内藤琢磨、立山宗径、成瀬双葉
株式会社野村総合研究所 コンサルティング事業本部
本解説は、野村総合研究所『知的資産創造』(2023年4月号)掲載論文を一部編集して転載した。
本連載では、新たな「組織と個人の関係」を考えていく上で、ティール組織、ホラクラシー経営といった「自律・自走型組織運営形態」に着目する。第2回では、先進企業3社(株式会社ネットプロテクションズ、株式会社Colorkrew、九州電力株式会社インキュベーションラボ)の協力を得て、組織内のリーダーとメンバーの行動特性について調査を実施した。最終回となる今回は、「自律・自走型組織」づくりをどのように行っていくのかを考える。
第4章 「自律・自走型組織」づくりに向けたヒント
[1]自律・自走型組織の経営者(ナチュラルリーダー)
もう一つ、自律・自走型組織づくりを目指すに当たって忘れてはならない重要なポイントは、自律・自走型の組織ビジョンを掲げる経営者(会社や組織の最上位者)が、自身の行動において「力を誇示するのではなく、周囲に知恵を授け自由をもたらす」リーダーであるかどうかという点である。
人類進化生物学[注]上では、こうした「尊敬型リーダー」は、企業組織内だけではなくさまざまな国や文化、部族の中にも存在するという。
[注]人類進化生物学(Human Evolutionary Biology):生物学と、心理学、人類学、経済学、社会学等の社会科学を統合した学問領域。
[図4-1]尊敬型と支配型のリーダー
資料出所:『多様性の科学』(マシュー・サイド著 ディスカヴァー・トゥエンティワン)より野村総合研究所(NRI)作成
ハーバード大学のジョセフ・ヘンリック教授と心理学者のジョン・メイナーによると、「尊敬型」集団の場合、リーダーの寛容な態度が従属者に次々にコピーされ、集団全体が協力的な体制を築いていく。尊敬型のリーダーが知恵を共有すれば、他の誰かがリーダーよりも有利になることもあるが、集団全体に寛容で協力的な態度が浸透するメリットも大きい。他者を助けることで結局は自分にもプラスになるという「ポジティブ・サム」[注]、仏教でいうところの「利他の精神」的な環境が強化される。尊敬型ヒエラルキーはこうして発展してきたとのことである。
[注]ポジティブ・サム(Positive-Sum):一方が利益を得た場合にもう一方は同じだけの損をし、全体としてはプラスマイナスゼロになる「ゼロサム」関係ではなく、「互いが利益を得る」という考え方。
自律・自走組織運営の先進企業においては、権限を有さずとも、場面ごとに周囲から自然とリーダー的な存在として認められる人材が必ず存在した。本研究において当社はそれらを「ナチュラルリーダー」と称したが、その概念は尊敬型リーダーに符合すると考える。
自社や自組織を本気で自律・自走型組織運営を志向しようと考えている経営者・リーダーは、自身がナチュラルリーダーとなり得るかどうかをまず自問自答すべきであろう。
[2]ファーストステップとしての情報オープン化
以前、Google社も“ヒエラルキーが組織に弊害をもたらす”という膨大なデータを準備し、組織のフラット化に着手したが、残念ながらうまくいなかった。ヒエラルキーの欠如は組織に混乱を招き、創業者のラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンは「Googleには方向性を定めて円滑な協力体制を促す管理職が欠かせない」とすぐに気づかされる結果となった。
大きな企業であればあるほど、秩序だった組織とヒエラルキーは不可欠である。一気にフラット化を図って自律・自走型組織へと転換するのは現実的ではない。
ではどこから着手をしていけばよいのか。当社は、そのスタートポイントは「情報のオープン化」にあると考える。
変化を先取りし、個々のメンバーが経営的な視点をもって判断・行動できる組織運営を行うためには、組織内外に関連するさまざまな情報に格差が生じないようにしておかなくてはならないからである。
ここでいう情報とは、主に以下に該当する経営のリソース情報である。
(1)経営情報
経営・事業運営に関して、日常的に経営幹部クラスに共有される情報や経営会議にて議論される経営課題やその背景に関する情報。
(2)人事情報
個人のスキルや志向性に加えて、人事評価、に関する情報。
当然のことながら「個人情報の保護に関する法律(個人情報保護法)」や「人事データ利活用原則」(一般社団法人ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会提言)にのっとった情報活用が前提となる。
(3)お金の情報
売上、利益といった収益関連情報(いわゆるインサイダー情報は除く)だけではなく、経費に関する情報も指す。
リソース情報のオープン化が意味するところは、「幹部・管理職の権限を一般社員に委譲して組織階層をフラットにする」第一ステップである。従って、この取り組みの成否に対しては、ナチュラルリーダーの下で幹部・管理職に理解・賛同してもらえるか次第といえる。ちなみに、Colorkrewにおいては個人の給与情報もオープンにしている[図表4-2]。
[図表4-2]Colorkrewが社内で共有するリソース情報
資料出所:ColorkrewHPおよびヒアリングによりNRI作成
一方で、自律・自走型組織においても、すべての情報がオープン化された上でコミュニケーションを行っている訳ではない。Colorkrewでは、個人のプライベートな話題(メンタル等の課題も含む)やチーム運営上の話し合いなどについては、まずは関係する人が集まって話をしている。ポイントは「関係する人全員を立場に関係なく集める」ことであり、言い換えれば「問題解決に貢献できる人」を対象とし、「偉いから・立場が上だから」相談するわけではないという点である。
[3]「情報のオープン化」がもたらすグッドサイクル
(1)広い視野と高い視座の獲得
