2022年11月08日掲載

人事パーソン要チェック! 新刊ホンネ書評 - [241]『才能の科学―人と組織の可能性を解放し、飛躍的に成長させる方法』

(マシュー・サイド 著 山形浩生/守岡 桜 訳 河出書房新社 2022年6月)

 

 本書は、著者の旧著で、能力は後天的に伸ばせるとした『非才!』(2010年/柏書房)を改題の上、復刊したものです。したがって、著者の近著『失敗の科学』(原著2015年・邦訳2016年/ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『多様性の科学』(原著2019年・邦訳2021年/同)より前に書かれた本になります。

 3部構成の第1部「才能という幻想」では、芸術や学問、スポーツ、ビジネスなどあらゆる分野で見られる、「生まれながらの才能」という考え方に疑問を呈し、批判的に考察しています。

 まず、英国代表の卓球選手として2度オリンピックに出場した著者自身についての考察から始まり、自分が優れた卓球選手になれたのは、訓練内容や恵まれた環境が要因であったとしています。さらに、"天才"といわれたチェスプレーヤーのガルリ・カスパロフや、"神童"と言われたモーツァルト、さらには、ゴルフのタイガー・ウッズやテニスのウィリアムズ姉妹、幼少期から傑出したチェスプレーヤーになるために英才教育を受け、実際にそうなったポルガー3姉妹の話など、さまざまな例から、才能ではなく目的性のある訓練と成長への気構えによって傑出した人物が生まれるとし、企業における才能至上主義は良い結果を招かないとしています。

 第2部「パフォーマンスの心理学」では、プラシーボ効果(偽薬を本物の薬と思い込み、服用することで得られる心理効果)のようなものがスポーツのパフォーマンスにおいて大きな役割を果たすことを、ボクシングのモハメド・アリや三段跳びのジョナサン・エドワーズにとっての宗教、タイガー・ウッズにおける強固な自信などから説明し、「信条」という言葉で表される脳の状態が、高いパフォーマンスを生むとしています。
 さらに、パフォーマンスに影響する「あがり」のメカニズムとその回避法を考察。そして、勝負の前の儀式(ルーティーン)がなぜスポーツのパフォーマンスを向上させるのか、また、大会で優勝するなどして目標を達成した後で憂鬱になるのはなぜかについて解説しています。

 第3部「能力にまつわる考察」では、知覚というものの構造はつくり変わるものであり、熟練者はその幅を広げられるとし、さらに、ドーピングや遺伝子改良について、強化手段のすべてが人類の将来にマイナスとなるのかどうか考察しています。最後に、陸上競技において黒人は、短距離(西アフリカ)においても長距離(東アフリカ)においても遺伝子的に優れた走者であるというのが正しくないことを実証し、改めて、能力は生得的なものではなく後天的に伸ばせるものであるとして本書を締めくくっています。

 基本的には、この世には遺伝子的に決まる「才能」というものはなく、すべては努力であるという主張の本ですが、著者自身がアスリート出身であることもあってスポーツに関連した事例が多く、説得力をもって楽しく読めます(環境論である点でマルコム・グラッドウェルの『天才!』(2009年/講談社)に近いが、解説でも述べられているように、グラッドウェルのほうが通俗的か)。

 『失敗の科学』は、なぜ人や組織が失敗をし、その失敗から学べずに落とし穴にはまり続けるのかを考察したもの、『多様性の科学』は、画一的な集団はみな同じ事しか考えず、同じ見落としをして大失敗を引き起こすとし、本当の多様性をつくり活用するにはどうすればよいかを説いた本です。未読であれば、本書に続いてこれらに読み進むのもいいかと思います。

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※本記事は人事専門資料誌「労政時報」の購読会員サイト『WEB労政時報』(有料版)で2022年7月にご紹介したものです。

【本欄 執筆者紹介】
 和田泰明 わだ やすあき

 和田人事企画事務所 人事・賃金コンサルタント、社会保険労務士

1981年 中堅広告代理店に入社(早稲田大学第一文学部卒)
1987年 同社人事部へ配転
1995年 同社人事部長
1999年 社会保険労務士試験合格、2000年 行政書士試験合格
2001年 広告代理店を退職、同社顧問(独立人事コンサルタントに)
2002年 日本マンパワー認定人事コンサルタント
2003年 社会保険労務士開業登録(13030300号)「和田人事企画事務所」
2004年 NPO生涯教育認定キャリア・コンサルタント
2006年 特定社会保険労務士試験(紛争解決手続代理業務試験)合格

1994-1995年 日経連職務分析センター(現日本経団連人事賃金センター)「年俸制研究部会」委員
2006年- 中央職業能力開発協会「ビジネス・キャリア検定試験問題[人事・人材開発部門]」策定委員
2009年 早稲田大学オープン教育センター「企業法務概論」ゲストスピーカー