2022年06月24日掲載

「人を活かすマネジメント」常識・非常識 - 第5回 職場ではプライバシーに関わることは話さない?

前川孝雄 まえかわ たかお
株式会社FeelWorks 代表取締役/青山学院大学 兼任講師

1.個人情報、プライバシー尊重の気運高まる

 インターネットの浸透に伴い個人情報の流出や拡散への危機感が高まっている。ネットショッピングなどで入力した個人情報が漏洩(ろうえい)し悪用されることへの懸念や、SNS上に自分や知人が不用意に公開した個人情報が拡散されてしまうおそれなど、さまざまなプライバシー・リスクと隣り合わせの時代だ。
 自分の検索・閲覧履歴が追跡され蓄積・分析されて、個人向けネット広告が日々カスタマイズされることへ気持ち悪さを感じる人も少なくないだろう。個人情報保護法の改正によるCookie規制強化なども進んではいるが、不安は払拭(ふっしょく)されていない。
 一般社団法人日本プライバシー認証機構が2022年3月に行った「消費者における個人情報に関する意識調査」によると、企業による個人情報の取り扱いに不安を感じるかどうかを問う質問では、「強く不安を感じる」もしくは「やや不安を感じる」を合わせた割合は70%に上る[図表1]。その理由を複数回答で尋ねたところ、「個人情報が漏えいする恐れがあるから」が75.6%と最も高く、「不正な収集」「不正な利用」もおおよそ56%、「不正な第三者提供」も43.1%に上る結果となっている[図表2]
 このように、個人情報やプライバシー情報の尊重と保護、適切な管理への警戒感が、あらためて高まっているのだ。

[図表1]企業等による個人情報の取り扱いに不安を感じるか

資料出所:一般社団法人日本プライバシー認証機構「「消費者における個人情報に関する意識調査 2022年3月版」([図表2]も同じ)

[図表2]"不安を感じる"人の不安の理由(複数回答)

2.《マネジメントの非常識》ワーク・ライフ・バランス、ハラスメント意識から公私は分けるべき!?

 ここ10年ほどで、ワーク・ライフ・バランスを重視する意識も強まっている。働き方改革が進み、残業規制や年次有給休暇取得促進、育児や介護との両立もしやすくなり、経営者や管理職も社員の柔軟な働き方を推奨し、プライベートを尊重する気運も高まっている。
 昭和から平成の時代には普通だった「アフター5は飲みニュケーション」とばかりに、上司が部下を連れ立って飲みに繰り出す風景も今や昔。必要な報告・連絡・相談は就業時間内にきちんと済ませ、上司・部下の関係を業務時間外にまで持ち越すような公私のけじめのない行動に眉をひそめる人も多い。
 また、職場のハラスメント防止対策の法整備が進み、企業に防止措置が義務づけられた。ハラスメントの定義や基準が必ずしも明瞭でない中、厚生労働省が例示するパワーハラスメントの類型には、上司の部下に対する「精神的な攻撃」や「個の侵害」などがある。
 不用意にプライバシーに触れる会話や、家庭や家族の情報を聞くことが部下の気持ちを侵害し、ハラスメントだと指摘される懸念も皆無ではない。そうであれば、部下に対する仕事以外の関心は持たず、プライベートに関する会話も慎むことが無難と考えがちだ。
 コロナ禍によって浸透したリモートワーク環境下で、ある管理職の悩みを聞いた。Zoomを用いたオンライン会議や面談で、部下が家の中の様子や自分の服装が映り込むことを嫌い、ビデオ・オフのままで参加することに違和感を持つとのこと。上司としては部下の様子や表情が読めず、相手が話を理解しているのかも確認できない。そこでビデオ・オン(顔出し)を指示しようとも思うが、プライバシー侵害のハラスメントを指摘されることを恐れて悩んでいるというのだ。
 以上のように、上司は、部下のプライベートに関わる話題やコミュニケーションを極力避けようとしがちだ。職場で公私は分けるべきであり、「職場ではプライバシーに関わることは話さない」ことが常識と思われている。しかし、果たしてそれは真に好ましいことなのだろうか。

