2023年04月27日掲載

キャリアコンサルティング―押さえておきたい関連情報 - 第11回 最新の調査結果から読み解く「ヒトへの投資」に必要なこと

浅野浩美 あさの ひろみ
事業創造大学院大学
事業創造研究科教授

1.はじめに

 人的資本情報開示がスタート※1するなど、ヒトへの投資への関心が高まりを見せている。

※1 2023(令和5)年1月31日に公布・施行された「企業内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令(改正開示府令)」により、上場企業は2023年3月末決算から有価証券報告書に、女性管理職比率、男性の育児休業取得率、男女間賃金格差、人材育成方針や社内環境整備方針、これら方針に関する指標や目標・実績などについて記載することが求められるようになった。

 先進的な事例を目にする機会は増えたが、事例を見て、「確かに素晴らしいが、とてもまねできない」「内閣府令で開示が義務づけられたのも上場企業だし、人材を育成したいと思ってもうちのような規模の会社にはできないのでは」と思う人事パーソンの方もいるかもしれない。
 そんな中、労働政策研究・研修機構から、従業員規模30人以上企業を対象としたキャリア形成支援策に関する調査結果(企業のキャリア形成支援施策導入における現状と課題)が公表された(以下、本調査)※2。調査自体は、キャリアコンサルティングの普及推進策の検討を目的に行われたものだが、従業員の能力開発への積極性、人材育成・能力開発の方針などについても広く尋ねている。人材育成について考える上で、参考となる部分も多いと思われるので、報告書(労働政策研究・研修機構, 2023)の内容の一部を紹介したい。

※2 労働政策研究・研修機構が2022(令和4)年1月実施。企業データベースから層化無作為抽出した従業員規模30人以上の全国の企業20,000社に対し郵送法にて配布・回収。回収数3951通(回収率19.8%。ただし、うち224通は従業員規模29人以下であった)。

2.能力開発への積極性と人材育成・能力開発の方針

 本調査では、まず、企業に、従業員の能力開発に対する積極性について、5段階で尋ねている[図表1]。「どちらとも言えない」が36.4%と最多だが、「積極的である」(10.3%)、「やや積極的な方だと思う」(32.9%)を合わせると4割を超える。従業員規模との関係を見ると、能力開発への積極性については、やはり従業員数が多いほど積極性が高いが、むしろ1000人以上と1000人未満との間にかなりの違いがあることが分かる。

[図表1]従業員数別の能力開発に対する積極性(「積極的である」「やや積極的である」の合計)

資料出所:労働政策研究・研修機構「企業のキャリア形成支援施策導入における現状と課題」(2023年)を基に筆者作成(以下、[図表2~3]も同じ)

 次に、能力開発の責任主体について、企業か従業員個人かを4段階で尋ねている[図表2]。こちらは、「企業の責任である」(24.9%)、「どちらかと言えば企業の責任である」(58.9%)と、企業の責任であるという答えが圧倒的に多い。規模の関係を見ると、従業員数が多いほど企業の責任とする割合が高いが、規模による差はそこまで大きくないようだ。

[図表2]従業員数別の能力開発の責任主体

 続いて、人材育成・能力開発の方針について、複数の選択肢を示し、最も当てはまるものを一つ選ぶよう求めている[図表3]。これについては、長期的に考えている方から順に、「数年先の事業展開を考慮して、その時必要となる人材を想定しながら能力開発を行っている」(12.8%)、「当面の仕事に必要な能力だけでなく、その能力をもう一段アップできるよう能力開発を行っている」(39.9%)、「個々の従業員が当面の仕事をこなすために必要な能力を身につけることを目的に能力開発を行っている」(31.4%)、「人材育成・能力開発について特に方針を定めていない」(13.8%)であった。規模の関係を見ると、やはり、従業員数が多いほど、中長期的な方針を持っていることが分かる。

[図表3]従業員数別の能力開発の方針

3.能力開発に対する積極性と関係するものは何か

 これを見ると、やはり規模がものを言うと思ってしまいそうだ。確かに規模によって人的資源管理には異なるところがある(Tanova,2003など)が、報告書では、従業員数のほか、従業員に占める正社員比率や45歳以上比率、3年前と比べた新入社員の定着率など多くの要因と、能力開発への積極性との関係について分析しているので見てみよう。
 それによると、能力開発への積極性と最も関係する要因は、能力開発の方針が長期的であることであった。続いて、能力開発の責任主体が企業にあると考えることであった。また、従業員に占める45歳以上比率が低いこと、正社員比率が高いことなどが能力開発に対して積極的であることに関係していた。さらに、こうした条件をそろえてみると、規模との関係は統計的に有意ではなくなっている[図表4]。規模が小さいから積極的になれないとまではいえないようだ。

