辻村尚史 つじむら ひさし 筑波大学大学院、グロービス経営大学院修了。フィットネスを軸としたサービス事業会社にて店舗運営、営業、企画や人事を経て、現職。現在は企業人事・組織開発を中心に現場経験と理論を交えた、相手の目線に立ったコンサルティングや研修に精力的に従事。 |
現代は、言わずもがな変化の時代である。日々進化するテクノロジーと、もはや3年にもなるコロナ禍による環境の変化は待ったなしどころか、加速度的に進行中である。この変化の時代に、私が企業人事のコンサルタントとして主に研修現場でつぶさに見てきている「若手」(≒若者)に焦点を当て、これからの「育成」のあり方を一考してみたい。
今の「若手」とは何者か?
皆さんは「タイパ」という言葉をご存じだろうか。三省堂が発表した「今年の新語2022」にも選ばれており、目にする機会も多くなっているだろう。これは「タイムパフォーマンス」を略した言葉で、費やした時間に対する満足感のことをいう。映像コンテンツを倍速視聴で見るなど、「とにかく無駄な時間をかけたくない」というZ世代の特徴ともされる言葉だ。
これは、実は一概に若手(若者)だけの行動でもないのだが、私が研修などで接する多くの若手は、確かにスマホでの画像・映像による情報収集が中心の、いわゆるスマホネイティブな分、この特徴が色濃い(というかそれが当たり前)ように思う。
そして、もはやスマホが身体の一部のごとく、と感じたのは、若手のみんなに趣味を聞いた際の回答として、多くが「動画視聴」か「スマホゲーム」であったことだ。もちろん、周囲に合わせてそう答えた、ということもあるだろうが、少なからず環境変化が影響していそうである。約3年にわたるコロナ禍が、趣味をいっそう手元で完結する方向に向かわせたのは否めない。
では一方で、研修時には何が起きているか。私が見る限り、若手は与えられた内容について基本的にとても真面目に取り組んでくれるし、学ぶ意欲自体は高いことが多い。適切に設計され、自分たちで考えるような課題が与えられた時には、明るく、そして集中力高く取り組んでくれている。逆に、単純な講義的な場面や既知の内容であれば、一気に集中力が低くなるのは痛感する。今や基本的な知識だけであれば、スマホの中にすべて答えがある。やはり「新しい発見があったか」や「自分にとって価値が高い時間だったか」どうかがシビアに評価判断の軸になっているようである。そのジャッジを無意識に行い選別している…これが今の若手の特徴なのかもしれない。
なかなかに難しいのは、研修の休憩時に全員ではないにせよ、すぐスマホに手を伸ばすことである。それまでワークなどでいろいろと話し合った相手が目の前にいても、ぱっと切り替えてずっとスマホとにらめっこ、ということもよく起こる。良くも悪くも「スマホファースト」であり、ワークなどで周囲と合わせたり協調性が高かったりする若手は多いながらも、一方で、その場で得た他者との直接的な関わりを自らさらに進んで深めるというのは、近年ますます起こりにくくなっていると感じている。
どのような「育成」アプローチをすべきか?
さまざまな変化を私自身も体感する中で、最近特に企業人事の観点では、まず「育成」という言葉の考え方そのものを変化させていく必要がある、と強く感じている。
育成とは、もともと「育て上げる」や「立派に育てる」という意味であり、育てたり与えたりする側の視点に立った言葉(育てて成す)であった。しかしこれからの時代、育成とは「『育つ環境づくりで(自らが)成していく』支援をする」という考え方のほうが、よりしっくりくるように感じる。少なくとも私が出会ってきた若手たちは何も知らないわけではないし、意欲が低いわけでもない。
では環境づくりとは何か。例えば業務手順を覚えること一つとっても、一から十まで伝える、教えるというよりも、シンプルだが①自ら考える状況設定、②興味を引くコンテンツ、③飽きさせない工夫、がまずは必要である(もちろん業界や職種、内容などにもよる)。これらなくして「若手は我慢が足りない」「集中力がない」と言っても何の問題解決にもならないことを理解しておこう。
また、このコロナ禍においては、若手の多くは学生時代あるいは新入社員時代に、仲間と協力して何かを達成する(挫折も含めて)という大きな経験をしにくかったと思われる。まずはメンバーとの小さな成功体験づくりが少しずつ自信を生むだろう。例えば提案書を手分けして作成し、分担箇所を全うしてチームに貢献できたといった経験などである。このような経験を経て本人の中で仕事に対する自信や、チームとしての取り組みの機微を少しずつつかみ、徐々に自律し自走していってもらうための仕掛けや仕組みづくりが、ここでいう環境づくりである。指導とフォローを一体化して、つながりや全体の中でいかに効果を高めていくかを考えることがより求められる。
ここまで、研修を中心とした現場から見える若手の状況と合わせて、時代の変化に伴って必要な育成の考え方をお伝えしてきた。
いつの時代も「考えていることが分からない」と言われる若手だが、彼らには彼らなりの考え方がある。それを形作っているものは何かをしっかりと捉え、そこに合わせてわれわれ側が認識を変えていかない限り、これからの時代の「育成」は果たしていけないだろう。「自分たちはこうだった」「会社とはこういうものだ」はもう通用しないのである。