2022年09月21日掲載

サステナブル人事 ――SDGs時代の新しい人材マネジメント - 第3回・完 各論編②:従業員層のサステナブル人事

株式会社日本総合研究所
人事組織・ダイバーシティ戦略グループ

林 浩二 はやし こうじ
部長/プリンシパル

髙橋千亜希 たかはし ちあき
マネジャー

1.はじめに

 第2回連載では、役員人材マネジメントの観点からのサステナブル人事について解説した。経営目標に対する最終的な責任は経営陣が負うため、まずは役員層がサステナビリティにコミットするための仕組みを構築することがサステナブル人事の第一歩となる。しかし、それだけでは不十分だ。「サステナビリティは経営者が考えるべきこと」と済ませるのではなく、従業員層も巻き込んだ全社的な取り組みが不可欠である。
 従業員層に対するサステナブル人事の充実度は、その会社のサステナビリティ経営の本気度を測るバロメーターと言っても過言ではない。連載の締めくくりとなる第3回では、事例を交えてその内容を解説したい。合わせて、サステナブル人事の時代を生き抜くビジネスパーソンのための処方箋についても考えてみたい。

2.サステナブル人事の施策例

 第1回(総論編)で解説したとおり、「サステナブル人事」という画一的な施策パッケージが存在するわけではなく、会社が掲げるサステナブル目標によってその内容は異なる。
 例えば、従業員の働きがいやWell-beingの向上、健康経営など、そもそも人事が中心となって取り組むべき事項をサステナビリティ方針として掲げる企業もある。この場合、これらの施策を推進することそのものが直接的にサステナブル人事に該当する。
 一方、脱炭素などの環境関連や、人権、多様性の確保、社会貢献等に関する目標を掲げる企業の場合、そのために必要な人材の採用や従業員教育、さらには、評価・報酬等を通じたインセンティブ設計などがサステナブル人事の施策候補になる[図表1]

[図表1]サステナブル人事の施策例

区分 施策の例
採用

・環境問題への意識など、求職者のサスティナビリティ感度の高さを採用選考基準の一要素として取り入れる

・外国人や女性、障がい者など、従業員の多様性を向上させるための採用戦略を策定・実行する

育成

・会社が掲げるサステナビリティ方針に即したeラーニング教材を用意し、すべての従業員に受講を促す

・サステナビリティ目標達成を現場レベルで牽引するリーダー人材育成プログラムを導入する

評価

・環境保護や多様性尊重に関する要素(サステナビリティ・コンピテンシー)を行動評価項目の一つとして追加する

・毎期の目標管理(MBO)において、原則としてESG関連の目標を少なくとも一つ設定することをルール化する

報酬

・ESG関連の経営目標(または事業部目標)の達成度を、(役員はもとより)従業員の賞与原資の決定に連動させる

・非金銭的報酬として、会社が掲げるサステナビリティ目標の達成に貢献があった社員を表彰する

昇進

・多様性の向上を念頭に、女性管理職比率に関する目標を設定し、管理職選抜における考慮要素の一つとする

・コンプライアンスや環境を意識した行動を率先垂範していることを昇格推薦のための必要条件とする

 例として、人材マネジメントの「入り口」である採用を考えてみる。仮に「脱炭素」「環境保護」等の目標を会社が掲げるのであれば、その理念に(形ばかりではなく)心から共感する人材を採用する戦略が必要になる。そのためには、自社の採用サイトを通じてそのような人材を求めていることを広くアピールすることが不可欠だ。合わせて、選考基準の中に実務上必要となる人材スペックだけでなく、例えば環境保護に関するボランティア活動実績等を加点要素として明記しておくとよいだろう。
 また、サステナビリティに関する従業員教育も欠かせない。実際のところ、サステナブル人事として真っ先に着手すべきことは従業員教育と言っても過言ではない。会社がいくら立派なサステナビリティ方針を掲げても、従業員がそれに無関心で白けていたのでは、その実現は絶対に不可能だ。演習やワークショップを組み込んだ集合研修等を通じて、従業員自身に「自分ごと」として考えてもらう機会を設けることが望ましい。そこまでの余力がない場合には、eラーニング方式の研修等で構わないので、すべての従業員に会社が掲げるサステナビリティ方針への理解を促したい。
 また、サステナビリティはトップダウンだけでは実現しないことにも留意が必要だ。ボトムアップの動きを創り出すため、会社が打ち出すサステナブル方針に共感し、現場レベルの取り組みを牽引し得るようなリーダー人材の育成を進めることも効果的である。

