2022年07月22日掲載

Point of view - 第209回 前野隆司 ―合理的・科学的経営の根本が変わった ~従業員の幸せに配慮するウェルビーイング経営の勧め〜

前野隆司 まえの たかし
慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科教授
慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長

1984年東京工業大学卒業、1986年同大学修士課程修了。キヤノン株式会社、カリフォルニア大学バークレー校訪問研究員、ハーバード大学訪問教授等を経て現職。博士(工学)。著書に、『ディストピア禍の新・幸福論』(2022年・プレジデント社)、『ウェルビーイング』(2022年・日本経済新聞出版)、『幸せのメカニズム』(2014年・講談社)、『脳はなぜ「心」を作ったのか』(2004年・筑摩書房)など多数。

幸せな社員は創造性・生産性が高い

 30年前の経営学では、「熱意を持って働く」「チームワークを重視」などの精神論・感情論は置いておいて、仕事をいかに効率的に分配するかが合理的・科学的経営だった。「ハラスメント」という言葉もなかった時代には、「明日までにやらないと許さんぞ!」と言うのも「頑張ってるね。信頼している君ならできる。明日までに頼むぞ!」と伝えるのも、明日までに仕事をさせるという意味では同じであると考えられていた。
 しかし、その後、メンタルストレスに関する研究が進み、ハラスメントは心にストレスを与えるので望ましくないことが明らかになった。さらに、1980年代以降、ウェルビーイング(幸せ、健康)に関する研究が進み、「従業員が幸せに働くこと」の効用が明らかになってきた。
 拙著『ウェルビーイング』(前野隆司・前野マドカ、日経文庫)でも述べたように、幸せな従業員は、不幸せな従業員よりも、創造性が3倍高く、生産性が30パーセント高く、欠勤率が低く、離職率が低く、ミスが少なく、健康長寿であることなど、さまざまなことが明らかにされている。ある小売業での比較では、幸せな従業員のほうが不幸せな従業員よりも37パーセントも売り上げが多かったという研究結果もある。
 つまり、合理的・科学的に考えるならば、従業員は幸せに働くべきなのである。

「昔は根性で働いたものだ」は誤り

 最近の若者は「幸せに働きたい」と言う。仕事はつらくても頑張るもので、昔は上司に怒鳴られたら「なにくそ」と頑張ったものだ。最近の若者は根性がない――このように言う方がいらっしゃるが、これは間違いである。
 上司に怒鳴られてもそれをバネにして頑張れるタイプの人も確かに一部にはいる。しかし、怒鳴られるとストレスを受けて会社に来られなくなる人もいる。昔は後者の人を「根性のない人」と呼んでいたが、これは間違いである。ストレス過多で心の病に陥ったり、会社に来られなくなったりされた方である。
「仕事はつらくても頑張るもの」ではなく、「職場では皆が生き生きと幸せに働く」べきだ。もちろん、その理由は、前に述べた合理的・科学的なエビデンスより明らかである。
 では、どのようにすれば、幸せに働けるのであろうか?

やってみよう、ありがとう、なんとかなる、ありのままに

 「幸せに働くとは、仕事が楽で、休みが多く、のんびり働くこと」という誤解がある。むしろ逆であり、私が幸せの要因について分析した結果、以下の幸せの4因子を満たすような生き生きした活気のある働き方が、幸せな働き方であった。

①やってみよう
 大きな視野で会社の理念を理解し、自らの夢を持ち、やりがい・働きがいを感じながら主体的に働いていること

②ありがとう
 社内外の人間関係が豊かで、互いに信頼関係が構築できていて、感謝したり、エンカレッジしたり、助け合ったりしながら、社会に貢献する働き方ができていること

③なんとかなる
 前向き、楽観的にチャレンジし、リスクを覚悟して新しいことや困難に向かっていく強さを持っていること

④ありのままに
 人の目を気にしすぎる人は幸福度が低い。そうではなく、自分の軸が明確で、個性を発揮しながら、自分らしくありのままに働くこと

 いかがであろうか。①、③、④は力強い幸せである。やる気があり、"なんとかなる"と自分らしく働く、たくましい働き方。一方で、②は優しい働き方である。つながりを大切にし、信頼関係や感謝、エンカレッジを重視した、豊かな人間関係を醸成する働き方である。
 これら四つをいずれも満たしている人が幸せに働く人である。②だけが強いと自己犠牲に、④だけが強いとわがままになってしまう。すべてをバランスよく持つ人が幸せに働く人なのである。
 さらにまとめると、①、③、④はやりがい、②はつながりということもできる。要するに、幸せに働くとは、やりがいとつながりを大切にしながら働くということである。

西精工、ネッツトヨタ南国、伊那食品工業などの幸せ企業の見学を

 「幸せに働くとはどういうことか?」「ほんとうに幸せになりながら売り上げや利益を伸ばせるのか?」という疑問のわく方は、西精工、ネッツトヨタ南国、伊那食品工業などのすばらしい会社を見学されることをお勧めする。「百聞は一見に如かず」である。
 西精工では、あいさつ、掃除、コミュニケーションを徹底している。ネッツトヨタ南国では、やりがいを重視し、一般社員に任せる経営に徹している。伊那食品工業は、朝の庭掃除が有名である。「気づきの力の訓練のため」だといわれる。いずれも、やっていること自体は、当たり前のことである。しかし、それを心より徹底している。「幸せ経営」の極意とは、挨拶、掃除、コミュニケーション、任せること、信じること、誠実であることなど、人間として当たり前のことを、実直に続けることなのだと思う。
 「百聞は一見に如かず」と書いた後で説明を加えるのもばかばかしいので、そろそろ筆を置こう。そのまえに、もう一つだけ、幸せのうんちくを。
 「幸せはうつる」という研究結果がある。イェール大学のクリスタキス教授らによるネットワーク分析の結果である。逆に、不幸せもうつるという。皆さんが幸せならば、皆さんの仲間も家族もお客さんも幸せになる。皆さんが不幸せであれば、仲間も家族もお客さんにも不幸せがうつるというわけである。ぜひ、幸せを広げる側になっていただきたい。そのためには、健康に気をつけるように、幸せに気をつけることである。お幸せに!