2022年07月21日掲載

“心理的安全性が高い”チームの新たな視点 - 第5回・完 心理的安全性のつくり方―具体例

青島未佳 あおしま みか
一般社団法人チーム力開発研究所 理事
九州大学 人間環境学研究院 学術研究員

1.はじめに

 これまで4回にわたり心理的安全性の誤解やリーダーシップ、フォロワーシップの発揮について論じてきた。最終回となる今回は、改めてそれらを総括するとともに、心理的安全性のつくり方のポイントをお伝えしたい。

2.心理的安全性をつくるときの留意点

[1]心理的安全性をつくることを目的化しない
 まず初めに留意すべきは、心理的安全性の取り組みは目的志向で考えることが重要という点だ。第1回の「心理的安全性の誤解」で述べたように、心理的安全性がある職場とは、対人不安を意識せず"侃々諤々(かんかんがくがく)と率直に議論できる職場"だ。しかし、プログラムを導入する際に、心理的安全性をつくることだけを目的化してしまうと、結果的に"優しい職場""居心地の良い職場"をつくってしまいかねない。また、リーダーが心理的安全な場をつくることばかりを意識してしまうと、リーダー自身も本来言うべきことが言えず、達成基準を下げることにもつながってしまう。
 そもそも心理的安全性は、チームの共通の目的があるからこそ、その目的に向けて組織をマネジメントしていく大切な概念であり、その目的が自分たちにとって重要であればあるほど、人はその達成に向けて動機づけられ、行動力が増すことは以前伝えたとおりだ。
 そのため、心理的安全性をつくることの本来の価値や、その先にある目的・チームのゴールを全員が意識しながら取り組みを進めていくことが肝要であると考える。

[2]目的を意識して、内側からつくる
 何のための心理的安全性かという問いに対して、目的志向で考えることが大切であるのは伝えたとおりであるが、その目的達成ばかりに気を取られすぎると、一番身近なチームメンバーの働きがいや幸せがおざなりになってしまうことも実際はあるだろう。「何のための心理的安全性か」ということも大切であるが、「誰のための心理的安全性か」という問いに対しては、自分を真ん中にして、その同心円状の内側からつくっていく意識が肝要である。
 一番身近である人物(通常は部下やチームメンバーだろう)がやりがいをもって仕事に取り組んでいなければ、サステナブルな組織・チームにはなれないだろう。目的・ミッションの達成が、メンバーの犠牲の上に成り立っていないかどうか、改めて見返してほしい。

[3]小さな成功体験(Quick Win)をつくる
 改革プログラムを導入するときに、何をもって達成・ゴールとしたらよいのかと聞かれることが度々ある。もちろん最終的なゴールは、生産性の向上、QCD(Quality=品質、Cost=費用、Delivery=納期)の遵守、エンゲージメントの向上など、本来その組織が達成したい目標であるが、それらは1、2年先など少し遠いゴールとなることも多い。どのような場合であれ、人はあまりに遠い目標に対しては動機づけられないため、中間でのプロセス指標を設定することをお勧めしている。
 中間のプロセス指標として、チームの風土が変わってきているかどうかを、何らかの基準で計測し、小さな成功体験を積み重ねられる工夫をしてほしい。心理的安全性の評価項目のアンケート結果でもよいし、会議の中でのメンバーの発言量やルールの遵守率でもよい。可能であれば、チーム全員で話し合って活動の目的・中間のプロセス指標を決定・計測してほしい。

[4]心理的安全性の正しい知識をインプットすること
 何事でも、新しいことに取り組むときには、事前に必要な情報や知識を得ることが王道である。特に心理的安全性という言葉や解釈は、その耳障りの良さからも、人によって解釈の幅が広い。多くの職場の中で、非常に気軽にこの言葉が使われている場面をしばしば目にするが、その捉え方は各人各様である(人によっては"優しい職場"をイメージしたりしている)。
 だからこそ、この言葉を共通言語として組織の中で改革・取り組みを行っていきたいのならば、まずもって、言葉の定義と阻害要因などを正しく理解することが第一歩となる。