 従業員がサステナブル目標に取り組むためのインセンティブ付与も重要になる。例えば人事評価である。多くの会社では、ホワイトカラー職種に目標管理制度(MBO)を適用していることと思う。MBOの目標として、売り上げや粗利、業務改善等に関する項目を設定するケースが多いと思うが、これらに加えて、例えば会社が掲げるESG目標に連動した項目を1つ以上設定することをルール化する。そうすれば、従業員一人ひとりの意識が必然的にサステナビリティに向かうようになる。
 とはいえ、部署や職種・職階によっては、ESG関連の目標を設定しづらいケースもあるだろう。取り組みの形骸化を避ける観点からも、まずは「管理職以上限定」「特定の部門限定」など、現実的な範囲内でスモール・スタートを切ることでも差し支えない。
 従業員の努力により会社がサステナブル目標を達成した場合には、ボーナス等の形で成果の一部を還元し、その貢献に報いることも重要である。第1回連載の冒頭で紹介したマスターカード社などの取り組みは、こうしたインセンティブ設計の例である。それが一過性の散発的なイベントとならないよう、「報酬制度」としてルール化することも肝要だ。
 インセンティブの観点からは、昇進・昇格についても工夫の余地がある。例えば、環境保護や多様性尊重を意識した行動の日常的な実践度、具体的には、

• 循環型社会実現のための3R(Reduce〔リデュース〕、Reuse〔リユース〕、Recycle〔リサイクル〕)を日頃から実践しているか

• 性別や障がいの有無、雇用形態などの多様性を尊重した言動を日頃から行っているか

――などを管理職への昇進判定時の必須確認事項として取り入れることが考えられる。
 以上、サステナブル人事の施策例を幾つか紹介した。繰り返しになるが、実際の施策は個社別のサステナビリティ方針に即して検討する必要がある。検討に際しては、第1回の連載で筆者らが提唱したサステナブル人事の五つの視点――①収益性の視点、②中長期の視点、③傾聴と対話の視点、④多様性の視点、⑤柔軟性の視点を念頭に置きつつ、具体的な施策に落とし込んでいくとよいだろう。

3.サステナブル人事の実践

 サステナブル人事の実践編として、3社の事例を確認してみよう。

[事例1]オリックス銀行
 従業員の働きがい等を自社のサステナビリティ方針として掲げる場合、これらの施策を推進することそのものが直接的にサステナブル人事に該当すると先に述べた。その具体例として、オリックス銀行のケースを紹介したい。
 オリックス銀行では、2021年6月、経営の方向性を明確化するために「サステナビリティ方針」を制定し、優先して取り組むべき4つのテーマと9つの重要課題(マテリアリティ)を特定している[図表2]

[図表2]オリックス銀行のサステナビリティ方針が掲げる重要課題

資料出所:オリックス銀行ホームページ 2021年7月30日付けプレスリリースより抜粋

 その中でも特に「Ⅳ 誰もがのびのびと働ける職場づくり」の実現に向けて、同社では、テレワークとリアルワークを融合可能なオフィス環境を実現することで、従業員の生産性向上と働きがいの醸成に取り組んでいる([図表3]左上の写真)。
 さらに、多様な人材の活躍を推進し持続的に働ける環境づくりを意図した新人事制度が2022年4月から施行されている。

[図表3]オリックス銀行のサステナブル人事(クリックして拡大)

資料出所:オリックス銀行ホームページ 2021年10月8日付けプレスリリース(オフィス環境)および2022年4月13日付けプレスリリース(新人事制度)を基に筆者作成

 [図表3]下段が同社の新人事制度のフレーム図であり、一見すると通常の複線型人事制度に見えるが、従業員の自己実現を後押しするための工夫が盛り込まれている。すなわち、キャリアパスを複線化し多様な人材の活躍を推進することはもちろん、「どのようなキャリアパスを選ぶのか」を含めて従業員自身が決められるようにしているのである。
 同社の旧制度は単線型のキャリアパスであった。これを改め、マネジメント職(既存)に加えて、「エキスパート職(社内の業務に精通した専門職)」「卓越エキスパート職(特定の高度な専門スキルを有する専門職)」の2つのコースを新設した。アソシエイト職(非管理職)から昇格する際、従業員本人のキャリア志向に応じて、マネジメント職、エキスパート職のいずれかを選択して昇格審査にチャレンジすることができる。また、エキスパート職にはさらに4つの専門分野(セールス分野、コーポレート分野、お客さまサービス分野、ITデジタル分野)が用意されており、エキスパート職を志望する場合には4つの中から自分の経験・実績を最も活かせると考える分野を従業員自らが選択できるようになっている[注1]
 自分が望むキャリアを描けないとしたら、従業員は会社を去っていくだろう。それでは従業員が幸せな状況とはいえない。従業員一人ひとりが専門性を高めることで、顧客により良いサービスを提供できるようになる。そして、従業員自らものびのびと持続的に働くことができる会社を実現する。サステナビリティ方針に沿ったこのような想いが同社の新人事制度に込められている。

