2023年09月19日掲載

人事パーソン要チェック! 新刊ホンネ書評 - [262]『職場のメンタルヘルス・マネジメント―産業医が教える考え方と実践』

(川村 孝 著 ちくま新書 2023年3月)

 

 ベテラン産業医による本書は、精神医学の最新の知見を基に、職場のメンタルヘルス問題にどう対応したらよいかを取り上げた1冊です。予防も含め、実務から考え方まで、管理職や人事担当者が押さえておくべきポイントを解説しています。

 第Ⅰ部では、“合理的な働き方”とはどういうものかが取り上げられます。第1章で、会社側には安全配慮義務があり、労働者側には自己保健義務(自分の心身の状態を良好に保っておく義務)があることを確認した上で、第2章で、上司が部下に対して普段からどのように接するべきか、「笑顔で接する」「話をよく聞く」など八つのポイントを掲げています。この部分は、部下を持つ人が自身を振り返ってみるのにもよいかと思います。

 第3章では、著者の経験から得られた健康的な仕事術として、「とりあえず手をつける」「残業は朝やる」など七つのコツを紹介します。続く第4章では、就業管理に関する会社側への提案として、勤務形態に多様性を持たせることや役職を任期制とすること、さらには、課長補佐をケア要員にするといったことなども提言しています。

 第Ⅱ部では、人間の心理特性について解説しています。第5章で、メランコリー親和型、神経発達症(いわゆる発達障害)、自閉症、注意欠如性などについて解説し、職場におけるそうした人への対応策を述べています。また、親の養育などによって生じるパーソナリティの歪みとその類型や、それによる周囲との軋轢(あつれき)から本人が病んでしまう「パーソナリティ症」について紹介し、どう対処すべきかを説いています。

 第6章では、抑うつ、(そう)、妄想、不安、不眠、ストレスなど、職場で見られるさまざまな精神症状について述べ、第7章では、不眠症や自律神経失調症、適応障害といった診断名からそれらを解説していますが、そうした診断名はあくまでも便宜的に用いられるに過ぎないとも述べています。

 第Ⅲ部では、メンタルヘルスや安全衛生等に関連する職場の制度としてどのようなものがあるか解説しています。第8章では、休職とは何か、復職の申請やその際の産業医との復職面談、試し出勤、リワーク・プログラムなどについて解説しており、いずれも人事担当者が押さえておきたい事項です。第9章では、労働安全衛生推進のための法律はどうなっているか、最近言われる「健康経営」とは何か、などについて解説しています。

 第10章では、一般健康診断、特殊健康診断、ストレスチェック、長時間労働対応など、企業が行う健康管理の実務について解説し、最終第11章では、産業医の特性とスタンス、その職務などについて述べています。

 本書全体を振り返ると、第Ⅰ部では、上司が部下に対して普段からの接し方を通してケアを提供することの重要性が説かれていました。第Ⅱ部では、メンタルヘルス・マネジメント上、人事担当者が知っておきたい精神医学的な知識・知見が解説されており、第Ⅲ部では、職場におけるメンタルヘルス・マネジメントの実務について述べられていたように思います。

 上司とそれを支える人事担当者の両方を読者層として想定し、さらには、職場のメンタルヘルス問題に対応するためには医学と法律の知識が欠かせない――という著者の考え方に沿った構成となっていました。精神医学の最近のトレンドも反映しており、メンタルヘルスに関する実務的知識を整理・点検、ブラッシュアップする上でお薦めです。

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※本記事は人事専門資料誌「労政時報」の購読会員サイト『WEB労政時報』(有料版)で2023年5月にご紹介したものです

【本欄 執筆者紹介】
 和田泰明 わだ やすあき

 和田人事企画事務所 人事・賃金コンサルタント、社会保険労務士

1981年 中堅広告代理店に入社(早稲田大学第一文学部卒)
1987年 同社人事部へ配転
1995年 同社人事部長
1999年 社会保険労務士試験合格、2000年 行政書士試験合格
2001年 広告代理店を退職、同社顧問(独立人事コンサルタントに)
2002年 日本マンパワー認定人事コンサルタント
2003年 社会保険労務士開業登録(13030300号)「和田人事企画事務所」
2004年 NPO生涯教育認定キャリア・コンサルタント
2006年 特定社会保険労務士試験(紛争解決手続代理業務試験)合格

1994-1995年 日経連職務分析センター(現日本経団連人事賃金センター)「年俸制研究部会」委員
2006年- 中央職業能力開発協会「ビジネス・キャリア検定試験問題[人事・人材開発部門]」策定委員
2009年 早稲田大学オープン教育センター「企業法務概論」ゲストスピーカー