2022年06月10日掲載

Point of view - 第206回 木下舞耶 ―「教える」より「シェア」〜企業のジェンダー教育をリデザインする

木下舞耶 きのした まいや
株式会社電通 コピーライター/PRプランナー

米国エマーソン大学卒業後、電通入社。PR視点のクリエーティブソリューションを得意とする。国内のヒットキャンペーンからグローバルで通用するアイデアまで幅広く活躍。ダイバーシティ領域にも精通し、ジェンダー領域専門チームProject Genderを創設し、広告キャンペーン開発、コンテンツコンサル、寄稿・登壇なども行う。共著に『図解ポケット ビジネスパーソンが知っておきたいLGBTQ+の基礎知識』(秀和システム)がある。

ジェンダーリテラシーは、もはや必須教養

 近年、ジェンダーに関する広告炎上事例が増加しており、広告制作に携わるクリエイターのジェンダーやダイバーシティへの意識向上は急務の事態だと感じていた。広告クリエイターや制作に携わる人々が、今の時代に合ったジェンダー観を持つことは非常に重要である。その理由は、万が一制作物が炎上してしまい、自社やクライアントのレピュテーションを下げることにつながるから、だけではない。
 広告は、あらゆる人が目にするメディアコンテンツ。社会の風景の一部として、生活者の価値観に大きな影響を与えるものだ。そんな広告が、いつまでも古い価値観を提示していては、この国はいつまで経っても前に進まないだろう。イギリスでは、2019年から「有害なジェンダーステレオタイプを描く広告」は規制されるようになった。また、フランスではコマーシャル用の写真に写ったモデルの肌や体型をデジタル加工した画像には、加工を行ったことを明記する表示義務が課せられている。
 世界でもこれほどのルールがつくられるほど、広告の影響力は巨大なのだ。また、広告の中だけでなく、社内というコミュニティでも、ジェンダー観のアップデートは、すべての社員が働きやすい職場づくりにもつながり、結果として組織全体の生産性向上を期待できるのだ。

従来のジェンダー研修の限界

 2022年の初め、私と数人の社員は3月8日の国際女性デーに合わせて、社内のジェンダーリテラシー向上を目的として有志の社内イベントを企画することにした。当社では、おそらく多くの企業がそうしているように、ダイバーシティやジェンダーに関するさまざまな研修やセミナーがある。では、なぜわざわざ新たな有志のイベントを企画するのか?
 ここからは私の仮説だが、従来のDE&I(Diversity, Equity & Inclusion)の研修やセミナーは、期待しているほど"本当に変わってほしい人々"に届いていないのではないかと思う。会社が全社員の視聴を必須としているコンプライアンスの研修ビデオは、非常に分かりやすく制作されているが、あくまで一方的なコミュニケーションのため、自分ごととして捉えられていないのではないか。また、ジェンダー領域の広告事例や炎上防止に関するセミナーも自由参加なので、もともと意識の高い人しか参加していないのではないか。

TEACHではなくSHAREする「やらかしラジオ」

 この"本当に変わってほしい人々"を今回のメインターゲットとして企画したのが、「やらかしラジオ」というリモートイベント。誰にでもあるようなジェンダーにまつわる失敗や"やらかし"を、事前に匿名投稿してもらい、イベント当日3人のMCで投稿をピックアップしてトークする、という内容だ。
 人は皆間違えることはある。それをタブーにして隠さない健全なカルチャーこそが、あらゆる人が働きやすい職場環境につながると考え、設計した。従来のジェンダー研修との違いは「正しい知識のお勉強」ではなく、「間違えた事実を受け入れられる姿勢づくり」を目的としていること。
 このイベントでのこだわりはもう一つある。それはMCのキャスティングだ。3名のMCは、私と、50代の女性クリエイティブディレクターで部署のハラスメント相談担当でもあるMさん。そして30代後半の男性クリエイティブディレクターのOさん。一番のポイントがOさんだ。Oさんは業界でも高い評価を得ており、社内でも名が知れたクリエイターである。ターゲットが耳を傾けたいと思うインフルエンサーとして、そして、視聴する男性たちが自分を重ね合わせることができるロールモデルとしての役割を担った。
 「やらかしラジオ」は2022年3月中旬に実施。MC3人それぞれのやらかしエピソードから始まり、事前に集めた投稿をピックアップしコメントしていると、あっという間に45分が経った。最後に、おまけとしてMCのおすすめのジェンダー書籍を紹介し、イベントは終了した(イベントは匿名性を守ることを重要視したので、残念ながら今回の記事でも、投稿されたエピソードを紹介することはできない)。イベント直後に男性の部長から「面白かった。書籍のリストを送って欲しい」というメッセージが届いたときは、少しだけ効果があったように感じた。

社会を変えるのは、勇気と寛容さ

 今、日本だけでなく世界では、新しいジェンダー観が普及するとともに、「キャンセル・カルチャー」も広がっている。確かに、配慮のない言動で誰かを傷つけることは良くない。しかし、キャンセルされた人はその後、どうなるのだろう? 失敗した人こそ、同じ失敗を起こしてしまう人々のロールモデルになれるのではないだろうか。自身の失敗を受け入れる勇気と、他者が変われるチャンスを与える寛容さを一人ひとりが持つことで、組織も社会も変わってゆけると私は思う。

※キャンセル・カルチャー:主にソーシャルメディア上で人物が言動などを理由に追放される、現代における排斥の形態。