浅野浩美 あさの ひろみ
事業創造大学院大学
事業創造研究科教授
1.「70歳までの就業確保措置」実施済み企業は27.9%
2022年12月16日に、「令和4年 高年齢者雇用状況等報告」(以下、令和4年報告)の集計結果が公表された。今回の集計結果は、従業員21人以上の企業23万5875社からの報告を基に、2022年6月1日時点の取り組み状況を集計したものである。
令和4年報告によると、2022年6月1日時点における「『65歳までの雇用確保措置』実施済み企業」の割合は99.9%(前年99.7%)であるが、同時点における「『70歳までの就業確保措置』実施済み企業」※1の割合は27.9%(前年25.6%)と3割に満たない[図表1]。
※1 法令の定めに基づいた適正な手続きを経て、定年制の廃止、定年の引き上げ、継続雇用制度もしくは創業支援等措置の導入のいずれかの措置を講ずることにより、70歳までの就業機会の確保を実施している場合を指す。
[図表1]70歳までの高年齢者就業確保措置の実施状況
資料出所:厚生労働省「令和4年 高年齢者雇用状況等報告」
高齢・障害・求職者雇用支援機構が2021年11月から2022年1月にかけて企業の人事担当者を対象に行った「高齢期の人事戦略と人事管理の実態調査」※2(以下、機構調査)でも、「就業規則等(運用も含む)で定めた、既に定めていた」は18.5%であり、「まだ検討に入っていない」が33.3%、検討を始めた(「経営層との検討を始めた」8.9%、「人事・総務部門内での検討を始めた」23.1%)が32.0%であった。しかし、その一方で、65歳以降社員が在籍している企業は多く、機構調査では回答企業の74.7%を占める。さらに、65歳以降社員が在籍している企業での活用評価を見ると、「満足」が24.1%、「やや満足」が62.0%と、満足している企業が全体の86.1%を占める。65歳以降社員は在籍しているし、働きぶりにも満足しているけれども、法令で定められた就業確保措置までは導入していないという企業も多いようだ。
※2 「高齢期の人事戦略と人事管理の実態調査」。大手信用調査会社の名簿から企業規模の大きい順に2万社を抽出し、本社人事部長宛てに郵送し、調査票の返送またはWEB画面での返信を依頼。回収数3105社、回収率15.5%。
2.65歳以降社員の活用課題は?
企業は何を心配しているのだろうか。
先ほど紹介した機構調査によると、65歳以降の社員を活用する際の課題(複数回答)は、まず「本人の健康」(72.9%)、次に「本人のモチベーションの維持・向上」(56.2%)、続いて「担当する仕事の確保」(40.4%)、「本人の能力の維持・向上」(37.2%)の順である[図表2]。65歳以降社員の在籍の有無別に見ると、上位2項目は変わらないが、3番目は、在籍ありの企業では「本人の能力の維持・向上」、在籍なしの企業では「担当する仕事の確保」となっている。
[図表2]65歳以降社員の活用課題(在籍の有無別)
資料出所:高齢・障害・求職者雇用支援機構(2022)「高年齢者雇用安定法改正(令和2年改正)に伴う企業の対応と課題―コロナ禍における65歳以降社員の活用実態―」
2013年4月からの改正高年齢者雇用安定法の施行を目前にした2014年からの変化を見ると、大きくは変わっていないものの、「担当する仕事の確保」(2014年48.3%→2021年40.4%、7.9ポイント減)を挙げる企業が減り、「正社員との処遇上のバランスのとり方」(同22.7%→27.8%、5.1ポイント増)を挙げる企業が増えている[図表3]。課題があるとする企業の割合には変化がないが、活用が進む中で、課題には変化も見られる。
[図表3]65歳以降社員の活用課題(2014年、2021年)
資料出所:
高齢・障害・求職者雇用支援機構(2022)「高年齢者雇用安定法改正(令和2年改正)に伴う企業の対応と課題―コロナ禍における65歳以降社員の活用実態―」
高齢・障害・求職者雇用支援機構(2014)「高齢者の人事管理と人材活用の現状と課題-70歳雇用時代における一貫した人事管理のあり方研究委員会報告書—」
[注]2014年調査では「人件費(退職金・保険料等も含む)の負担増」の項目の設定はない。
3.シニア社員活用戦略とキャリアコンサルティング
