2022年10月27日掲載

キャリアコンサルティング―押さえておきたい関連情報 - 第5回 転職・キャリアチェンジとキャリアコンサルティング

浅野浩美 あさの ひろみ
事業創造大学院大学
事業創造研究科教授

1.「令和4年版 労働経済の分析」(労働経済白書)のポイント

 去る9月6日、厚生労働省より、「令和4年版 労働経済の分析」(労働経済白書)が公表された。今回の分析テーマは「労働者の主体的なキャリア形成への支援を通じた労働移動の促進に向けた課題」である。
 白書は、第Ⅰ部、第Ⅱ部の2部構成で、第Ⅰ部で、2021年度の労働経済の動向について、「10月以降回復に向けた動きがみられ、人手不足感が再び高まる中で、転職者数の大幅減が続くなど、労働市場の動きには停滞がみられる」と分析し、その上で、第Ⅱ部で、「労働力供給に制約がある中で、介護・福祉、ITの分野で人材需要が高まっており、外部労働市場を通じた労働力需給の調整が重要になる」「労働移動が活発になることは、わが国の経済成長や生産性の向上に資する可能性がある」とし、「主体的な」と条件を付けているが、転職やキャリアチェンジの促進が必要だという。
 そして、労働者の主体的なキャリア形成への支援を通じた労働移動を促進する要因について丁寧に探り、その上で、キャリアコンサルティングや自己啓発、さらに公共職業訓練との関係について分析している。

2.主体的な転職やキャリアチェンジを促進する要因とは

[1]転職とキャリアコンサルティングの関係
 白書では、まず、「全国就業実態パネル調査2019」(リクルートワークス研究所)を基に、転職やキャリアチェンジの様子について分析している。それによると、転職希望者は、就業者のうち4割程度である。また、転職希望者のうち、実際に転職活動を行ったり、転職を実現したりする者は1~2割程度であるという。
 転職にも、自ら希望して行う主体的な転職と、そうでないものがあるが、白書では、主体的な転職を扱い、これを促進する上で重要な要因は、「キャリアの見通し」と「自己啓発」だという。
 転職とキャリアコンサルティングの関係についても分析している[図表1]は、キャリアチェンジを伴う転職において、「仕事の内容・職種に満足がいくから転職」した場合と「自分の技能・能力が活かせるから転職」した場合について、それぞれ、「キャリア相談をした」効果などがどのくらいかを示したものである。これによると、いずれの場合においても「キャリア相談をした」効果が高くなっている。白書では、これについて、「キャリア相談によるキャリアの見通しの向上や自己啓発によるスキルの向上を通じて、労働者が職種間移動する場合の自らの能力発揮や、満足できる仕事への転職の可能性を高める可能性がある」と分析している。「可能性を高める可能性」とは、ずいぶんと迂遠(うえん)な表現だが、これは、キャリアコンサルティングによって能力を発揮できるような仕事に転職できたという見方もできるし、逆に、能力を発揮できるような仕事に転職したい者がキャリアコンサルティングを受けているといった見方もできるためである。つまり、因果関係については、何とも言えないが、キャリアコンサルティングは、ポジティブな転職と関係しているということである。

※厚生労働省「令和2年転職者実態調査」では、キャリアに関する相談を行ったかどうかについて尋ねている。なお、本稿では、キャリアコンサルティングとキャリアに関する相談については、区別せずに使用している。

[図表1]キャリア相談や自己啓発と仕事内容への満足や能力活用の関(職種間移動の場合)

資料出所:厚生労働省「令和4年版 労働経済の分析〔概要〕」

1.厚生労働省「令和2年転職者実態調査(個人調査)」を基に作成。

2.***は有意水準0.1%未満、**は有意水準1%未満、*は有意水準5%未満を示す。白抜きは5%水準で統計的に有意ではないことを示す。

[2]キャリアコンサルティングに転職・キャリアチェンジを促進する効果はあるのか
 さらにキャリアコンサルティングの効果にも目を向けている。複数の分析を行っているが、ここでは、キャリアコンサルティング経験の有無と職業経験の関係を分析した結果を紹介したい。白書では、労働政策研究・研修機構「キャリアコンサルティングの実態、効果および潜在的ニーズ-相談経験者1117名等の調査結果より」(2017年)の調査データを分析し、キャリアコンサルティング経験がある者のほうが、キャリア設計において主体性が高い者が多く、一つの分野に限らず幅広い分野でキャリアを形成している傾向があるという[図表2]。そして、キャリアコンサルティングにより、自らの適性や能力が活かせる可能性を幅広く検討した結果、異分野へのキャリアチェンジをしやすくなっている可能性を指摘している。