[5]改革のオーナー・事務局が"変われること"を信じること
 心理的安全性を高める取り組みを進めるために最も大切なことは、それを推進する立場の人(事務局等)のメンバーやチームに対する「姿勢・スタンス」である。
 改革を推進する人の中には、「このチームは、どうせ変われないだろう」という気持ちや「あの人は××な人だから……」といった過去からの評価で判断し、レッテルを貼ってしまうことが往々にしてある。もちろん、改革を進める立場の人も、人間である以上、これまでの経験を踏まえた組織や人の見方があるだろう。この過去の経験を踏まえた情報処理能力があるからこそ、効率的に物事を判断できるのであって、それは人間が保有している高度なスキルの一つであることは間違いない。
 一方で、そのレッテルを貼ったままだと、取り組む当事者からは、その感情が透けて見えてしまいモチベーションが下がることもある(ゴーレム効果:人が他者から期待されていないと感じることによってパフォーマンスが低下する現象)。ピグマリオン効果(他者から期待されることでパフォーマンスが向上する現象)に代表されるように、人は他者から期待されると、その期待に沿った成果を出そうとする。変革を望む相手には、良いレッテルを貼り、取り組みを推進していくことが成功のポイントである。

[6]チーム一丸となってつくること
 第4回の「心理的安全性を高めるフォロワーシップ」でも言及したとおり、心理的安全性の構築に大切なことは、チーム・リーダーシップ、いわゆるメンバー一人ひとりがリーダーシップを発揮することである。心理的安全性は目に見えない人間同士の相互作用から生まれるものである。もちろんリーダーの影響力は大きいが、それを受け止め、一緒につくっていこうというフォロワーの行動が伴ってこそ、本当の意味での心理的安全性がつくられる。管理職から順に研修を行うなど、もちろん取り組みの順序は大切であるものの、ぜひプログラムの構築に当たっては、現場を巻き込んだ、もしくは現場が主体となる取り組みを検討してほしい。
 面白いことに、人は他人からどんなすばらしい提案をされたとしても、自分自身が考えたアイデアを実行する傾向にある。これこそが人に本来備わっている主体性というものだろう。

3.心理的安全性を高める取り組み

 心理的安全性を高める取り組みにおいては、さまざまな企業事例が増えているため、読者もいろいろなアイデアを試せるようになっていると感じる(『労政時報』第4036号-22.6.10等)。筆者が関わったものも含め、各企業の取り組みの目的・背景は、健康経営の実現、メンタルヘルスの向上、ハラスメントのない職場づくり、挑戦・学習する文化づくり、ダイバーシティ風土の実現、チーム力の向上などさまざまであるが、取り組んでいる内容は比較的似ている活動が多い。"心理的安全性をベースとした組織づくり"というものは、実際はそれほど多くの突飛な打ち手があるわけではない、ともいえる。
 一方で、ある程度風土づくりに成功している企業の幹部は、「よく他社から見学や話を聞かせてほしいという話は来るが、施策だけをマネしても同じものはつくれない」という。この言葉の裏にあることは、"何を"するかではなく、"どうやるのか"が取り組みの肝であることを物語っている。

[1]取り組みの全体像
 "どうやるのか"のポイントを押さえた上で取り組みを検討してほしいものの、何をやるのか(他社が何をやっているのか)について改めて整理してみたい。取り組みの階層を3段階に分けて考えると、全社レベル、職場・チームレベル、個人レベルに区分できる[図表1]

[図表1]改革のレベルと取り組み例

[2]全社レベルの変革
 全社レベルとは、企業全体の組織文化改革ともいえる。このレベルの改革は、トップ(経営陣)における継続的なミッション、ビジョンの発信、評価制度改革、OKRの導入などが対策例である。このレベルで成功している企業は、トップが継続的に変革(特に一人ひとりの行動変革)を伝えるとともに、タイムリーに、組織構造(権限・レポートラインの見直し)や評価制度を変革・導入している企業である。
 某IT系のA社では、事業規模の拡大に即して部門間の壁が厚くなり、お互いに協力しない"たこつぼ化"した文化が出来上がっていた。トップの交代に伴い、社内にまん延していた他責・独りよがりの文化を自責・助け合いの企業文化へ変革するために、企業変革のアプローチに即して、取り組みを行った[図表2]