課題があるとする企業は多いが、課題を改善しながら、シニア社員を戦力化し、活躍させている企業はたくさんある。例えば、日置電機株式会社※3は、2017年4月に、予定よりも前倒しで65歳定年制を導入し、併せて70歳までの継続雇用制度も導入した。同社は、その翌年の2018年には早くも60代前半層の賃金制度を見直し、さらに、その2年後の2020年には、シニア社員や周りの社員が働きやすいよう「キャリアサポートプログラム」を導入した。シニア社員にキャリアについて考えてもらい、周りのサポートを得ながら前向きにキャリアを築いていってもらう。併せて、新たな知識・スキルを身に付ける機会も提供することとしたのである(労働調査会、2021など)。
※3 長野県上田市に本社を置く、1935年創業の電気計測器メーカー。従業員数は1007人(2022年12月31日現在)で、「人間性の尊重」と「社会への貢献」を企業理念とする。70歳までの雇用確保措置のほか、「社内ジョブチェンジ」制度など社内でのキャリア形成を支援するしくみなどもあり、2022年には「最優秀将来世代応援企業表彰」を受賞した。
70歳までの就業確保措置の導入に対しては慎重な企業も多いようだが、65歳以降も働くシニア社員は大きく増えている。最初に紹介した令和4年報告によると、31人以上規模の企業で働く65歳以上の常用労働者数は、この10年間で、68万3827人(2012年)から200万9227人(2022年)と約2.9倍になった※4。
※4 統計調査でなく業務統計であり、行政の努力などにより31人以上規模の報告企業数も増えていることに留意する必要がある。2012年14万367社、2022年17万5541社。また、この10年間における60~64歳層の常用労働者数の伸びは約1.2倍である
「高年齢者雇用状況等報告」では、同じく「継続雇用制度」とされるものでも、賃金の設定の仕方や職務の与え方などその内容や運用は、企業によって大きく異なる。また、シニア社員が増える中で、より戦力化が図られるようになり、人事制度なども少しずつではあるが、いわゆる現役社員の制度内容に近づきつつある(高齢・障害・求職者雇用支援機構、2018)。
制度導入に当たっては、先に挙げた日置電機のように、現場を見つつ、必要な見直しを行っていくことを織り込んでおくのもよいだろう。シニア社員の活用が進めば、中高年に対するキャリア研修やキャリアコンサルティングも、定年前後の役割の変化に対応するためのものから、主体的なキャリア意識を醸成し、学び直しを推進していくものに変わっていく。キャリア研修なども、企業のシニア社員活用戦略に沿ったものが求められる(藤波、2021)。企業の活用方針を理解し、現場の課題を把握することなども意識した上で、キャリア研修、キャリアコンサルティングを進めていくことが求められる。
【参考・引用文献】
・藤波美帆(2021)「人事管理からみた中・高年期のキャリア支援―高齢社員の活用戦略と支援方針に着目して―」 『日本労働研究雑誌』No.734、 52-61.
・高齢・障害・求職者雇用支援機構(2018)『継続雇用制度の現状と制度進化―「60歳以降の社員に関する人事管理に関するアンケート調査」結果より―』.
・高齢・障害・求職者雇用支援機構(2022)『高年齢者雇用安定法改正(令和2年改正)に伴う企業の対応と課題―コロナ禍における65歳以降社員の活用実態―』.
・厚生労働省「令和4年『高年齢者雇用状況等報告』の集計結果を公表します」.
・厚生労働省(2022)『令和4年版労働経済の分析─労働者の主体的なキャリア形成への支援を通じた労働移動の促進に向けた課題─』.
・労働調査会(2021)「企業事例1 日置電機株式会社」『エルダー』2021年5月号、16-19.
浅野浩美 あさの ひろみ 事業創造大学院大学 事業創造研究科教授 厚生労働省で、人材育成、キャリアコンサルティング、就職支援、女性活躍支援等の政策の企画立案、実施に当たる。この間、職業能力開発局キャリア形成支援室長としてキャリアコンサルティング施策を拡充・前進させたほか、職業安定局総務課首席職業指導官としてハローワークの職業相談・職業紹介業務を統括、また、栃木労働局長として働き方改革を推進した。 社会保険労務士、国家資格キャリアコンサルタント、1級キャリアコンサルティング技能士、産業カウンセラー。日本キャリアデザイン学会理事、人材育成学会理事、経営情報学会理事、国際戦略経営研究学会理事、NPO法人日本人材マネジメント協会執行役員など。 筑波大学大学院ビジネス科学研究科博士後期課程修了。修士(経営学)、博士(システムズ・マネジメント)。法政大学キャリアデザイン学研究科非常勤講師、産業技術大学院大学産業技術研究科非常勤講師、成蹊大学非常勤講師など。 専門は、人的資源管理論、キャリア論 |
キャリアコンサルタント・人事パーソンのための キャリアコンサルタントを目指す人はもちろん |