[図表4]能力開発に対する積極性と各種要因との関係

4.人材育成に積極的に取り組むためには、どうすればよいのか

 本調査では、全体の約9割の企業は「従業員を育てることを大切だと考えている」と答えている(「あてはまる」「ややあてはまる」の合計)。さらに、人材育成への関心は、これまで以上に高まっている。能力開発に積極的に取り組んでいるとはいえない企業の中にも、積極的に取り組みたいという企業は多いと考えられるが、具体的にはどうすればよいのだろうか。
 能力開発の方針に関しては、第7回でも紹介したが、ある程度の期間を意識したものを策定することが必要だろう。特別なものでなく、職業能力開発促進法で努力義務とされている事業内職業能力開発計画(雇用する労働者の職業能力の開発および向上を段階的かつ体系的に行うために事業主が作成する計画)などでもよいだろう。
 能力開発の責任主体については、企業にも責任があると考えるのはよいが、「令和3年度 能力開発基本調査」によると、正社員では3分の2以上が主体的にキャリアについて考えたいと答えている※3。働く側の考えと企業の考えができるだけ一致するようにするためにも、策定した方針を伝えることが必要である。

※3 「自分で職業生活設計を考えていきたい」が30.2%、「どちらかといえば、自分で職業生活設計を考えていきたい」が38.0%

 従業員の中の誰に目を向けるかについては、考える余地があるだろう。人材育成に熱心に取り組んでいる企業の人事パーソンの中にも、ふと気が付くと、新卒採用にばかり力を費やし、育成に当たっても新入社員や若手社員ばかり見てしまうといった企業もあるのではないだろうか。本調査でも、45歳以上比率が低いほど能力開発に積極的だったが、今後の従業員の年齢構成や世の中の変化の速度を考えると、この考え方では前に進めない。中堅以上の社員や正社員以外にも目を向けることが必要になってきている。
 人材育成に積極的に取り組みたいと言っているだけでは、人材育成は進展していかない。先進事例を学ぶことも重要だが、企業によって、必要な施策、有効な施策は異なる。特別なものでなくてもよいので、自ら方針を立て、中堅以上の社員や正社員以外にも目を向け、できるところから、能力開発を進めていくことが必要であろう。

 今回紹介したのは、労働政策研究・研修機構の調査結果のごく一部である。調査では、キャリア研修やキャリアコンサルティングについても調べている。これらについても、折を見て取り上げ、考えたい。

【引用文献・参考文献】

・労働政策研究・研修機構(2023)『労働政策研究報告書No.223 企業のキャリア形成支援施策導入における現状と課題』.

・Tanova, C. (2003) Firm size and recruitment: staffing practices in small and large organizations in north Cyprus. Career development international, 8(2), 107-114.

浅野浩美 あさの ひろみ
事業創造大学院大学 事業創造研究科教授
厚生労働省で、人材育成、キャリアコンサルティング、就職支援、女性活躍支援等の政策の企画立案、実施に当たる。この間、職業能力開発局キャリア形成支援室長としてキャリアコンサルティング施策を拡充・前進させたほか、職業安定局総務課首席職業指導官としてハローワークの職業相談・職業紹介業務を統括、また、栃木労働局長として働き方改革を推進した。
社会保険労務士、国家資格キャリアコンサルタント、1級キャリアコンサルティング技能士、産業カウンセラー。日本キャリアデザイン学会理事、人材育成学会理事、経営情報学会理事、国際戦略経営研究学会理事、NPO法人日本人材マネジメント協会執行役員など。
筑波大学大学院ビジネス科学研究科博士後期課程修了。修士(経営学)、博士(システムズ・マネジメント)。法政大学キャリアデザイン学研究科非常勤講師、産業技術大学院大学産業技術研究科非常勤講師、成蹊大学非常勤講師など。
専門は、人的資源管理論、キャリア論

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