2022年08月26日掲載

Point of view - 第211回 宮本弘曉 ―経済学の視点から見た これからの雇用と企業の在り方

宮本弘曉 みやもと ひろあき
東京都立大学 経済経営学部 教授

米国ウィスコンシン大学マディソン校にて経済学博士取得(Ph.D. in Economics)。国際大学学長特別補佐・教授、東京大学公共政策大学院特任准教授、国際通貨基金エコノミストを経て現職。専門は労働経済学、マクロ経済学、日本経済論。著書に『労働経済学』(新世社)、『101のデータで読む日本の未来』(PHP研究所)がある。日本経済、特に労働市場に関する意見はWall Street Journal, Bloomberg, 日本経済新聞等の国内外のメディアでも紹介されている国際派エコノミスト。現在、高知工科大学客員教授

日本の雇用の在り方が変わる

 日本での雇用の在り方、働き方は変わりつつある。いや、変わらなくてはいけない。なぜか? それは労働市場を取り巻く環境が大きく変化しているからだ。
 経済学では「雇用は生産の派生需要」とされる。企業が人を雇うのは、生産やサービスを拡充し、利益を上げるためであって、ボランティアで雇用をしているわけではない。生産活動があって、初めて雇用は生み出される。つまり、経済や社会の構造が変わり、生産に影響すれば、雇用、働き方、さらには労働市場の在り方も変わらざるを得ない。
 日本経済は大きな構造的な変化(メガトレンドの変化)に直面している。人口構造の変化、テクノロジーの進歩、気候変動対策としてのグリーン化、そしてグローバル化の四つだ[図表]。これが労働の在り方を変える。

[図表]世界を変える四つのメガトレンド

資料出所:宮本弘暁『101のデータで読む日本の未来』(PHP新書)の図を一部加工

 人口構造の変化については、人口が減少するだけでなく、長寿化が進んでいる。厚生労働省「令和3年 簡易生命表」によると、出生者のうちちょうど半数が生存すると期待される年数(寿命中位数)は、2021年においては男性84.39年、女性90.42年となっており、まさに人生100年時代が到来している。
 老後の期間が長くなるとそのための資金が必要となり、人々の働く期間は長くならざるを得ない。そうなれば、技術革新やグリーン化に伴う変化に直面する機会もおのずと増える。
 野村総合研究所の調査研究によると、日本の労働者の約49%の仕事が今後、人工知能やロボット等でオートメーション化されるリスクがある。気候変動対策のグリーン化は産業構造全体を大きく変える可能性が高く、人々の行動、生活様式、働き方などに影響すると考えられる。

流動化する日本の労働市場

 こうした変化に適応するには、労働市場は流動的にならざるを得ない。
 日本では大企業や官庁を中心に終身雇用や年功賃金などの日本的雇用慣行が広く普及している。日本的雇用慣行は、労働者が企業に長く在籍し続けることで企業、労働者の双方にメリットをもたらす反面、労働市場を硬直化させるデメリットがある。日本的雇用慣行は戦後の経済成長を支え、世界から称賛を受けたものだったが、日本経済を取り巻く環境の変化により時代遅れのものとなっており、機能不全に陥っている。
 実際、日本的雇用慣行は崩壊しつつある。2019年には経団連は「経営労働政策特別委員会報告」において、日本企業が終身雇用を続けていくのは難しく、雇用の在り方を見直す方針を示した。また、若者を中心に就業感も変化している。厚生労働省「平成30年 若年雇用実態調査」によると、若年労働者の約半分が離職を経験している。また、学生の4割が転職を前提として就職活動を行っているというアンケート調査結果もある。
 流動的な労働市場については「雇用が不安定化する」などの否定的な声もあるが、むしろ逆だ。経済を取り巻くメガトレンドが大きく変わっている現在、柔軟な働き方を導入しなければ、雇用機会は縮小する。流動的な労働市場では適材適所が達成されやすいので、労働者、企業の双方にとってメリットがある。また、労働の再配分がスムーズに行われるので、高い生産性も達成でき、経済成長にもプラスに働く。

何が求められるのか?

 流動的な労働市場で重要になるのが、労働者の能力評価と労働成果に応じた賃金体系だ。これまで日本の企業では、勤続年数や社内派閥などを基に従業員の昇格、昇給を決めることが多く、労働者がどのような能力とスキルを持っており、どのような成果を上げているかをしっかりと見てこない傾向にあった。今後は、労働内容と質を公正に評価し、労働成果に応じた賃金体系を設定する必要がある。
 賃金が労働成果に見合うものならば、企業は年齢にかかわらず労働者を雇うインセンティブを持ち、結果としてすべての世代が雇用機会に恵まれる。職場で経験や技能、世代の異なる人々が補完し合えば、生産性が高まることは既存研究でも指摘されている。また、テレワークなどの新しい働き方も活用しやすくなる。さらに、成果主義が一般的な外国人材を獲得する上でも重要だ。
 また、変化が大きい時代には、労働者のスキルアップが不可欠である。世界経済フォーラムのレポート「The Future of Jobs(仕事の未来)2020」は、2025年までに自動化とデジタル化に伴い、世界の労働力の半分を機械が担うとの見通しを示し、スキルの再構築、スキルアップの重要性を提唱している。
 戦後の高度成長時代には、日本では企業が内部訓練を実施し、労働者の生産性を高めることが経済成長を促進した。バブル経済崩壊後は、そうしたモデルが崩れ、新しい人的投資戦略が求められているが、個々人の能力形成の仕組みができていないのが現状だ。
 企業は、競争力の高い企業として生き残るために、従業員の再訓練やスキル向上への投資を行うことが不可欠となっていく。個人も、今のうちから未来の仕事に関わっていくためのスキル再構築とスキルアップの重要性を認識し、能動的に学習していくことが望まれる。
 また、今後は、個の尊重と自律が重要となる。日本社会は組織の力が強いことがよく指摘されるが、社会は組織中心の世界から、個の尊重・自律と組織の両立を目指す世界に進んでいる。
 そこで重要なのが「哲学・パーパス」だ。個人が自己決定をするためにはパーパスを明確にする必要があるが、組織もそれは同じだ。従業員が自己決定の結果、自社に意味を見いだし活躍してもらえる組織にするためにも、経営哲学や企業の存在意義を示していくこと、「パーパス型雇用」が求められている。