2022年10月28日掲載

Point of view - 第215回 和氣美枝 ―介護離職をさせない 人事としての手の差し伸べ方

和氣美枝 わき みえ
株式会社ワーク&ケアバランス研究所 代表取締役
一般社団法人介護離職防止対策促進機構 代表理事

大学を卒業後、マンションディベロッパー業界で企画や現場管理などに従事。在職中の32歳の時に母親が精神疾患になり、38歳で介護転職をし、そこから離職と転職を繰り返す。2013年に「働く介護者おひとり様介護ミーティング」を主宰。2014年に株式会社ウェブユニオン内に介護者支援事業部「ワーク&ケアバランス研究所」を設立、2018年に法人化。2016年には一般社団法人介護離職防止対策促進機構を立ち上げ、代表理事を兼任。主な著書に『介護離職しない、させない』(毎日新聞出版)がある。
https://wcb-labo.com/

「介護相談受け付けます」では、誰も相談をしに来ない

 介護中の従業員に対して「他に何かしてあげられることはないのだろうか」と考えてくださる人事部も多い。非常にありがたい話である。話を聞いてくれる、話ができる、そんな安心安全な空間は働く介護者にとって大変ありがたい。
 また、仕事と介護の両立支援に取り組んでいるからこその人事担当者からの声としては「介護休業の利用率が悪い」「介護休暇の利用はあるのに、外部の介護相談窓口の利用がない」「働く介護者にどこまで介入したらいいのかわからない」というものが多い。このように利用率が低いのはなぜだろう。
 それは、介護者にとって「相談」はハードルが高いからだ。わからないことがわからないので、モヤモヤを言語化できないのである。相談に来てください、と言われても、何を相談したらいいのかわからないのである。自分が何に困っているのかもわかっていない。しかし、不安でいっぱいだし、情緒不安定になっていることはわかる。そんな状態で「相談窓口」を利用していいのかわからないのである。逆に言えば、不安が言語化できていればネット検索で解決できることもある。相談窓口の利用率が低いのは「介護相談受け付けます」という看板の掲げ方にも問題がある、ということだ。
 では何が最適なのかというと「情報提供」という言葉である。介護者は「情報」という言葉に弱い。常に情報を求めているといっても過言ではない。
 また、近年ではハラスメントやメンタルヘルス、内部通報などと相談窓口が細分化されており、利用者である従業員がどれを利用すべきか判断できないということも考えられる。その場合は「総合相談窓口~メンタルヘルス・ストレス・ハラスメント・育児・介護・内部通報~」というように、窓口を一つにまとめてみてはどうだろう。
 一方で、中小企業の仕事と介護の両立は道半ばだ。というよりも、未着手といっていい。中小企業の経営課題は山積みだ。その中で介護離職の課題も経営者の中に意識としてはある。しかしながら、今この瞬間に従業員に家族介護者がいない、となると、その対策は先送りになっている。

仕事と介護の両立支援は「キャリア支援」

 そもそも仕事と介護の両立支援はキャリア支援に他ならない。仕事と介護の両立を実施するのは従業員であり、要介護者ではない。仕事に集中できる環境(家庭環境・職場環境・心身環境)整備をすることが「仕事と介護の両立」であり、その環境整備に当たり情報提供をしたり、職場環境整備においては直接介入したり、さらにはご本人のメンタルフォローをすることが仕事と介護の両立支援である。
 「人事部はどこまで入り込んでいいのか」という問いに対しては「あなたはキャリアをどのように考えておられますか? あなたが目指すキャリアに向けて、会社として支援していきます。まずは仕事に集中できるよう身の回りの環境を整えてください。職場調整については上長と三者で考えましょう」と『キャリア』について入りこむことが正解であろう。その上で、従業員が家庭環境の整備の方法がわからないのであれば「会社には介護休暇制度がありますので、それを利用して地域包括支援センターに行ってみてはいかがでしょうか?」という情報提供をすればいいし、仕事に集中できてないな、と感じたのであれば外部相談窓口を必要に応じてリファー(紹介)すればよい。
 介護経験のない人事担当者や経営者は「介護」という言葉に気を遣い過ぎのところがあるが、あくまでも仕事と介護の両立支援はキャリア支援であると気付けば遠慮することもなくなるのではないだろうか。

※地域包括支援センターとは、市町村が設置主体となり、保健師・社会福祉士・主任介護支援専門員等を配置して、住民の心身の健康の保持および生活の安定のために必要な援助を行うことにより、地域の住民を包括的に支援することを目的とする施設。

「話を聞いてくれればいい」「受け止めてもらえれば、それでいい」

 介護をしている従業員を気にかけて、話しかけてくれる行動も、介護者にとっては大変ありがたい。話を聞いてくれるだけでも十分な支援だ。介護者は話を聞いてもらいたいニーズが高い。思いを安心して吐き出したい、受け止めてもらいたい、そのように感じている介護者は少なくない。
 話を聞いてくれればいい。受け止めてもらえれば、それでいい。意見はいらないし、アドバイスもいらない。あえて言うのであれば、介護に直面した従業員には「地域包括支援センターに行きましたか?」の一声をかけ、介護に困惑している従業員を見たら「介護者支援団体に連絡してみるといいですよ」と声をかける。人事部からは、そんな情報提供をしてもらえれば十分だ。
 しかしながら、気にかけていることを表現するための、声のかけ方が良くないことが多い。介護している従業員に対して「お母さんの具合はどうですか?」「お父さんは退院されたの?」と言っていないだろうか。この会話が悪いわけではないが、第一声からのそれは良くない。従業員を通り越して、要介護者のことが話の主題になっている。
 第一声は、目の前にいる従業員に向けて声をかけてほしい。「お仕事は順調ですか?」「顔色が良くないけど、ちゃんと寝ていますか?」「お父様が入院されたと聞きましたが、心配だろうけど、あなたの体は休めていますか?」のように、目の前にいる従業員に向かって声をかけてほしい。
 介護をしていると、承認されないことが多々ある。それゆえアイデンティティがなくなっていくことが多い。せめて会社では、自分を見てもらいたい、介護を忘れたい、という介護者は多い。介護の有無にかかわらず、多かれ少なかれ誰にも承認欲求がある。「私を見て、私に声をかけてくれた!」となれば、やはりそれはうれしいものだ。場合によっては、話の流れで家族介護のつらい想いを吐露する人も現れるだろう。自分のことを大事にしてくれる職場だと感じれば、仕事と介護の両立の大変さは変わらずとも、職場への愛着は増す。働く介護者にとって職場や仕事は、ある意味「息抜きにちょうどいい」のである。
 そんな大事な「ちょうどいい場所」を失わせないためにも、人事部には積極的に、介護を抱えている従業員へ声をかけ、さらにはキャリア支援に取り組んでもらいたい。