[図表2]組織変革のステップと取り組み内容

 特にビジョンと戦略の浸透に向けては、トップが管理職層に向けて心理的安全性の重要性と、管理職一人ひとりに対して、「あなたの仕事は安全・安心の文化をつくり、共有することだ」と伝えるとともに、従業員に対しても「他者をどう助けているか」ということをさまざまな場面で言い続けていた。そして、その文化の変革度をパルス・サーベイや社内SNSのAI分析を使い、数値で浸透度合いを測定していった。また、それ以外にも「社長Q&Aセッション」を全社に月2回のペースで公開したり、評価基準の変更(360度サーベイの導入)も実施したりした。まさに企業変革に向けた取り組みというべきだろう。
 このように組織戦略・文化形成の一環として心理的安全性を位置づけ、推進していくことは、待ったなしの変革が必要な企業にとっては有益だろう。実際の変革場面に立ち会い、改めて実感することは、トップが"心理的安全性"を適切に理解して、行動に移していくことが変革の肝であるということだ(これは心理的安全性でなくともそうであるが)。トップが、いまだに権威主義的であると、職場レベルや個人レベルでは、思考がすぐに他責となり、意識変革の大きな弊害・ハードルとなる。もちろん、トップが変わらなくても、職場レベルで心理的安全性を構築している事例はあるが、トップから働き掛けるほうが心理的安全性を組織に醸成させるには近道であることは間違いない。

[3]職場・チームレベルの変革
 心理的安全性がチームの概念であり、チームレベルでの風土を最も表しやすいという特徴を踏まえると、各企業においても、職場・チームレベルでの取り組みが非常に重要になる。チームレベルにおける取り組みにおいては、拙著『リーダーのための心理的安全性ガイドブック』で五つのポイントを提示した[図表3]

[図表3]心理的安全性が高い組織づくりの全体像とポイント

[図表4]心理的安全性を高める方法

ポイント 具体的な取り組み例
①チームの実態を見える化しよう ❶数字で知ろう
❷対話で知ろう
②チームの"目的"を共有しよう ❶ワクワクするビジョンの力
❷チームのビジョンをつくろう
❸OKRの活用
③ルールをつくろう ❶チームの指針(Do's & Don't)を決めよう
❷挨拶をしよう
④対話の場をつくろう ❶"対話"の場をつくろう
❷ミーティングの進め方
❸1 on 1の場をつくろう
⑤人の関係性をつくろう ❶お互いを知ろう
❷メンバーで1 on 1をやろう
❸コミュニケーションタイプを知ろう
❹エクスチェンジプログラムをやろう
❺お互いに感謝しよう

 前回の連載("心理的安全性が高い"チームのつくり方- 第2回 心理的安全性を高める組織開発のステップ、『労政時報』第3996号-20.7.10)において、組織開発のプロセスを踏まえた心理的安全性のつくり方を紹介したので、こちらも参考にしてほしい。また、[図表4]の具体的な取り組みは、各ポイントに有益な効果をもたらすため、興味がある方はぜひ書籍で確認してほしい。ここで書籍発行後の新たな知見として、改めて強調してお伝えしたいことは対話の場づくりの重要性だ。
 場づくりとしては、1 on 1やチームミーティング等を取り上げているが、これらの取り組みは、筆者らの研究でも心理的安全性を高める効果があることは検証されている。ただし、メンバーが複数人集まる対話でも、1 on 1でも、やみくもに機会をつくっても意味がない。特にメンバー間や上司・部下間において信頼関係が醸成されていないチームでは、このような取り組みが儀礼的になってしまうことが往々にしてある。ぜひチームの状態を見極めた上で、対話の場づくりを行ってほしい。
 対話の場づくりは、いろいろなパターンがある[図表5]。特に権威勾配が高く上意下達の文化が強い組織において心理的安全性を導入する場合、"心理的安全性"という標語が掲げられたからといって、[図表5]右上のフォーマルかつ複数人が参加する場で最初から率直に発言する空気をつくることはハードルが高い。また、多くの日本企業の場合、(心理的安全性の有無にかかわらず)大勢の前で自分の意見を主張すること自体に慣れていないことも多い。その場合は、やはり[図表5]左下のインフォーマルで少人数もしくは1対1の対話から徐々に始めることがよいだろう。

