友部 博教 ともべ ひろのり 2004年、東京大学大学院で博士号(情報理工学)を取得後、名古屋大学、産業技術総合研究所で、コンピューターサイエンス領域の学術研究に取り組む。その後、2008年より、東京大学で助教として研究・教育に携わる。2011年、株式会社ディー・エヌ・エーに入社し、アプリゲームやマーケティングの分析部署のマネジメントや、人事にてピープルアナリティクス施策を担当。その後、株式会社メルカリの人事にて、ピープルアナリティクス施策を担当。2019年11月、株式会社ビズリーチに入社。人事本部タレントマネジメント室でピープルアナリティクス施策の担当を経て現職。 |
AIは人事を大きく変え得る
ChatGPTは最近ニュースでも頻繁に取り上げられ、人々の興味関心が急速に高まっています。その中で、ChatGPTに代表される「生成AI」が人事業務にどのような影響を及ぼすのかについて、多くの方が気にされていると思われます。AIは周期的にブームとなりますが、これまで人事領域には明らかな影響を与えていないため、ChatGPTについても「あまり関係ない」と感じている方もいらっしゃるかもしれません。とはいえ、こういった生成AIはホワイトカラーワーカーの大部分に影響を及ぼすと予想されており、人事関係者も例外ではないでしょう。私自身もChatGPTを人事業務に活用することを検討しています。それがこれまでの人事業務を大きく変える可能性があるという感触が、非常に強くあります。
そもそも、ChatGPTは先端的な「自然言語処理技術」の一つです。自然言語処理技術とは、人間と同じように、テキストまたは音声のデータを理解し対応できる機械の構築を目指した一連の技術を指します。生成AIとは、こういった技術などを応用して文章や画像などのコンテンツを生成できるAIのことです。生成AIの業界では新たなサービスが次々と開発されていますが、中でもChatGPTはその高精度な文章生成や応答能力により注目を浴びています。特に、会話形式でコミュニケーションを取ることができるため、利用の敷居が低いといえます。“Chat”GPTという名前が示す通り、チャット形式で問い合わせると文章で回答を提供するというインターフェースが特徴です。その核となる作業は「次の言葉を予測するモデル」で、その驚くべき高性能さが評価されています。
ChatGPTは2022年11月に公開されて以来、文書校正や英語学習といったさまざまな用途で利用されてきました。ユーザー数は驚くべき速さで1億人を突破し、ChatGPTの可能性や使い方については、研究者や技術者さえ驚くような新たな応用例が報告されています。
ChatGPTは人事で使えるのか
では、ChatGPTは人事業務にどのように役立つのでしょうか。現在、人事業務においてもChatGPTを有効活用することが可能です。具体的な利用シーンをいくつか示します。
- 人事に関する知識についての問い合わせ:「人的資本経営とは何か」といった専門用語や、「退職要因として主なものは何か」といった人事に関する知識(特に、法律的な正誤が深刻な問題となりにくいもの)について、詳しい回答を得ることができます。
- 研修・資料の作成:「研修の台本を作ってください」と打ち込めば、新入社員研修のプログラム作成や、研修資料の作成支援を行えます。
- 制度の作成・改定における留意事項の提示:「制度を改定するに当たって、気を付けるべきポイントについてまとめてください」と入れるだけで、新規制度の作成や既存制度の改定時に、注意すべきポイントを提示してくれます。
- 経歴から年表を生成:文章で書かれた経歴を指定した年表形式に変換します。例えば、「年月」「所属」「活動内容」を列にした年表を作成することができます。
- キャリア相談:ChatGPTにキャリアコンサルタントの役割を果たさせることで、これまでの経歴を踏まえた具体的なキャリアパスについてのアドバイスを得ることができます。
このように、ChatGPTは人事業務の多様なシーンで利用することができます。さらに、人事業務に関連した機能として、例えば「音声入力により職務経歴書を自動作成」するサービスも開発されています。
ChatGPTは人事をどう変えるのか