[事例2]花王
 次に、サステナビリティ戦略に即した人材の採用や、評価・報酬の仕組みを整える例として、花王のケースを見てみよう。
 花王が2019年にESG戦略「Kirei Lifestyle Plan」を策定したことは第2回で述べたとおりだが、これに加え、2021年には企業理念「花王ウェイ」を刷新し、「人と地球の共生、多様性とインクルージョンなどのESG視点や、挑戦する姿勢の強化」を行っている[注2]。この理念に共鳴する人材を採用すべく、同社Webサイトで公開している「求める人財」には、花王ウェイで掲げるキーワードが落とし込まれている[図表4]

[図表4]花王の求める人材像

資料出所:花王ホームページ(採用情報)に基づき筆者作成

 例えば「大志」は、花王ウェイにおける「使命:私たちは、志をひとつに熱意をこめて(中略)Kirei Life(中略)を創造します」(傍点筆者)にリンクした表現と考えられ、「挑戦」「共生」「正道」「探求」も、花王ウェイで強調されているキーワードである。また、「共生」で示されている『「Kirei」な未来を創るべく、多様な価値観を尊重して協働できる人』という人財像は、ESG推進に共鳴する人財を意識した直接的な表現といえよう。
 先に、従業員がサステナブル目標に取り組むためのインセンティブ付与も重要になると述べたが、花王はこの実践例としても参考になる。同社では、従業員自らが挑戦的な目標を定め、それに向けた取組みを評価するOKR(Objectives and Key Results)という仕組みを導入しているが[注3]、その評価結果は賞与をはじめとした従業員(約3万人のグローバル従業員)の賃金に一部反映されるという[注4]
 ここで注目すべきは、目標設定のルールと評価の対象である。目標は「事業貢献」「ESG」「One team & My Dream」の3つの観点から設定するが、ESGに関する目標は全体の3割とされる。一般的なMBOが「目標達成度100%」を重視するのに対し、花王のOKRでは頑張れば6~7割達成できるような、ワクワクする高く挑戦的な目標を設定することとされており、目標達成のプロセス(目標と同時に設定した業務プロセスの実現度)も評価対象とされているのである[図表5]

[図表5]花王のESGへの取り組みを従業員賞与に反映する仕組み

資料出所:花王ホームページ(採用情報)、日本経済新聞(2020年12月9日)『花王、成果主義を修正 人事評価で過程重視』、同(2022年6月27日)『花王やソニー、ESGへの取り組みを社員のボーナスに反映』に基づき筆者作成

 一般的に、従業員の職種によってはサステナビリティと日々の業務のつながりを感じづらく、目標達成が見通しづらいことから、ESGを人事評価の目標とすることは敬遠されがちである。花王の取り組みは、従業員のこうした心情に寄り添いつつも、サステナビリティの実現に向けて一人ひとりの行動を(ある程度強制的に)考えさせる有用な機会になるといえよう。

[事例3]積水化学工業
 サステナビリティ方針を踏まえた従業員教育の事例として、積水化学工業のケースを紹介したい[注5]
 積水化学グループは2020年に「Vision2030」を発表し、「ESG経営を中心においた革新と創造」を戦略の軸に、さらなる高みへの挑戦として、"社会課題解決への貢献の倍増"を目指すことを宣言している。同社では、この実現のためには組織長(部長および課長)が各部署のビジョンに落とし込みをして発信し、従業員の共感と一人ひとりの挑戦につなげることが重要であるとし、3カ年計画のビジョンマネジメントを推進している[図表6]

[図表6]積水化学工業のビジョンマネジメント3カ年計画

資料出所:積水化学工業『CSRレポート2021』p.169

 初年度はまず、経営層が自らの想いを映像にまとめて従業員に発信した上で、組織長向けに「長期ビジョン展開ワークショップ」が開催されている([図表7]上段)。当日のプログラムは6つのパートで構成され、終了後、組織長は自分の言葉でVision2030を反映した自組織のビジョンを描くことが求められている。

