2023年07月14日掲載

Point of view - 第232回 石川ルチア―海外の動向に見る、職務給制度が抱える課題と対策

石川ルチア いしかわ るちあ
リクルートワークス研究所
アソシエイト

デンバー大学修士課程(国際異文化コミュニケーション学)修了。2014年リクルートワークス研究所入所、2018年より現職。研究分野は欧米の採用手法、および人事業務やその他職場におけるテクノロジー活用。発行物に研究レポート「海外のスキルベース採用-潜在デジタル人材を発掘し、即戦力人材に-」、「『人事アナリスト』のキャリア~ピープルアナリティクスを主導する新しい人事職~」、論文「出社を望んでいるのは誰か~性別によるテレワーク意向パターンの違い~」(いずれもリクルートワークス研究所)など。

 世界の雇用トレンドを見ると、ここ数年間の日本と海外は逆の動きをしている。日本では欧米企業の多くに見られる、いわゆるジョブ型雇用に注目し、導入する企業が増えているが、欧米をはじめとする海外では現行の制度に限界を感じて新たな方向へ動き出しているのだ。ただし、両者が目指す目標は共通しており、テクノロジーによって変化する職場に適した制度を別の形で模索している。

日本では職務給制度への期待が高まる

 日本経済新聞が発表した「日経スマートワーク経営調査」(2022)では、2022年5月時点で、上場企業および有力非上場企業813社のうち、ジョブ型雇用を導入済み、または同年までに導入する企業が108社あった。将来導入する予定の企業も合わせると187社(23%)になる。また同年6月、政府は閣議決定した「経済財政運営と改革の基本方針2022」において、「新しい資本主義に向けた重点投資分野」の一つとして「人への投資と分配」を挙げ、ジョブ型の雇用形態に言及した。現在の年功的な職能給の仕組みを、日本に合った形で職務給中心のシステムに見直すというものである。

 職務給を中心としたシステムでは、企業がポジションごとに職務内容と必要な知識やスキル、経験、給与レンジを定め、そのスキルや経験を持つ人材を採用・配置する。年齢や勤続年数は判断基準とならないため、企業は専門職人材を採用しやすくなる。今、多くの日本企業が取り組んでいる従業員のリスキリングも、今後事業で必要となる職務とスキルを明確化することで効率的に進むため、職務給制度への移行が推進されている。また、個人としては専門性を磨き続けることでキャリアアップできることから、職務給中心のシステムは、キャリア自律を後押しするとの期待もある。つまり、日本では、職務給制度への移行によって成長職種への労働移動と従業員のキャリア自律を促進できると考えられている。

海外では「ジョブ(職務)」よりも個人の「スキル・能力」を重視し始めている

 一方、海外では、これまでの雇用慣行は硬直的で、ビジネス環境の変化のスピードに対応できないと考えるようになった。海外の多くの企業では専門スキルを重視した採用や配置を行い、個人は特定の職種で専門性を磨きながら昇進や転職をしてきたが、専門スキルは数年で陳腐化してしまう。米国の最高人材育成責任者・組織開発責任者向けのメディア「Chief Learning Officer Magazine」※1によると、頻繁に更新されるテクノロジーのスキルの寿命は2年半だという。また、従業員は職務記述書の内容どおりに職務を遂行するとは限らず、部署を超えた一時的な連携など、必要に応じて流動的に活動することもある※2

 そこで、迅速かつ柔軟に労働移動を実現するために、専門スキルに加えて従業員のポテンシャルやポータブルスキルに価値を置くようになった。そうすれば、社内に新たなニーズが生まれたり、必要な専門スキルが変わったりしたときに、適性のある人材を外部から採用したり、人事異動で内部調達したりして、短期間で戦力化できる。例えば、米国の企業口コミサイトGlassdoorは、新たに組成する組織やプロジェクトに適した「スキル・能力」を持つ従業員を、組織階層や所属部署に基づいた「ジョブ(職務)」にかかわらず活用している※3

