2023年09月08日掲載

Point of view - 第236回 都築辰弥―40代・50代社員へのリスキリング施策をどう設計するか

都築辰弥 つづき たつや
株式会社ライフシフトラボ
代表取締役

1993年生まれ。「世界に100億の志を」という志を掲げ、2019年に人材系スタートアップ企業である株式会社ブルーブレイズ(現ライフシフトラボ)を創業。2022年、45歳からの実践型キャリアスクール「ライフシフトラボ」及び法人向けキャリア自律支援事業を開始し、人生100年時代におけるミドルシニア世代のキャリア形成・リスキリングに取り組む。
https://corp.lifeshiftlab.jp

はじめに

 「40代半ば以降のリスキリングが日本全体に求められる」
 2022年8月2日の厚生労働省労働政策審議会労働政策基本部会において、このように指摘されて以来、社内でのボリュームゾーンになっている40代・50代のリスキリングこそ不可欠という認識が大手企業を中心に広がっている。
 リスキリングによる40代・50代のミドルシニア社員の再戦力化は待ったなしだ。未曾有の人手不足で、新卒・中途採用ともに人材獲得はますます困難を極めている。70歳までの就業確保が努力義務化されたことによって、今後ミドルシニア社員には従来よりもさらに長く会社に貢献し続けてもらうことが前提になるだろう。社員の世代交代に頼ることなく、いま社内にいるミドルシニア社員の一層の人材育成を図らなければ、会社の競争力を維持できないのではないかと、危機感を持つ企業が増えているのだ。
 一方、既にリスキリング施策を展開している企業の多くは、若手から中堅社員を対象として、プログラミングやAI技術といったデジタルスキルの習得を図るという枠組みだ。キャリアステージの異なるミドルシニア社員に対して、同じ施策を転用しようとしてもうまくいかず、ミドルシニア社員に対して、何のために、何をリスキリングさせるべきかを明確に定義できている企業は少ない。

 そこで本稿では、ミドルシニア社員に対する先進的なリスキリングの取り組み事例や施策設計のポイントを紹介する。ミドルシニア社員のさらなる戦力化、自律的キャリア形成の推進の一助となれば幸いだ。

若手社員へのリスキリングをそのままやってもうまくいかない

 日本では、リスキリングという言葉が2020年ごろから広がり、政府も個人のリスキリングの支援に5年で1兆円を投じることを表明し、巨額を投資してこれを推進し始めて久しい。関連書籍やリスキリングサービスを提供する事業者を多く見かけるようになったが、これらは20代・30代社員を対象とするものがほとんどだ。
 せっかくリスキリングに投資するなら、投資した分をより速く、長く会社に還元してくれるであろう人材を選びたいものだ。結果的に、若手社員に白羽の矢が立ちがちであることは十分に理解できる。
 一方、社内でマジョリティを占めるのは40代・50代のミドルシニア社員だということも忘れてはならない。会社の意思決定を担う世代でもあるから、会社が人への投資を通じて真に企業価値を高めていくためには、ミドルシニア社員のリスキリングも避けては通れない。
 ところが、あらためて言うまでもないが、20代・30代に提供しているリスキリングプログラムをキャリアステージの異なるミドルシニア社員にそのまま適用しても、なかなかうまくいかない。例えば、50代の社員にプログラミング言語のPython(パイソン)を習得させたとしても、そのスキルを十分に発揮できる処遇やポジションを用意することは年齢が上がれば上がるほど難しくなる。なんとなくデジタルスキルを身に付けてほしいと考えても、その先にどんな役割・責任を期待しているのかを会社として明確に提示できないようでは、ミドルシニア社員本人も当然モチベーションは上がらない。

 日本的雇用システムに端を発する長期雇用の下で高齢者の知識・経験等を活用するための“学び直し”の問題は根深い。結果的にミドルシニア社員に対するリスキリングといえば、以前からあるeラーニングや階層別研修くらいしか選択肢がなかった。しかし「eラーニングを導入したのに、誰も視聴してくれない」「研修を実施しても、受けて終わりで効果が見られない」というお約束のオチがついていた。
 そこで最近注目されているのが、副業・兼業推進による実践的なリスキリングだ。
 副業・兼業の解禁は、2018年1月に厚生労働省が「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を公表して以降進んでいるが、あくまでも「厚生労働省が推進しているから」「採用市場で競り負けないように」といった、いわば「守り」の理由が大半だった。それが昨今は、副業・兼業を単に認めるだけではなく、リスキリングの手段として位置づけ、むしろ奨励する「攻め」の時代に変わっているのだ。

40代・50代に副業・兼業を推進する事例

 40代・50代への副業・兼業推進の方法として最も多いのは、ミドルシニア社員を対象とする既存のキャリア支援プログラムの中に組み込むケースである。例えば、ある総合商社では、50歳以上の社員に副業・兼業を認め、セカンドキャリア研修に付随して、副業・兼業を始めるための集合研修を用意している。実際に、副業がきっかけでWeb3.0への知見を深めた50代の社員が、本業でWeb3.0関連の新規事業を企画するなど、目に見える効果も出てきている。
 また、ある生命保険会社では、上記のような集合研修に加えて、希望者に対して外部のキャリアコンサルタントとの1on1ミーティングの機会を設け、社外で武器になるスキル・経験の棚卸しを支援している。この棚卸しは、会社の中にいるとなかなか意識することの少ない自分ならではのスキル・経験の再認識を促し、社内の仕事でも一層力を発揮してもらおうという狙いがある。

