとボトムアップの二つのバランスを見極めつつ、チームづくりを行うことが肝要である。
ちなみにリーダーの伝え方や心の在り様について、相手を人として受け入れ、常に聞く耳を持ち、冷静であるという態度は、トップダウンでもボトムアップでも必要なことである。
【誤解3】良いリーダーは自分の主張を控え、部下の意見を否定しない
心理的安全性をつくるために最も大切なことは、リーダー自身の行動であると、筆者も伝えており、各種の研究でも証明されている。
しかしながら、心理的安全性を意識しすぎると、リーダーのほうが"部下がどう思っただろうか""部下が嫌な思いをしてないだろうか"と人間関係や部下の気持ちに配慮しすぎてしまい、結果的にリーダーの心理的安全性が損なわれた状態となってしまうことが度々ある。
そもそも、リーダー自身もチームの一員であり、リーダーを含むメンバー全員が、"このチームでは対人リスクを感じず率直に物事を言える"状態こそが心理的安全性が高いチームである。
講演や研修等の質疑応答では、参加者から「リーダーはどのような状況でも部下の話を否定せずに聞かなくてはならないのか」「ミスやエラーをしたり、指導する場面でも伝えるべきことを率直に伝えてはいけないのか」と聞かれることが多いが、もちろんそうではない。言うべきことをきちんと伝えることはリーダーの役割である。それを放棄してはチームとして成立しない。
リーダー自身の本来の役割を遂行するに当たり、リーダー自身がチームのために本音を言える環境こそが、心理的安全性が高い職場である。心理的安全性の構築の責任者はリーダーという認識は一般的になってきたが、そろそろフォロワーである部下にも光が当たってもよいだろう(フォロワーシップについては、本連載の第3回で掲載予定)
【誤解4】発言しないことは、個人の性格の問題である
心理的安全性とは、個々のメンバーが、このチームでは"率直に発言しても大丈夫だ"と思えている状態であり、それを阻害する要因は、人が感じる"対人不安"である。グループダイナミクス(集団力学)の研究では、人間は、組織やチームの中で、必ず他人にどう思われているかという評価懸念が生まれ、この評価懸念が、個々人の行動に影響を及ぼしていることが分かっている。では、この評価懸念の大きさは個人の特性によって変わるのだろうか。
個人レベルの研究においては、最も信頼性のある性格分析のビッグファイブ理論における神経症的傾向が高いとやや心理的安全性が低くなるという研究結果も存在する。個人レベルでは、多少なりともその傾向があることは見て取れるが、チームレベルで分析すると、それは個人の特性・性質の問題ではないことも明らかになっている。チームレベルにおいて、そのチーム内に心理的安全性があれば、個人の特性にかかわらず、発言に対する対人不安を感じず率直に意見を言えるということだ。
筆者は、会議に参加した上司から「うちの社員はシャイだから発言しない」とか、「Aさんは受け身的な性格だから発言してくれない」という困りごとを聞くことがある。もちろんそういう個人の性格的な側面もあるだろうが、それ自体が問題ではない。発言の量・頻度にかかわらず、 責任をもって「本来言うべきこと」「組織にとって有益になること」を言えているかが大切である(もちろん主体性の喚起は重要であるため、心理的安全性を通じて、組織に属する個人の主体性を醸成していくことは必要である)。
【誤解5】心理的安全性づくりを目的としたプログラムを導入すること
前回の連載の「"心理的安全性が高い"チームのつくり方-第3回 心理的安全性を高める方法①~組織開発プログラムを導入した事例を基に~」(『労政時報』第3997号-20.7.24)において、心理的安全性は、共通の目的があるからこそ大切だと説いた。
これは、裏を返せば心理的安全性をつくることを目的化しないということだ。時折、心理的安全性をつくること自体を目的に据えて組織開発に取り組むことの是非を質問されることがある。企業が、居心地の良い組織づくりのみを目指すのであれば別だが、本来、チームとは共通の目的があり、その目的を達成するために集まった集団であることを前提とすると、心理的安全性の構築の先にある組織目標・目的に焦点を当てることが結果的には近道であろう。前述の問いに対して、筆者は「心理的安全性づくりを目的としたプログラムは、あまりお勧めはしない」と答えることにしている。
エドモンドソンも著書『チームが機能するということはどういうことか』(英治出版)において、プルデンシャル生命の事例を挙げ、心理的安全性を高める取り組みとして、「Safe-to-Say(安全に話せること)」と名づけたプログラムを導入したが、内部の調査で分かったことは、少しも変わっていなかった。「多くの社員が、「Safe-to-Say」に明示されているような率直であるという目標に喝采を送っているものの、その価値がパフォーマンス向上にどのように直接関係するのか正確に理解していないことだった。結論として私は、心理的安全を直接的かつあからさまに生み出そうと重点的に取り組むのは、必要な変化を生み出す方法として間違っている、と考えた」とある。
最後に-心理的安全性はチームの概念であるということ
組織科学において心理的安全性という概念は古くから存在しており、1965年のマサチューセッツ工科大学のエドガー・シャインとウォレン・ベニスの研究までさかのぼる。シャインとベニスは、保守的傾向が浸透している「組織」が新たな発展に向けて学習し、変革するために硬直的な保守傾向を解凍する手段として心理的安全性に注目した。シャインやベニスの研究は、あくまでも個人の認知に焦点を当てていたが、エドモンドソンは、組織やチームに備わる特性として"心理的安全性"に焦点を当てている。
個人の認知も重要であるが、それ以前に組織やチームがメンバーに対して変革や挑戦を支援する態度をとり、そこから生まれるチームの風土や規範を整えることの重要性に着目しているのがエドモンドソンである。エドモンドソンは、グループが最も心理的安全性を概念化し、測定するのに適切なレベルであると言及している。
これは個人の認知のレベルを超えて、組織やチームが持つ目に見えない"空気"というものの存在の重要性を指摘しているといえる。これは、近年特に個人タスクよりもチームタスクが増え、チーム連携が必要となっている背景を踏まえた指摘であるとも推察できる。
改めて心理的安全性という概念を正しく理解した上で、この言葉に踊らされることがないように組織づくりに取り組んでほしい。
青島未佳 あおしま みか 一般社団法人チーム力開発研究所 理事 九州大学大学院 人間環境学研究院 学術研究員 慶應義塾大学環境情報学部卒業・早稲田大学社会科学研究科修士課程修了。日本電信電話㈱に入社。その後、アクセンチュア㈱、デロイト トーマツ コンサルティング㈱、㈱産学連携機構九州(九州大学TLO)、障害者福祉施設わごころの立ち上げ等を経て、2019年3月より現職。人事制度改革、人事業務プロセス改革、コーポレートユニバーシティの立ち上げ支援、グローバル人事戦略など組織・人事領域全般のマネジメントコンサルティングを手掛ける。 九州大学ではチームワーク研究や組織づくりを主軸とした共同研究、コンサルティング、研修・講演などを実施。主な著書に、『リーダーのための心理的安全性ガイドブック』『高業績チームはここが違う:成果を上げるために必要な三つの要素と五つの仕掛け』(いずれも共著、労務行政)がある。 |
リーダーのための心理的安全性ガイドブック KPMGコンサルティング 青島未佳 著 組織やメンバーを率いるビジネスパーソン必読! |