テクノロジーの力を借りて職務給制度の弱点を補う

 このような雇用制度を「スキルベース」の人事(skills-based approachやskills-based organization)と呼び、人材の採用や育成、キャリア構築の基準を「スキル」に置いてサポートするHRテクノロジーの市場が急成長を見せている。

 スキルベースのテクノロジーは、求人に合致するスキルを持つ候補者を特定することで、企業が適性のある人材を短期間で獲得するのに役立つ。採用後は、プロジェクトや空きポストに必要なスキルを持つ従業員を企業に提案し、過去の経歴に限定されない柔軟な配置をサポートする。また、従業員に対しては、その人が持つスキルセットを基に今後のキャリアの選択肢を示して、新たに必要なスキルを習得するための学習コンテンツや社内の空きポストを提示する。スキルベースのサービスを提供する海外のベンダーには、Eightfold AIやPhenom、Beameryなどがある。

 海外の企業は、個人にキャリアパスを示して学習機会を提供することは、従業員のキャリアオーナーシップを育むと期待している。一般的に海外では会社主導の人事異動がなく、個人が社内外のポジションに応募することで新たな機会を得るため、誰もがキャリアを自律的に歩んでいるように見えるが、実際は海外でもキャリア自律が課題となっているのだ。米国における各調査結果※4から推察できる理由は二つある。一つは、企業は外部労働市場からの中途採用で人材の確保を行ってきたために、空きポストの情報が社内に十分に周知されないこと。もう一つは、上長が優秀なメンバーを囲い込むために、メンバーのリスキリングや異動を阻害する傾向があることである。これらの理由から、海外の企業においても、個人が完全に自らの意志でキャリアを形成しているとはいえないのだろう。

柔軟性のある職務給制度の構築を

 概観すると、日本も海外も労働移動と従業員のキャリア自律が課題となっているが、企業としての課題への対応方法は大きく異なる。日本では職務給制度への移行を解決策としている一方で、海外では職務給であっても人事を硬直的にしないための制度を設計している。一部の海外の企業が従業員のポテンシャルとポータブルスキルを重視して職種転換を伴う異動を行うようになった点は、日本型雇用慣行に近づいたともいえる。
 「ジョブ型」雇用をめぐっては、その定義や「メンバーシップ型」との二者択一の是非などさまざまな議論があるが、時代に合った制度への見直しが必要であることは確かである。日本企業において制度設計をする人事担当者としては、日本型雇用慣行の強みである「柔軟性」を担保しつつ、海外企業が抱える職務給制度の課題やスキルベースの人事制度とそれを支えるテクノロジーなどを参考にしながら、自社にとって有効な人事制度をつくっていっていただきたい。

※1 Chief Learning Officer Magazine (2020) “Skills aren’t soft or hard — they’re durable or perishable”
https://www.chieflearningofficer.com/2020/10/29/skills-arent-soft-or-hard-theyre-durable-or-perishable/

※2 Josh Bersin (2021) “HR Technology 2021: The Definitive Guide”

※3 リクルートワークス研究所(2022)「Glassdoor ジェイコブ・リトル氏、エミリー・サン氏:ポータブルスキルを評価し、経歴にとらわれない採用へと転換」
https://www.works-i.com/column/northamerica/detail009.html

※4  HRテクノロジーに関する米国の調査アドバイザリー会社Aptitude Researchは、「Internal Mobility: Challenges, Strategies, and Technology」(2022)で、「企業は社内公募制度向けの機能を持つテクノロジーを活用することで、空きポストの周知をイントラネットや上長に頼らずに、適性のある従業員に直接情報を届けることができる」「企業がスキル開発や学習の機会を提供することで、従業員はキャリアを自分でコントロールできるようになる」と述べている。
https://www.aptituderesearch.com/wp-content/uploads/2022/05/Apt_InternalMobility_0422_Final.pdf
また、ハーバード・ビジネス・スクールによる35社への聞き取り調査では、メンバーが業務時間に研修を受講することや別のチームへ異動することにミドルマネジャーが抵抗する傾向があることが明らかになっている(UNLEASH America 2023、講演「The Reskilling Revolution: Insights from The Digital Reskilling Lab at Harvard Business School」より)。