池田めぐみ いけだ めぐみ 2019年に東京大学大学院学際情報学府博士課程満期退学。博士(学際情報学)。東京大学大学院情報学環、特任研究員を経て2020年より現職。主な研究テーマは、職場のレジリエンス、若年労働者の職場での成長。著書(分担執筆)に『活躍する若手社員をどう育てるか:研究データからみる職場学習の未来』(慶應義塾大学出版会、2022年)など。Twitterアカウント:@megumikeda |
思いどおりにはいかないキャリア
キャリアが、自分の理想どおりにならないことは往々にしてある。「全く希望していない部署に異動になってしまった」「ずっとやりたかった仕事の社内公募に手を挙げたが、選ばれなかった」「憧れの企業の中途採用に応募したが、不採用となった」、このような経験のある人も少なくはないのではなかろうか。
アメリカの著名な心理学者、ジョン・D・クランボルツによると、"個人のキャリアの8割は予想しない偶発的な出来事によって決定される"というが、われわれのキャリアは自分の意図とは異なるものに左右されて決まっていくことが多い。
キャリアが思いどおりにいかないことは悪いことばかりではない。例えば、希望していなかった部署への異動を通じて、自分が今まで知らなかった新しくて面白い仕事と出会えたり、自分の意外な才能を見つけたりすることもある。また、出世競争から降りたことで、プライベートの時間を確保しやすくなり、家族との関係が良好になったということもあり得るだろう。
けれども、キャリアが思いどおりにならないことは、精神的なダメージを生むことも多くある。突然不運な出来事により仕事が継続できなくなったことや、縁もゆかりもない勤務地に突然異動となったことを想像してみてほしい。キャリアの困難は、収入や住む場所など、生活にも深く関わる。そのため、われわれの心にダメージを与えやすい。
キャリアレジリエンス
こうした、キャリア上のさまざまな困難を乗り越える上で役に立つ概念に、「キャリアレジリエンス」というものがある。「レジリエンス」という言葉になじみがない人も多いかもしれない。レジリエンスの語源はラテン語の「resilire(跳ね返る)」であり、精神的な回復力のことを示す。よって、「キャリアレジリエンス」は、キャリアに関する回復力のことを意味する。具体的には、キャリア上の困難に直面しても、それを機にキャリアを捉え直したり、困難にうまく対処したりしながら、精神的に回復し、キャリアを構築し続けるような力が、キャリアレジリエンスである。
これまでの研究において、キャリアレジリエンスは複数の構成要素から成ることが確認されている。例えば、臨床心理学者の高橋美保教授ら※は、職業以外の人生を含めたライフキャリアに着目し、不安定な社会の中で自らのライフキャリアを築き続ける力である「ライフキャリア・レジリエンス」を構成する要素として、①長期的展望、②継続的対処、③多面的生活、④楽観的思考、⑤現実受容を挙げている。
①長期的展望:長期的な視座を持ち、今できることを積極的に行うことを指す。
例えば、希望の部署に配属されなかった時に、次の異動で行けるようにしようと考えると、気持ちは少し楽になるだろう。
②継続的対処:先々の見通しを立てながらコツコツ動くことを指す。
例えば、憧れの転職先への就職活動が不採用に終わっても、今できることをコツコツ行っていれば、いずれ良いことが訪れるといった気持ちになりやすいかもしれない。
③多面的生活:趣味や家庭など仕事以外の楽しみを持つことを指す。
例えば、仕事以外にも夢中になれることを持っていると、仕事上の困難が起きた時も、ストレスを感じにくいかもしれない。
④楽観的思考:未来に希望を持つことを示す。
例えば、今、キャリア上での困難を抱えていても、将来はきっと良くなっていくと思うことができると、ストレスは和らぐかもしれない。
⑤現実受容:現実的な思考で事実を受け入れ、目標を柔軟に変更することを指す。
例えば、うまくいかない時はいつまでもその目標にこだわらず、キャリアの目標を柔軟に立て直すことができると、柔軟にキャリアを築けるようになるかもしれない。
この5つの考え方は、キャリア上の困難から回復する上で役立ち得るものだ。例えば、希望しない人事異動で縁もゆかりもない土地に異動となり苦しい時、その状況から立ち直る方法を例に考えてみよう。先にも示したように、①長期的展望を持ち、数年後の異動の際にもともと希望していた部署に異動しようと考えれば、希望していなかった部署に配属となった悲しみは少し和らぐかもしれない。また、②継続的対処を行い、異動先の部署の仕事を一生懸命頑張っていれば、そこで高い評価を得て、何かしらの新しいチャンスが訪れるかもしれない。また、③多面的生活を意識して、今までやりたかった趣味などを始めたら、人生はもっと充実するかもしれない。
変化が激しく、不確実性が増す世の中においては、キャリアの困難なども生じやすい。キャリアの困難が多く生じ得る現代において、それに負けずにキャリアを築いていく上では、キャリアレジリエンスを高めていくことが大切だろう。
※高橋美保、石津和子、森田慎一郎(2015)「成人版ライフキャリア・レジリエンス尺度の作成」(金剛出版『臨床心理学』 15巻4号、507~516ページ)