[図表7]積水化学工業の「ワークショップ」の流れ

資料出所:積水化学工業『CSRレポート2021』p.170

 プログラム6([図表7]上段)の「職場ワークショップ」とは、組織長が描いたビジョンについて組織長と職場のメンバーとが対話する取り組みであり、組織長はメンバーの意見を反映して自組織のビジョンを修正する。確定したビジョンは社内のイントラネットで共有され、年度の事業計画にも反映される([図表7]下段)。また、組織長間でアドバイスやノウハウ共有を行いながら、具体的なアクションが各職場で検討される。これら一連の取り組みにより、長期ビジョンの実行性を高めているのである。
 ここまで紹介した2つのワークショップは、いずれも経営層からそれぞれの職場にビジョンを展開するためのトップダウン型のアプローチに位置づけられるが、同時にボトムアップ型のアプローチも行われている。ワークショップでの反応や意見を経営層にフィードバックし、それに対して経営層が継続的にメッセージ発信を行うのである。こうした双方向のコミュニケーションの結果、参加者からは「社会課題を解決するという考えが腹落ちした」「会社としての本気度が伝わってきた」「意欲につながった」といった声が寄せられているという。
 本連載の第2回で、経営層が自社のサステナビリティについて語れるようになることが重要であると述べた。これは従業員にとっても同様である。教育というと座学の研修を想起しがちであるが、サステナブル人事の推進においては「従業員それぞれが、サステナビリティに資するアクションを自ら考えるよう促すプログラム」が有用といえよう。

4.サステナブル人事の時代を生き抜くために

 連載の締めくくりとして、サステナブル人事の時代を生き抜くための処方箋について簡単に言及しておきたい。人事部だけでなく、個々のビジネスパーソンの側も、これまでの発想からの転換が必要だ。
 企業がSDGsを意識した経営目標を掲げ、それに即した採用や教育投資を行い、評価や報酬の決定にもサステナビリティの要素が加味されるようになると、旧来型の発想、例えば、
「自分は着実に売り上げを上げているのだから、サステナビリティなど意識しなくても会社から文句を言われる筋合いはない」
「数字(利益)最優先の行動をとって何が悪いのか」
――などから抜け出せないビジネスパーソンは、次第に昇進や昇格から取り残されていくおそれがある。極論すると、一昔前なら「優秀な人材」と目された社員が、サステナブル人事の時代には「お荷物社員」とのレッテルを貼られてしまいかねないのである。
 サステナブル人事の時代をサバイブするためには、「SDGsなど自分には関係ない」と考えるのではなく、グローバルレベルで何が起こっていて、地球市民としてどのような貢献ができるのか考える癖をつける必要がある。まずは「知識として知っている」というところからスタートし、少しずつ「行動する」段階へとレベルアップする。いわば、「サステナブル・コンピテンシー」ともいうべき思考・行動特性を身に付けることだ。
 サステナブル人事の時代を迎えている。経営者、従業員を含めたすべてのビジネスパーソンに発想の転換が求められているのではないだろうか。

(サステナブル人事 ――SDGs時代の新しい人材マネジメント・完)

※注1 エキスパート職を志望する場合の分野選択制は2024年度からの導入・実施を予定している。

※注2 花王ホームページ 2021年7月5日付けニュースリリース『花王グループ、企業理念「花王ウェイ」を刷新』を参照。

※注3 日本経済新聞(2020年12月9日)『花王、成果主義を修正 人事評価で過程重視』を参照。

※注4 日本経済新聞(2022年6月27日)『花王やソニー、ESGへの取り組みを社員のボーナスに反映』を参照。

※注5 積水化学工業の事例は、積水化学工業『CSRレポート2021』(p.6~7、p.169~170)、同社『統合報告書2022』(p.37)に基づく。

林 浩二 はやし こうじ
株式会社日本総合研究所
人事組織・ダイバーシティ戦略グループ 部長/プリンシパル

京都大学経済学部卒業、コーネル大学大学院修了(労使関係修士)。厚生労働省を経て日本総合研究所。人事労務管理を専門フィールドとし、国内系から外資系まで幅広い企業において人事制度改革を支援。コンサルティング実績は、製造業、建設業、商社、金融、IT産業、小売業、サービス業、メディア業界など多数。著書に『進化する人事制度 「仕事基準」人事改革の進め方』『基本と実務がぜんぶ身につく 人事労務管理入門塾』『コンサルタントが現場から語る 人事・組織マネジメントの処方箋』(いずれも労務行政)などがある。
髙橋千亜希 たかはし ちあき
株式会社日本総合研究所
人事組織・ダイバーシティ戦略グループ マネジャー

立教大大学院現代心理学研究科修了(臨床心理学修士)。産業カウンセラー(一般社団法人日本産業カウンセラー協会)。国内独立系コンサルティングファームを経て日本総合研究所。人事制度改革、人材育成など一貫して人事組織コンサルティングに従事。近年はコーポレートガバナンス推進の観点から、役員制度改革、人的情報開示等のテーマにも注力。著書に『コンサルタントが現場から語る 人事・組織マネジメントの処方箋』(労務行政)がある。