2022年06月24日掲載

Point of view - 第207回 鴨下智法 ―“対話”によるトラブル解決へのアプローチ―修復的司法の考え方

鴨下智法 かもした とものり
NPO法人「対話の会」 副理事長
本八幡朝陽法律事務所 弁護士

1997年千葉大学法経学部法学科卒業後、あさひ銀行(現りそな銀行)等の民間企業勤務を経て、2012年千葉大学大学院専門法務研究科(法科大学院)修了、2014年弁護士登録、2016年5月本八幡朝陽法律事務所開設。2010年からNPO法人「被害者加害者対話の会」(現「対話の会」)に参加し、各種スタッフ活動や少年院・大学等での公演を行う。2019年副理事長に就任。

従来の司法では捉えきれないニーズを「対話」で解決

 現代社会では、さまざまなトラブルを防止するための一定のルール=「法」を使って世の中の動きをコントロールしようとする。トラブルが起きたとき、法を適用して解決をすることを「司法」と呼ぶ。
 従来の司法においては、犯罪を中心としたトラブルを国家への規律違反と捉える。国家が刑罰権を一手に引き受けて、罪を犯した者に対し被害者に成り代わって刑罰を科す。罪を犯した者にその罪に見合った不利益を与えることにより、被害者の溜飲(りゅういん)を下げ、国家秩序を維持する。こうした従来型の司法を、「応報的司法」と呼ぶこともある。
 裁判を中心とする応報的司法が、現代において果たしてトラブル解決のためにどこまで役に立つのか。そうした疑問から、われわれ「対話の会」の活動はスタートした。
 法人名が示すとおり、われわれは「人と人との対話」を用いてトラブルの解決を目指す。人と人とのトラブルといえば犯罪などが代表に挙げられるが、現代では、犯罪に至らずとも、ハラスメントやいじめの事案が学校や職場などさまざまな場所で起きている。それらが、そこに所属する人々の心を悩ませる。こうした人々の悩みを「対話」という手法で解決することができないか、従来型の司法では必ずしも拾い切れないニーズを拾うことができないか、という気持ちで活動している。

刑罰による応報的司法と、対話による修復的司法

 対話の会は、現理事長の山田由紀子がアメリカ留学で学んだ「修復的司法(Restorative Justice)」の考え方、知識を基に設立された。
 修復的司法という考え方は、従来型の応報的司法に対する疑問から生み出されたものだ。応報的司法では、場合によっては、国家の刑罰権の発動において、被害者の気持ちが必ずしも酌み取られなかったり、被害者と加害者の関係そのものの修復に役立たなかったりすることも少なくない。これに対して修復的司法では、犯罪をはじめとするトラブルは、その地域社会に起きた害悪であると広く捉え、国家権力に任せたりしないで、当事者(被害者・加害者)やそれぞれの家族、地域の人たちが直接関わり、その害悪によって生じた悪影響を修復していこうとする。刑罰ではなく、「対話」という手法を中心に、人と人とのコミュニケーション(対話:ダイアローグ)を通じて問題点を洗い出し、解決方法を探していく。

実際の対話の進め方

 対話の会では、会内に運営センターを設け、対話の申し込みがあると、進行役となる者をスタッフの中から2名選び、その2名の進行役が双方(申し込み者と相手方)と面談を重ねて、それぞれの対話への準備が整った場合には、実際の対話へと進んでいく。
 対話は以下のように進行する。まず自己紹介をした後、第1段階として、それぞれの立場から見たトラブルに関する体験を語ってもらう。「私のメッセージ」として伝えることで、自分が思い描いたことや見聞きしたことを、相手に追体験してもらうことができる。第2段階は「質問と答え」である。被害者の多くは、「なぜ私がこんなひどい状況に置かれたのか」という困難に直面する。質疑応答の目的は、取り調べたり、事実関係を深掘りしたりするためでなく、被害者が「事実を知るため」だ。互いの体験等の開示を踏まえて、第3段階として「これからどうするか」を参加者全員で模索する。導き出した解決の方向性について、第4段階として「合意文書の作成」を行う。書面作成そのものが目的ではなく、あくまでも互いを理解するためのプロセスとして実施する。その後、われわれスタッフが中心にフォローアップを行う。
 対話は、誰からでも、いつでも簡単に申し込めるように努めている。裁判のように事実認定を権力的に行うことはないので、申し込みを受けるときには事実関係に争いがないということも重要になる。また裁判とは違い、誰かに公開をしなければいけないという考えも持たない。どんな事案でも必ず対話にこぎ着けるということではなく、進行役は、それぞれの当事者が本当に直接対話することに適しているのかを冷静に分析、判断してゆく。

被害者・加害者、双方からの申し込みを受理、32件の対話を実施

 対話の会では、これまで90件の申し込みを受け、32件の対話を実施している。いじめの事案や親族のトラブル、職場でのハラスメントなど、必ずしも従来型の応報的司法では拾い切れない問題についても積極的に関わってきた。もちろん犯罪としての重大な事案についても多く手がけ、場合によっては人が亡くなってしまうような重大事件の対話についても、理事長自らが進行役となるなどして関わってきた。
 また、90件の申し込みのうち、加害者側からが58件だったことに対し、被害者側からも32件が申し込まれている。このことは、対話による関係修復を望むニーズが、加害者側だけでなく被害者側にもあることを示唆している。

対話により双方のニーズを満たし、「心の距離」を縮める

 対話がもたらす効果について、われわれは以下の3点を強調している。
 1点目は、対話が紛争の再燃を防ぐという点である。1990年代の米国において、少年非行事件の分野で、対話を経験していない少年と比べて、対話を経験した少年のほうが再犯率(再非行率)が低いという研究結果が出された。
 2点目は、対話によって被害者と加害者の双方のニーズを満たすことが可能になるという点である。被害者となってしまった者は、多くの場合、「なぜ私が被害に遭うのか」「どういう経緯で事件が起きたのか」といった事実を知りたいという思い(ニーズ)を強く持つ。そのほかにも、きちんとした謝罪やそれなりの対応が欲しいというニーズも起きる。一方、加害者にも、被害者に対して謝罪や償いをしたいというニーズがある。対話によって被害者が加害者の直接の声を聞くことで、これらのニーズに応えてもらったと感じ、双方のニーズが満たされることも多いのである。
 3点目は、対話によって距離を縮めるという点である。ここでいう距離とは、心の距離のこと。何かのトラブルに関わって被害者と加害者となってしまった場合、そこには心理的な距離感が生じる。そして、事件後にお互いを"モンスター視"してしまうあまり、心の距離がさらにさらに広がってしまうことがよく見られる。対話によって、そうした距離を元に戻すことができれば、そこで初めてお互いを理解し、謝罪や許す気持ちが生まれるのではないかと思う。
 もしお互いの声がそれぞれ届いた場合には、ハラスメントやいじめ、さらには犯罪といったトラブル関係も修復されていくのではないだろうか。