[図表2]キャリアコンサルティング経験の有無別の職業経験

資料出所:厚生労働省「令和4年版 労働経済の分析」

[注]労働政策研究・研修機構「キャリアコンサルティングの実態、効果および潜在的ニーズ-相談経験者1117名等の調査結果より」(2017年)を基に厚生労働省政策統括官付政策統括室にて作成。

 これを転職と関係する部分、さらに今回紹介した部分に関して、もう少し分かりやすく言えば、キャリアコンサルティングには、キャリアの見通しの向上を通じて、能力発揮を実現する可能性(を高める可能性)が、また、適性や能力が活かせる可能性を幅広く検討することを通じて、キャリアチェンジしやすくなる可能性(を高める可能性)があるといったところだろう。
 ところで、この分析結果を見る上で留意すべき点がある。前記の労働政策研究・研修機構の調査によると、キャリアコンサルティング経験者1117人の7割近くは、「企業外」(民間人材サービス機関など)および「公的機関」(ハローワークなど)でキャリアコンサルティングを受けている。すなわち、転職を希望している可能性が高い者が多いとみられることである。
 キャリアコンサルティングと転職の関係には微妙なところもある。最近は以前に比べ警戒する企業は減ったが、キャリアコンサルティングを受けると転職を考えるようになるのではないかという懸念を抱く企業は今でもある。転職そのものを促進するのか気になるところだが、今回の分析は、そこを見ているものでなく、既に転職した者の集団や、転職を希望している可能性の高い者が多そうな集団に尋ねている。企業の懸念を裏付けるようなものではないことを指摘しておきたい。

3.外部労働市場の機能強化と主体的な転職やキャリアチェンジ

 本稿は、キャリアコンサルティングと関係する部分を抜き出すようなかたちで執筆したものだが、白書では、転職希望者のうち、転職活動に踏み出す者とそうでない者、転職を実現する者とそうでない者はどう違うのかなど、転職者の実態についても迫っている。
 政府全体の方針を見ても、「経済財政運営と改革の基本方針2019」(令和元年6月21日閣議決定)では、中途採用・経験者採用の促進を掲げ、既に2021(令和3)年4月1日から、常時雇用する労働者数が301人以上の企業において、正規雇用労働者の中途採用比率の公表が義務化されている。
 中途採用比率を高めることが企業業績に与える効果については、これを裏付ける研究もある。山本・黒田(2016)は、良い意味での日本的雇用慣行型の企業で中途採用のウエートを高めると、利益率や労働生産性が上昇する傾向があることを示している。
 白書は、インターネットでも閲覧することができる。大部なものだが、ポイントを分かりやすく示した概要版もあり、さらに、しばらくすれば、動画版(30分程度)も公開されるはずである。慎重を期し、迂遠な物言いになっているところもあるが、それだけに信頼できるといえよう。ヒトへの投資がこれだけ衆目を集めているところでもある。たまには、のぞいて見てはどうだろうか。

【引用資料・参考文献】

・厚生労働省「令和2年転職者実態調査」

・厚生労働省「令和4年版 労働経済の分析─労働者の主体的なキャリア形成への支援を通じた労働移動の促進に向けた課題─」

・山本勲・黒田祥子(2016)「雇用の流動性は企業業績を高めるのか:企業パネルデータを用いた検証」『RIETI Discussion Paper Series 16-J-062』

浅野浩美 あさの ひろみ
事業創造大学院大学 事業創造研究科教授
厚生労働省で、人材育成、キャリアコンサルティング、就職支援、女性活躍支援等の政策の企画立案、実施に当たる。この間、職業能力開発局キャリア形成支援室長としてキャリアコンサルティング施策を拡充・前進させたほか、職業安定局総務課首席職業指導官としてハローワークの職業相談・職業紹介業務を統括、また、栃木労働局長として働き方改革を推進した。
社会保険労務士、国家資格キャリアコンサルタント、1級キャリアコンサルティング技能士、産業カウンセラー。日本キャリアデザイン学会理事、人材育成学会理事、経営情報学会理事、国際戦略経営研究学会理事、NPO法人日本人材マネジメント協会執行役員など。
筑波大学大学院ビジネス科学研究科博士後期課程修了。修士(経営学)、博士(システムズ・マネジメント)。法政大学キャリアデザイン学研究科非常勤講師、産業技術大学院大学産業技術研究科非常勤講師、成蹊大学非常勤講師など。
専門は、人的資源管理論、キャリア論

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