3.《マネジメントの新常識①》ダイバーシティが進むからこそ、プライバシーも知り合えたほうがよい

 社員のプライバシーを尊重し、侵害を避けるべきであるのは当然だ。しかし、「互いのプライベートには触れない」との風潮が行き過ぎると、職場がぎくしゃくしてしまう場合もある。相互理解やチームワーク、さらにはクリエイティブな仕事を進めていく上でも、決してプラスにはならない。
 こと現代は職場のダイバーシティが進み、異なる文化や価値観や生活条件を持った社員が集い、協働して仕事を進めていくことが求められる。であるからこそ、メンバー間の相互理解がより重要になり、互いの背景やプライバシーをある程度知り合えることが大切なのではないだろうか。
 人は、「知らないもの(者)」は怖いし、遠ざけたいと思うものだ。公私を厳密に分け、プライバシーは全く遮断し伝え合わないという関係では、心理的に距離ができ、分かり合えない部分が多くなる。よく知らないが故に、無意識の偏見や言動で相手を傷つけてしまうことも生じがちだ。
 ワーク・ライフ・バランスを尊重し合い、生活や家庭の事情に配慮し合う働き方を進めるためにも、互いのプライベートの事情をある程度理解し合い、気軽に相談し合える関係がプラスになる。子育てや介護・看護と両立しながら、あるいは自ら疾病や障害を抱えながら働く上では、上司や同僚の理解や配慮が欠かせない。こうした点でも、普段からのプライベートな事情を含む相互理解が深まるほど、相談や支援も円滑に行えるはずだ。

4.《マネジメントの新常識②》職場を安心して働ける、自己開示しやすいホームに

 ただし、相手が望まないのにプライバシーを聞き込み、プライベートを詮索するようなことは避けるべきだ。あくまでも、本人が自然に自分自身のことを話したくなるような風土づくりが大切になる。
 筆者が営む会社では、管理職向け「上司力®研修」において、長年にわたり、職場をストレスの高い「アウェイ」ではなく、互いに信頼し合い安心して自己開示し合える「ホーム」にすることの大切さを伝え続けてきた。近年、あらためて職場における心理的安全性の重要性が叫ばれ始めたが、正にそのことだ。職場で自分の心情や考えを率直に発言しても、決して拒否や否定をされず、素直に受け入れられ、安心して働けることが重要なのだ。
 そのためには、上司は部下のプライベートを聞くのではなく、まず自らが率先して自己開示し、プライベートについてもオープンに話題にすることだ。その結果、部下も自然に自己開示しやすい風土を育むことが望ましい。
 また、筆者の会社では、毎週の定例ミーティングの前に「チェックイン(=会議を始める前に行う"ウォーミングアップ"のことで、参加者に一言ずつ発言してもらうことで、場の雰囲気を和ませ、話し合いやすい雰囲気を作る)」の時間を設け、「最近気になったこと」「マイブーム(今はまっていること)」「週末の出来事」などざっくばらんに雑談をしている。お互いの意外な側面を知り合え、その場も和み、互いに発言しやすい雰囲気づくりにもなって効果的だ。さらに、月例会議の終わりには「みんなの読書」の時間を設け、最近読んだ本の感想シェアの時間を設けている。書籍の情報交換自体も参考になるが、お互いの関心や考え方を理解し合うのにも役立つ。
 リモートワークによって、対面でのコミュニケーション機会が少なくなる状況では、フォーマルな時間の中にインフォーマルなコミュニケーションの機会を取り入れる意味は大きい。ぜひそれぞれの職場にあった相互理解の場づくりをお勧めしたい。
 最後に留意しておきたいことは、上司がプライバシー領域も含め部下の自己開示を促す目的だ。それは、部下の働きがいを創出し、本人の成長やキャリアを支援するためだ。この共通認識があってこそ、職場が安心して働けるホームになることを強調しておきたい。

前川 孝雄 まえかわ たかお
株式会社FeelWorks代表取締役/青山学院大学兼任講師
人を育て活かす「上司力®」提唱の第一人者。(株)リクルートを経て、2008年に人材育成の専門家集団(株)FeelWorks創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、「上司力®研修」「50代からの働き方研修」「eラーニング・上司と部下が一緒に学ぶ、バワハラ予防講座」「新入社員のはたらく心得」等で、400社以上を支援。2011年から青山学院大学兼任講師。2017年(株)働きがい創造研究所設立。情報経営イノベーション専門職大学客員教授、(一社)企業研究会 研究協力委員、(一社)ウーマンエンパワー協会 理事等も兼職。連載や講演活動も多数。
著書は『本物の「上司力」』(大和出版)、『ダイバーシティの教科書』(総合法令出版)、『50歳からの逆転キャリア戦略』(PHP研究所)、『「働きがいあふれる」チームのつくり方』(ベストセラーズ)、『一生働きたい職場のつくり方』(実業之日本社)、『「仕事を続けられる人」と「仕事を失う人」の習慣』(明日香出版社)、『50歳からの幸せな独立戦略』(PHP研究所)、等30冊以上。近刊は『人を活かす経営の新常識』(FeelWorks、2021年9月)および『50歳からの人生が変わる痛快! 「学び」戦略』(PHP研究所、2021年11月)