「情報のオープン化」によって、メンバーは自身の担当業務以外の幅広い視野を持つだけではなく、経営幹部やリーダーと同じ視座で会社組織全体を俯瞰することが可能となる[図4-3]。
[図4-3]「情報のオープン化」がもたらすグッドサイクル
こうした広い視野や高い視座の獲得によって、メンバーには「もし自分が経営者、リーダーの立場であったなら」という自律・自走的意識が徐々に醸成されていく。
(2)自律・自走型行動の萌芽と拡大
意識づけされたメンバーの中からは、旧来の上位者と同じかそれ以上の判断をよりスピーディーに下して、かつ的確に行動するケースが徐々に出てくる(自律・自走型行動の萌芽)。そうした具体的な行動や経験が増えることで、現場でビジネスを行う担当者に対する権限委譲が徐々に促進される。
その結果、“自らが経営視点を有して主体的に判断する”というカルチャーにマッチした人材を仲間として積極的に採用していく――といった変化が生じてくる。
九電イノベーションラボの場合、ほとんどが九州電力グループ内からの「公募制」によって異動(人材登用)が行われる。実際には、ラボに公募で異動するには半年に及ぶビジネスアイデアコンテストを通過する必要があり、その半年間にワークショップや複数回のプレゼン選考が行われ、応募者が選抜されていく。コンテスト期間中において応募者は多くのラボ社員と交流し、事業化に向けた構想に関して、他応募者も含めてさまざまな議論を繰り返す。応募者はそうした機会を通じて、ラボの理念・パーパスを実現するために自らが事業責任者としてどのように動けばよいのか、フラットな組織においてどのように他者とコミュニケーションをとっていくかを体験していく。そのプロセスを通じて、自律・自走組織における動き方を疑似体験させると同時に、ラボ社員と応募者との間のフィット感を双方で確認している。結果として、ラボには自律・自走型組織運営に共感できる人材が集まることになるという仕組みである。
(3)権限委譲の進展
権限委譲の結果として、組織ヒエラルキーの中で実態として存在する壁は低くなり、実質的な組織フラット化が進展する。
そこでキーとなるのは権限委譲に理解のある管理職が存在するか否かである。
自律・自走型組織に移行することはすなわち、従来の管理職・マネージャーにとっては、これまで保持していた組織長としての権限を「手放す」ことを意味する。自律・自走型組織に移行する上で、ここは大きな変化点となる。
Colorkrewの場合、当時組織管理を行っていたマネージャーが、自ら「役職をなくしてフラット化すべき」だと中村圭志代表に働きかけてきたとのことである。「デジタル領域のビジネスにおいて人の管理を中心とするマネージャーの市場価値は一定年齢を境に加速度的に低下する傾向にあり、その会社でしか通用しなくなってしまう――という健全な危機感が、当時のColorkrewのマネージャーに存在していた」のである。
(4)組織ビジョン(どのような組織にしていきたいか/組織のありよう)
もちろん、情報のオープン化に着手する大前提として、ナチュラルリーダーである経営者が、自律・自走型組織づくりを「組織ビジョン」として掲げていることが必要なのは言うまでもない。
組織ビジョンには、“個人が一つの組織に集まった上で、組織に対して何を求めるのか”あるいは“個人はどうやって組織に貢献するのか”、また、“オープンな情報の下で日常的にどのようなコミュニケーションをとることで組織パフォーマンスが最大化されるのか”といった視点が盛り込まれる必要がある。
ネットプロテクションズにおいては、「歪みがない事業・関係性をつくる」をはじめとした七つの組織ビジョンを掲げている。これは、約1年かけて柴田社長以下全社員が参画し、議論を重ねて練り上げた概念である。
[図表4-4]ネットプロテクションズのミッションと組織ビジョン
資料出所:ネットプロテクションズHPより
[4]最後に
VUCAと称される予測不可能な環境変化が取り巻く現代社会においては、変化をいち早く予測し、リーダーの指示を待たずとも各人が経営的な視点をもって自律的に判断・行動できることが、組織能力(ケイパビリティ)として不可欠である。
そうしたことを踏まえると、これからの企業経営、事業運営を考える上では、ティール組織やホラクラシー経営といった自律・自走型組織運営を実践する先進企業のリーダー、メンバーの行動特性や企業としての人材マネジメントシステム、さらにはナチュラルリーダーとしての経営者の在り方等からは多くのヒント・学びがあると考える。新たな「組織と個人の関係」を考えていく上でも、多くのヒントを得られるはずだ。
【引用・参考文献】
『ティール組織―マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』(フレデリック・ラルー著、英治出版、2018年)
『多様性の科学』(マシュー・サイド著、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2021年)
『知的資産創造』2022年4月号「人的資本報告が日本企業の人材マネジメントに与える影響」(野村総合研究所 経営DXコンサルティング部 上級コンサルタント 松岡佐知)
内藤琢磨 ないとう たくま 株式会社野村総合研究所 コンサルティング事業本部 グローバル経営研究室 プリンシパル 専門は人事戦略策定、人事制度設計、コーポレートガバナンス改革、役員報酬制度設計 |
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立山宗径 たてやま むねみち 株式会社野村総合研究所 コンサルティング事業本部 グローバル製造業コンサルティング部 シニアコンサルタント 専門は人事戦略策定、人的資本経営、人事制度改定 |
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成瀬双葉 なるせ ふたば 株式会社野村総合研究所 コンサルティング事業本部 経営コンサルティング部 シニアコンサルタント 専門は人事戦略策定、人事制度設計 |