2022年08月12日掲載

Point of view - 第210回 関根雅泰 ―これからの研修評価

関根雅泰 せきね まさひろ
株式会社ラーンウェル 代表取締役

東京大学大学院学際情報学府修士卒。集合研修と現場OJTをつなげる転移促進の専門家。単著に『オトナ相手の教え方』(クロスメディア・パブリッシング)、共著に『研修開発入門「研修転移」の理論と実践』(ダイヤモンド社)、『対話型OJT-"主体的に動ける部下"を育てる知識とスキル』(日本能率協会マネジメントセンター)等がある。
https://www.learn-well.com/

 本稿では、これからの研修評価について、「研修の良し悪し」「現場実践度の測定法」「研修直後アンケートで訊くべき項目」の3点に分けて述べる。

1.「良い研修・悪い研修」とは?

 まず、「評価 Evaluation」とは、「ものごとの本質(Merit)、値打ち(Worth)、意義(Significance)を明らかにすること」と定義され、次の式で表すことができる[注1]

      評価=事実特定+価値判断

 事実特定とは、測定である。測定し、特定された事実に対して、価値判断を加えるのが、評価なのである[注2]。価値判断とは、「良かった、悪かった」「値打ちがあった、なかった」「重要だった、重要ではなかった」といったものである。例えば、体重を測定(事実特定)した上で、「これでは太りすぎて、健康に悪い」という価値判断を行うのが、評価なのである。

 では、その研修が「良かったのか、悪かったのか」という価値判断をどのように行うのか?これからの研修評価では「転移があったのか、無かったのか」で、研修の良し悪しを判断したい。
 転移とは、「研修で学んだことが、現場で実践されること」[注3]を指す。転移した(現場で実践された)研修であれば、それは「良い研修」であり、転移しない(現場で実践されない)研修は、「悪い研修」であると、価値判断するということである。

2.転移したかどうかを、どうやって測定するのか?

 では、転移したかどうかを、どうやって測定(事実特定)するのか? これからの研修評価では、研修半年後を目安に、現場にいる本人に訊くことを勧めたい。その際には、「SCM:サクセスケース・メソッド(成功事例手法)」[注4]の簡易版として、研修受講者に対して、下記の質問をしてほしい。

 あなたの研修後の状況として、当てはまるものを選んでください。

①研修で学んだことを、現場で実践しなかった

②研修で学んだことを、現場で実践し、良い結果が出た

③研修で学んだことを、現場で実践したが、まだ結果は出ていない

 この質問により、「どれだけの人が、研修で学んだことを現場で実践してくれたのか」という転移の度合いを、数字(人数、%)で示すことができる。さらに、サクセス・ケース(成功例)である②の回答者にインタビューすることで、事例(生の声)を得ることができる[注5]
 このように、研修半年後に現場での実践(転移)度合いを聞き、「現場で実践した」人が多い研修であれば、それは「良い研修」であるという価値判断を加えるのである。

 しかし、すべての研修の転移度合いを追うことは難しいだろう。人事担当者が抱えている研修は数多くあり、かつ現場の負担感もある。
 そこで、これからの研修評価で勧めたいのは、「研修直後アンケートで、『自己効力感』を訊く」ことである。それはなぜか? 研修直後の自己効力感は、研修後の転移を予測する項目だからである。
 自己効力感とは、「自分は、研修で学んだ内容を現場で実践できる!」と思える自信である。これに高く回答した研修受講者は、研修後の転移の度合いが高まることは、先行研究の知見から明らかになっている[注6]。研修直後のアンケートでは、「この研修で学んだことを、現場で実践できると思うか」と問い掛け、「全くそう思う」「だいたいそう思う」「どちらでもない」「あまりそう思わない」「全くそう思わない」の5段階で回答してもらう。そして、この「自己効力感」を高めることを研修終了時のゴールとし、研修を企画、設計、運営するのである。

3.自己効力感を高める研修とは?

 では、どのように研修を企画・設計・運営すれば、参加者の「自己効力感」が高まるのであろうか?
 自己効力感は、「Can できる!」と「Will やる!」の二つに分けて考えることができる。
 「Can できる!」については、研修設計が関係する。研修内容が、現場のどの場面で使えそうなのかを考えさせたり、実際の場面に近い状況での演習をさせたりするなど、受講者が研修を通じて、「これなら、自分でも実践できる!」という自信を持たせるのである。
 「Will やる!」に関しては、研修企画が関係する。「何のための研修か、なぜ自分たちが集められたのか」という目的や対象についての納得いく説明や、経営陣、現場上司の関与度合いにより、「会社も本気だし、自分たちもこの研修内容は現場で実践する価値があると思う。だからやる!」という確信を持たせるのである。
 さらに、研修運営において、講師のインストラクションスタイルが、受講者との心理的距離を縮めるようなものであると、受講者の自己効力感が高まることが明らかになっている[注7]

 このように、研修の企画・設計・運営面での工夫により、自己効力感を高めることができ、自己効力感が高まった受講者は、現場での実践(転移)度合いも高まるのである。
 これまでの研修評価であれば、研修直後アンケートで「満足度」を測定し、「受講者の満足度が高かったから、良い研修だった」と価値判断を加えていたであろう。これからの研修評価では「受講者の自己効力感が高まったことで、現場での実践可能性も高まったため、良い研修だった」という価値判断をしていくのである。

 以上、これからの研修評価として、①良い研修は、転移がある研修、②転移度合いは、現場に訊く、③直後アンケートでは、自己効力感を訊く――という3点について述べてきた。これからの研修評価実践の一助となれば幸いである。

※注1 佐々木 亮『評価論理:評価学の基礎 eBook版』(多賀出版、2020年)を参照。

※注2 価値判断のないものは「調査」である。調査と違い「評価」では、そのプログラムが「良かったのか(Good)」「悪かったのか(Bad)」という価値判断に力点が置かれる(安田節之『プログラム評価』〔新曜社、2011年〕を参照)。

※注3 中原ほか(2018)では「研修転移とは、研修で学んだことが、仕事の現場で一般化され役立てられ、かつその効果が持続されること」と定義されるが、よりシンプルな言葉で表現した。(中原 淳・島村公俊・鈴木英智佳・関根雅泰『研修開発入門 研修転移の理論と実践』〔ダイヤモンド社、2018年〕を参照)。

※注4 「研修後の実践度合い」を定量的に数字で把握し、「実践内容」を定性的にインタビューする方法で、ロバート・ブリンカーホフが提唱した。

※注5 中原 淳・関根雅泰・島村公俊・林 博之『研修開発入門 研修評価の教科書』(ダイヤモンド社、2022年) p129-131を参照。

※注6 上記『研修開発入門 研修評価の教科書』p99-104を参照。

※注7 上記『研修開発入門 研修評価の教科書』p63、脚注59を参照。