坂本貴志 さかもと たかし 一橋大学国際公共政策大学院公共経済専攻修了。厚生労働省にて社会保障制度の企画立案業務などに従事した後、内閣府で官庁エコノミストとして「経済財政白書」の執筆などを担当。その後三菱総合研究所エコノミストを経て現職。著書に『ほんとうの定年後 「小さな仕事」が日本社会を救う』(講談社現代新書)、『統計で考える働き方の未来――高齢者が働き続ける国へ』(ちくま新書)など。 |
高年齢者の就業率は近年急上昇している。総務省統計局「労働力調査」で年齢階層別の就業率を見ると、2022年において60代前半は男性で83.9%、女性で62.7%となっている。60代後半は男性で61.0%、女性で41.3%。いずれの数値もここ10年で10~20ポイント程度上昇している。現代においては、高齢期に働き続けることは多くの人にとっての現実的な選択肢となっており、将来的にはますますこの傾向が強まっていくとみられる。
人手不足業種を中心に定年延長の取り組みが広まる
高年齢者雇用に関して、企業を取り巻く環境も変わっている。企業側としては、高年齢者雇用安定法(以下、高年法)の改正によって2013年には65歳までの雇用確保措置が完全義務化されるとともに、2021年の同法改正では70歳までの就業確保措置が努力義務化されるなど、高年齢者雇用に関する対応が迫られている。
こうした中、厚生労働省「就労条件総合調査」の結果を見ると、定年延長などの取り組みが徐々に広がっていることが分かる。同調査ではおおむね5年おきに定年制度に関する企業の状況を調べており、最新の調査からは直近の動きが見て取れる。
同調査によると、一律定年制を設けている企業のうち定年年齢を65歳以上とする企業の割合は2022年で24.5%と、5年前の調査(2017年:17.8%)から上昇しており、定年延長の動きが徐々に広がりを見せていることが分かる。2022年調査で、定年延長など定年年齢に到達した者を退職させることなく引き続き雇用する勤務延長の取り組み状況を業種別に確認すると、建設業(65歳以上定年の割合:30.1%)や運輸・郵便業(同37.7%)、宿泊業・飲食サービス業(同33.8%)などの業種では広く行われていることが分かる。
高年法で要請されている雇用確保措置の一つとされている定年制の廃止の状況はどうか。これも同調査で示されているが、定年制度を定めていない企業の割合は2022年調査で5.6%となっており、5年前の前回調査(2017年:4.5%)から微増にとどまる。企業規模別に見ると、1000人未満の中堅・中小企業ではその割合がやや上昇しているものの、1000人以上の大企業になると定年制がない企業の割合は0.7%と横ばいとなっており、定年制廃止の動きはそこまで広がっていないようだ。
このような動きを見ると、定年廃止の選択は多くの企業で難しい状況は変わっていない中で、一部企業では定年延長などによって高年齢者活用の取り組みが徐々に広がっていることが分かる。
長期化する従業員のキャリアをどう支援するか
就業延長の取り組みが広まり、定年引き上げの動きも活発化している中、企業としては長期化する従業員のキャリアをどのように支援するかも考えていかなければならなくなっている。
高年齢者雇用に当たっては、現実問題としてシニア従業員の活躍支援と組織の新陳代謝とのバランスを考慮する必要がある。そう考えれば、事業の維持・拡大のためにも、また若手の登用を促すためにも、キャリアの終盤において役職を降り、一プレイヤーとして活躍し続けることを多くの従業員に意識してもらわなくてはならない。キャリアが長期化する現代においては、組織内で出世した人もそうでない人も、ポストオフ後のキャリアを現代キャリアの大前提として考えることになるということだ。
そうすると、企業から従業員に対するメッセージの仕方も変わってくるとみられる。例えば、後輩の指導や現役従業員の業務のサポートといった仕事について、これまでであればシニア従業員の企業内の比率は低かったことから、こうした仕事は定年後の従業員に期待される中心的な役割であったかもしれない。しかし、シニア従業員の企業内の比率は急速に高まっていくこれからの時代においては、就業意欲が高く、現役世代と変わらず高い能力を有している人に対しては、第一線で働き続けられるための支援を行うべきである。企業としては、こういった従業員に対しては定年後も変わらぬ働きを期待していることを伝えていく必要がある。
このような方針に実効性を持たせるためには、経営や人事からのメッセージに加えて人事制度の設計や運用も変えていかなければならない。定年後の評価や報酬の設計に当たっては、そのためのインセンティブをいかに組み込むかが大きなポイントになる。仕事で継続的に成果を出せば現役世代の従業員と変わらぬ処遇が得られるという事実があって初めて、従業員側は大きな成果を出そうと考えるのである。制度的な裏付けのない状態でシニアの活躍を謳ったところで、それは従業員には届かない。
この点、現状では報酬の変動幅が小さく、適切な評価を実施し切れていない企業もまだまだ多い。長年自社のために尽くしてくれた先輩従業員に対して正確な評価を行うことは決して簡単ではないが、キャリアが長期化する現代においては、多様性の高いシニア従業員への適切な処遇の設定は避けては通れない道になる。
そもそも論として、評価や等級の決定は、従業員の優劣を決める目的で行うものではない。高齢期に必要となる家計収入は人によって異なり、どの程度の働き方が好ましいものになるかは千差万別である。「そこそこの報酬でそこそこの成果を出す」という働き方でもよい。また、現役世代と遜色のない報酬を得るために現役時代と同等の働き方をするのもよい。そのためには柔軟な制度設計が必要であるし、その前提として賃金カーブにおける年功制の是正も継続的な課題となってくるだろう。