2023年04月18日掲載

人事パーソン要チェック! 新刊ホンネ書評 - [252]『ゆるい職場―若者の不安の知られざる理由』

(古屋星斗 著 中公新書ラクレ 2022年12月)

 

 著者によれば、2010年代後半からの法改正などにより、日本企業の労働環境は「働きやすい」ものへと変わりつつある一方で、若手社員の離職率はむしろ上がっているとのことです。本書は、若者はなぜ「働きやすい会社」を辞めてしまうのか、企業や日本社会が抱えるこの課題と解決策について、データと実例を示しながら解説したものです。

 第1章、第2章では、職場環境改善のための法整備などにより、負荷も高くなく叱られることもない居心地のいい職場、いわば「ゆるい職場」が登場したが、若年層の会社への意識や退職に関するデータを分析した結果、会社は好きだがキャリアが不安で辞めるという、つまり「職場がゆるくて辞める」若者が増えていることが明らかになったとしています。

 第3章では、最近の若者たちの変化を分析し、仕事志向か/プライベート志向か、といった志向性がより多様化しているとし、さらに、入社前の社会的経験の差により"大人化"している若者とそうでない若者がいて、前者は入社後も活躍するが離職率が高く、後者は辞めないが成長しにくくなっているとしています。

 第4章では、若者のキャリア観の中には、「ありのままの自分でいたい」という意識と、「なにものかになりたい」というそれとは矛盾する意識があり、両者の間にある無数のグラデーションの中で、自分の最適解を見つけるために情報過多に陥っているのではないとしています。その上で、情報だけ多くても展望は開けず、行動することが自律的キャリアをつくるとし、若者たちに「小さな行動」(スモールステップ)を起こすことを提唱しています。

 第5章では、これからの若者と職場の関係について考察し、「人材の囲い込み」的なリテンション施策に疑念を呈し、社外活動の効用を説いています。また、新しいキャリアチェンジ方法として、A社からB社へすぱっと「転職」するのではなく、現在の所属組織に対するコミットメント比率を下げて別の活動にコミットし、その後にコミットの割合を移す、「コミットメントシフト」とでも呼ぶべきものを提唱し、そのメリットを説いています。

 第6章では、「ゆるい職場」時代の二つの難問を論じています。一つは、人間関係の負荷を上げずに質的負荷を上げるにはどうすればよいか、もう一つは、自律的でパフォーマンスの高い若者ほど辞めていくのにどう対処すればよいかということです。前者については、若手のみのチームを作るなど横の関係で育てることを、後者については、社内・職場内だけでなく「外側の世界」を経験させることなどを提唱しています。

 第7章では、社会人生活の助走としての学校生活の在り方に言及し、学校を変えなくては優秀な若者は採用できないとしています。第8章では、ゆるい職場とこれからの日本の関係について考察し、これまでは大企業が若手人材を育てていたが、ジョブ型雇用が進んだ場合に直面する課題として、「誰が若手を育てるのか」問題があるとしています。

 若者たちは「不満」により会社を辞めるのではなく、「不安」により会社を辞めるのだ、との指摘は興味深いものでした。「心理的安全性」が高い企業ほど、優秀な若手の社員の早期離職率が高くなる"皮肉"ととれなくもないですが、むしろ、自分のキャリアの選択権を持ち続けられるかという「キャリア安全性」が、心理的安全性と同様に若手社員のエンゲージメントに影響を与えると捉えるべきなのでしょう。

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※本記事は人事専門資料誌「労政時報」の購読会員サイト『WEB労政時報』(有料版)で2022年12月にご紹介したものです

【本欄 執筆者紹介】
 和田泰明 わだ やすあき

 和田人事企画事務所 人事・賃金コンサルタント、社会保険労務士

1981年 中堅広告代理店に入社(早稲田大学第一文学部卒)
1987年 同社人事部へ配転
1995年 同社人事部長
1999年 社会保険労務士試験合格、2000年 行政書士試験合格
2001年 広告代理店を退職、同社顧問(独立人事コンサルタントに)
2002年 日本マンパワー認定人事コンサルタント
2003年 社会保険労務士開業登録(13030300号)「和田人事企画事務所」
2004年 NPO生涯教育認定キャリア・コンサルタント
2006年 特定社会保険労務士試験(紛争解決手続代理業務試験)合格

1994-1995年 日経連職務分析センター(現日本経団連人事賃金センター)「年俸制研究部会」委員
2006年- 中央職業能力開発協会「ビジネス・キャリア検定試験問題[人事・人材開発部門]」策定委員
2009年 早稲田大学オープン教育センター「企業法務概論」ゲストスピーカー