2023年01月13日掲載

Point of view - 第220回 稲村 悠 ―元公安捜査官が教える「本音」を引き出すコミュニケーション技術

稲村 悠 いなむら ゆう
日本カウンターインテリジェンス協会 代表理事

警視庁元警部補。警視庁公安部外事課においてカウンターインテリジェンス(スパイ対策)の最前線で諜報活動捜査や各種情報収集に従事、退職後は大手コンサルティングファームにてコンサルティング業務等を行う。現在は、安全保障分野研究者等とともに日本カウンターインテリジェンス協会を設立、自ら代表を務め、諜報活動やサイバー攻撃への対応策を啓蒙する活動を行っている。
日本刑事技術協会講師。著書に『元公安捜査官が教える「本音」「嘘」「秘密」を引き出す技術』。

公安捜査官という職務

 皆さんは、公安捜査官の職務をご存じだろうか。
 恐らく、多くの方が「スパイ」というイメージを持たれていると思う。そのイメージは大きくは間違っていない。
 公安捜査官(=公安)の定義は、「暴力主義的な破壊活動または国益を侵害するような行為および諜報(ちょうほう)活動に関する情報収集や取り締まりを行う捜査官」と表現することができる。そして、スパイの定義については「政府等のために、秘密裏に敵や競争相手の情報を得る人のこと」と"私"は説明している。
 つまり、公安捜査官もスパイも、情報収集をその主たる目的の一つとして日々活動している。
 さて、ではなぜ、公安捜査官が人の本音を引き出せるのだろうか。
 公安捜査官は、あらゆる分野の対象者(例えば政府関係者や研究者、ビジネスマン等)が保有する機密情報について、不法行為を行わずにアクセスし、その情報を収集している。この際、機密情報=人の本音と言い換えても差し支えはないだろう。人が通常開示しない情報は「機密」であり、「秘密」である。同様に「本音」も通常開示しない分類の情報である。
 よって、公安捜査官は、人の本音(=機密情報)を引き出すことに()けているのだ。

人の本音を引き出す条件

 では、どのように本音を引き出していくのか。それには重要な条件がある。
 「信頼関係の構築」である。
 信頼関係の構築に当たり、以下の五つのステップを踏むが、これは各国のスパイ活動との共通点も多い。

①選定=対象者を選ぶこと
②基調=相手を知ること
③接近=相手に近づくこと
④獲得=相手と信頼関係を構築すること
⑤運営=相手を分析・評価しながら関係を続けること

 各ステップで相当の要素はあるが、基本的には④の「獲得」で、相手と信頼関係を構築し、"信頼"の下で情報提供を受けるのだ。この間に、相手をだます、脅す等の手口は一切ない(ただし、一部の国ではハニートラップや脅迫といった手段は非公然に行われている)。なぜなら、金銭や情欲など目の前にエサを下げて情報を収集しようとすると、不法行為が必ず介在する上に、そのエサ前提の関係で終わってしまうからだ。
 では、信頼関係を築くことで情報が引き出せるのか。そう思う方も多いだろう。しかし、この信頼関係は皆さんが思うよりはるかに深く、心の根から築くものである。詳細については割愛するが、主たる手法はこれだ。

―相手を知り、弱み(悩み)を見抜き、手を差し伸べること―

 スパイらしからぬ至極まっとうな手法かもしれないが、これが信頼関係を築く根幹であり、対象者は私を「信」じて「頼」り、心の内を開示するのである。

【信頼関係を築くステップのイメージ】

 このように万全な状態/関係にした上で本音を引き出す技術を使えば、容易に本音を引き出すことが可能であるが、信頼関係の構築には多くの要素が必要となってくるため、以降では、信頼関係を前提としない"実践しやすい"技術を紹介する。

本音を引き出すコミュニケーション技術

 本音を引き出すコミュニケーション技術について、ビジネスシーンを想定して三つのケースを紹介しよう。なお、以下に紹介する内容は、あくまでビジネスシーンで本音(=本質)に近い情報を引き出す技術であり、本音そのものを引き出すには複合的・多面的に仕掛けを作っていくことが必要であることをあらかじめお断りしておく。

■ケース1 ~沈黙/不満を示す~
 あなたがある社員から報告を受けたとしよう。

A氏「実はこんなことがありまして・・・・」
あなた「沈黙」or「う~ん(不満を示す)」
A氏「(沈黙が嫌だ)or(納得していない? 追加で情報を出さねば。)」
A氏「実はさらに×××なことが判明しました」

 どうだろうか。A氏は沈黙や不満のプレッシャーに耐えられず、追加の情報「×××なこと」を示した。この情報は、本来A氏が出す予定のない情報であり、プロテクトしたかった情報である。よって希少性が高い。

■ケース2 ~中途採用面接において―自社の弱みを話して反応を見る~
 中途採用面接というと、自社が特定の分野にどれだけ優れているかといった「強み」を語ることが多いように思う。しかし、会社のウイークポイントを補う中途採用では、「弱み」をはっきりと提示するほうが有効だ。
 例えば、これからマーケティングに力を入れたい企業において、「データ分析ができる人材がいない」という事実を明確に伝える。あなたが面接官なら、「実は先月も……という状況になってしまった」と自社の弱みを話してみて、相手の反応を見るのだ。
 あなたの話を聞いて、「そうだったんですか」といった無難な感想を述べる人は、期待に応え得るスキルがないと考えて間違いない。逆に、「私は×××に関する知識には自信があります」と、積極的な反応を見せる人なら可能性がある。自社の弱みに対して解決し得るスキルをアピールしてくる応募者には、理詰めで具体的に質問していくことが本当の実力を知るコツである。

■ケース3 ~採用面接において―ごまかせない質問を投げかける~
 「あなたが最後に(うそ)をついたときのことを話してください」
人生で一度も嘘をついたことのない人間などいないだろう。そこで、このような「ごまかせない質問」を用いることで、誠実さ以外の特徴を測ることができる。
 まず、この質問に対しユーモアを交え他愛(たわい)もない嘘を話せる人は、対応力が高い人物だと言える。
 あるいは、「どれくらいのレベルの嘘を指すのですか?」などと逆質問してくるような場合も、頭の切れる人物だと考えられる。尋ね返しながら、とっさにこの場にふさわしい答えを探しているのだろう。
 一方、ただ驚いているような場合は、対応力に不安がある。また、嘘をついたことがないという場合は、既にその時点で嘘をついている。
 このように、本音=本質に近い情報にアクセスすることは容易であり、多面的に行えば情報の振れ幅がより狭まってきて、得られた情報がより明瞭になる。

信頼と本音

 上記のとおり、本音を引き出す技術の一部を紹介したが、「信頼関係」を築くことこそが本音を引き出す最大の手段である。これは私の経験、さらには世界の諜報(ちょうほう)活動から実証済みである。

―相手の弱み(悩み)に対し、人として寄り添い、手を差し伸べる―

 この時、「私が(または自社の商品で)解決しなければならない」等と傲慢(ごうまん)な考えを持ってはいけない。ただ一人の人間として寄り添い、手を差し伸べる姿勢を示すだけでよい。そうすれば、少しずつ、相手は心の内を明かすようになるだろう。結局、人から何かを重要なものを得るためには、その人の本質に正対し向き合わなければならないのだ。
 スパイは、必要な情報を得るために、日夜、人と「誠実」に「真摯(しんし)」に向き合っている。