これらの事例だけを見ても、既存の人事業務の効率化につながる可能性を感じられる方も多いでしょう。では、ChatGPTのような生成AIが一般的になると、人事業務はどのように変化するのでしょうか。以下では、生成AIが人事に与える可能性のある影響を二つの観点から紹介します。
まず一つ目は、人事業務におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)の大きな推進力となる可能性があるという点です。人事業務においてDXが難航している要因の一つとして、人間や組織に関するデータを収集することの困難さがあります。データ活用の必要性は人事業務においても強く訴求されていますが、人や組織を表すデータは非常に多岐にわたり、それらを一元的に収集・蓄積することは容易ではありません。さらに、収集したデータを構造的に利用できる形に整理しなければ、それを人事の意思決定に活用することはできません。その結果、意思決定の際には経験や勘に依存せざるを得ない状況が生じています。データをどのように収集するかは、データドリブンな人事業務を実現する上での重要な課題となっています。
しかし、人事業務の中で、面談や1on1などで取られたメモのような文書データは既に多く存在しています(必ずしも整理されているわけではありませんが)。これらの文書データは、先ほどの例「経歴から年表を生成」に示したように、大量の文章から構造的なデータを効率的に抽出するために利用可能です。その結果、文書データをいったん集めておけば、データの前処理(集計や分析に用いる前にデータを整えて加工すること)などを特別に意識しなくても、データを活用しやすい形で蓄積できるようになります。これにより、人事業務におけるDX推進が大きく期待できるでしょう。
二つ目は、人事に関わる人の働き方、特にパフォーマンスに大きな影響がある、というところです。冒頭でも述べた通り、ChatGPTはAIの利用ハードルを大幅に下げています。技術的な知識を持たない人事担当者でも、現行の業務にAIを活用することが可能です。このツールを使いこなすことで、日々の人事事業における効率は大幅に向上します。
このような業務効率化の観点では、ChatGPTをどれだけ使い慣れているか、あるいは使っていないかによって、パフォーマンスに大きな差が出ると予想されます。現在のChatGPTの流行をひとごととして捉え、何も行動を起こさないと、この技術を利用している人とそうでない人との間に、パフォーマンスの差が大きく広がる可能性があります。さらに、技術は驚異的なスピードで進化しているため、追いつくための努力を怠ると、すぐに取り残されてしまうという危機感を持つべきです。
人事の重要さは変わらない
それでも、このようなAIが人事パーソンに置き換わり、仕事を奪うということはないと思います。機械ができることは人事業務のごく一部に過ぎません。AI vs 人間による分析、ではなく、どのようにAIと人間が共存していくかが、キーポイントになるでしょう。
ChatGPTが出力した回答には少し粗削りな部分もありますが、人事領域でさまざまな業務を進める上で、非常に有用なツールとなります。特に、人事に関する知識や経験が豊富な人は、ChatGPTが行った回答の正誤を正確に判断できるため、研修の企画や資料作成などの場面で、業務効率化に劇的な効果を及ぼします。まるで非常に優秀な部下がサポートしてくれるような感覚です。しかし一方で、専門知識や経験が乏しい領域については、ChatGPTの回答をすべて鵜呑みにすると誤解を招く可能性があるので注意が必要です。また、ChatGPTから期待する回答を得るためには、どのように問い掛けたり、依頼をしたりするのが良いのか、という工夫が必要です。例えば、キャリア相談で用いる場合には、問い掛けの冒頭に「あなたはキャリアコンサルタントです」といったようにロール(役割)を指定したり、経歴から年表を生成する際には「列は、年月、所属、何をしたかを並べてください」といった具合に表のカラムを明示したりすることで得られる結果が変わります。
ChatGPTはまさに、「優秀な新卒1年目の部下」というイメージで、指導者が正確な指示を与えることで大きなサポートを得ることができます。このような技術と共存するために、インターネットの「検索力」が重要であるのと同様に、「AIへの指示力」というものが今後重要なスキルになるでしょう。置いてきぼりにならないためにも、いち早く触れてみることをお薦めします。