[図表5]対話・ミーティングの種類

 さまざまな企業において、心理的安全性の欠如を喫緊の課題として認識し、この構築を急ぐ声も聞こえるが、取り組みの順序を理解せずに拙速に取り組んでしまうことには一抹の不安が残る。改革推進者は、自社のこれまでの企業文化や現在のチーム状態を十分に見極めた上で、どのように取り組むかを検討してほしい。

[4]個人レベルの変革
 全社・チームレベルだけでなく、社員一人ひとりに対する変革支援としては、アサーションやマインドフルネス、ジャーナリングなどさまざまな手法がある。心理的安全性の構築には、目に見えない対人不安や対話のプロセスを重視するため、技術スキルではなく、個人の認知やマインドセットの変革に焦点を当てていくことが大切だ。ハラスメント対策やメンタルヘルスの観点でアサーションやマインドフルネスを導入している企業も増えている。これらと心理的安全性の関係性については、筆者個人は測定していないが、多くの研究や記事で言及されているとおり、自己認識力やセルフマネジメントの向上、ポジティブかつ安定的な感情の醸成に効果があることは間違いないだろう。
 もう一つ、このポジティブな感情を引き出すために、お勧めしたいのが"書く"="ジャーナリング"という行為だ。ジャーナリングとは、「書く瞑想」とも呼ばれ、頭に浮かんでいることを一定の時間を決めて紙に書いていくというものだ。心理学の分野でも、ジャーナリングは自己理解を深め、日々の不安やストレスを解消してくれる効果があるといわれている。ちなみに某企業でジャーナリングを導入した結果、心理的安全性の向上にプラスの効果がみられた。
 全社・チームレベルの取り組み推進の土台として、前述のような社員一人ひとりの意識改革に向けた支援を同時に進めていくと、より効果的だろう。

4.最後に

 今回の連載の第1回で伝えたとおり、ここ数年、"心理的安全性"がバズワードとなって多くの企業に注目されているが、この言葉・概念に対する誤解も一部生まれている。本連載がそれらの解消の一助となり、また、読者の皆様の理解促進につながることを願っている。本連載を執筆している筆者ですら、心理的安全性をつくることについての難しさを常日頃から実感している。コンサルタントや研究者の立場ではなく、当事者になった瞬間に感じることは、これほど知識と実践のギャップが大きい取り組みはないかも知れないということだ。
 エドモンドソンが指摘をした心理的安全性を阻む"対人不安"というものは、組織に所属する以上、いや、人と関わる以上、多かれ少なかれつきまとうものだ。そして、第3回で述べたとおり、これらの本質が、ハーバード・ケネディスクール教授のロナルド・A・ハイフェッツの言うところの"適応課題"であるからこそ、リーダーもメンバーも日々実験思考で試行錯誤しながら取り組むことが重要だろう。

※「適応課題」とは、技術的な方法で解決することができず、メンバーの価値観やものの見方、考え方を転換し、行動を変えなければ解決しない課題のこと(ロナルド・A・ハイフェッツ、マーティ・リンスキー、アレクサンダー・グラショウ、水上雅人:訳『最難関のリーダーシップ』[英治出版])

青島未佳 あおしま みか
一般社団法人チーム力開発研究所 理事
九州大学大学院 人間環境学研究院 学術研究員

慶應義塾大学環境情報学部卒業・早稲田大学社会科学研究科修士課程修了。日本電信電話㈱に入社。その後、アクセンチュア㈱、デロイト トーマツ コンサルティング㈱、㈱産学連携機構九州(九州大学TLO)、障害者福祉施設わごころの立ち上げ等を経て、2019年3月より現職。人事制度改革、人事業務プロセス改革、コーポレートユニバーシティの立ち上げ支援、グローバル人事戦略など組織・人事領域全般のマネジメントコンサルティングを手掛ける。
九州大学ではチームワーク研究や組織づくりを主軸とした共同研究、コンサルティング、研修・講演などを実施。主な著書に、『リーダーのための心理的安全性ガイドブック』『高業績チームはここが違う:成果を上げるために必要な三つの要素と五つの仕掛け』(いずれも共著、労務行政)がある。

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KPMGコンサルティング 青島未佳
九州大学大学院 山口裕幸 監修

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