 資格取得や社会人大学院など、社員の自主的な学び直しを補助する福利厚生制度の中で副業・兼業を推進している事例もある。近年、副業・兼業に関心を持つ人が増え続けていることから、キャリア形成の手段としての副業・兼業デビューを後押しする個人向けの講座が出てきている。当社が運営する45歳からの実践型キャリア複業スクール「ライフシフトラボ」もその一つだ。このような講座を学び直し支援制度の対象プログラムとして指定し、受講料の一部を会社が負担することで、間接的に副業・兼業を推進する動きも広がってきた。
 そのほかにも、[図表1]のような取り組みにより、単に新しい知識を学ぶだけで終わらない、実践ありきのリスキリングをミドルシニア社員に提供する事例が出てきている。

[図表1]副業・兼業推進の取り組み事例

  • 副業している社員のインタビュー記事をイントラネットで掲載する
  • 部署横断型の社員有志主催でランチタイムに副業セミナーを行う
  • 自社OB、OGが経営する企業での副業を斡旋する
  • 副業に必要な知識やマインドセットを身に付けられるeラーニングを導入する
  • 副業を始めるための上長承認を廃し、人事部への申請のみにする
  • 副業に関する服務規程の記述を改訂する

40代・50代のリスキリング施策として副業・兼業が選ばれる理由

 上記事例で見てきたように、一部の大手企業がミドルシニア社員のリスキリングに副業・兼業という手段を選び始めている狙いは、以下の3点に分類される[図表2]

①現在既に持っているスキルの再認識を促し、さらなる戦力化を図るため
 何か新しいスキルを身に付けることだけがリスキリングではない。多彩なビジネス経験を持つ40代・50代にとっては、特に「何を学ぶか」よりも「何を磨くか」に着目し、長年培ったスキルを一層磨き上げて、環境の変化によらずどこでも活かせるようにするほうが良策となることが多い。
 とはいえ、昨日と同じことを同じようにやればよい日々の職場環境では、せっかくのスキルも十分に発揮されることなく衰えてしまう。そこで何の後ろ盾もないニュートラルな環境で自分のスキルを向上させ、活かす場として、副業・兼業が注目されているのだ。「会社の看板なしで“ピン芸人”として、どんな価値を提供できるのか?」をシビアに問われる環境でこそ、持てるビジネススキル・専門性は磨かれると同時に、今の自分に足りない、新たにリスキリングすべきこともはっきりと分かるというわけだ。

②役職定年などに伴う年収ダウン後もモチベーションを維持してもらうため
 社内のボリュームゾーンであるミドルシニア社員への人件費の配分に苦心している企業は多い。役職定年や定年後の再雇用で収入を減らさざるを得ない一方、冒頭で述べたとおり、ミドルシニア社員にはモチベーションを一層高めて会社に貢献してもらわなければならない状況だ。せめて減った分の収入を副業・兼業で補えるように支援することで金銭的な憂いを減らし、長く働き続けてもらいたいという狙いがある。

③定年後のセカンドキャリアを支援するため
 多くの人が80歳まで働くといわれる人生100年時代において、今の会社を退職した後も、仕事人生は続く。制度だから仕方ないとはいえ、長年会社で働いてくれた人をいきなり社外に放り出してしまうのは残酷ではないか。2017年12月の経済産業省のレポート「『人生100年時代』の企業の在り方」において、「企業の役割も『雇い続けることで守る』から、『社会で活躍し続けられるよう支援することで守る』に、変容が求められている」と言及されて久しいが、充実したセカンドキャリアを送ってもらうために会社として支援すべきだという機運が急速に高まっている。

[図表2]40代・50代のリスキリング施策として副業・兼業が選ばれる理由

①現在既に持っているスキルの再認識を促し、さらなる戦力化を図るため

②役職定年などに伴う年収ダウン後もモチベーションを維持してもらうため

③定年後のセカンドキャリアを支援するため

 このように、リスキリングの本来の狙いである人材開発・戦力化に加え、自律的なキャリア形成支援も同時に実現できる一石二鳥な施策である点が、副業・兼業を奨励する企業が増えている背景だと考えられる。

副業・兼業はミドルシニア社員自身にとってもメリット大

 さらに、副業・兼業の推進は、会社側だけではなくミドルシニア社員本人にもメリットが大きい。実際、日本総合研究所の調査によると、ミドルシニア社員の66.3%が副業・兼業に関心があると回答している[図表3]
 40代・50代が副業・兼業に期待しているものは金銭的な報酬だけではない。45歳からの実践型キャリア複業スクール「ライフシフトラボ」受講生に対して実施したヒアリング調査によると、次のような期待の声が挙がった[図表4]

[図表3]副業・兼業の関心の有無と利用頻度意向

資料出所:日本総合研究所「東京圏で働く高学歴中高年男性の意識と生活実態に関するアンケート調査結果」(2019年8月)

[注]調査対象は、民間企業かつ東京都内のオフィスに勤務し、東京圏に所在する4年制の大学あるいは大学院を卒業した45~64歳の中高年男性2000人。

[図表4]40代・50代が副業・兼業に期待すること(金銭的報酬を除く)

➀本業だけでは得られない成長機会を得たい

②本業とは別の「好きなこと」を仕事にしたい

③社外のネットワークを増やしたい

①本業だけでは得られない成長機会を得た
 最も多いのは、成長機会やスキルアップに対する期待である。例えば、仕事の進め方やスピード感が勤め先とはまったく異なる成長期のITスタートアップ企業で、普段の仕事では直面しない課題を解決する経験、自分の専門性を発揮して会社に貢献する経験を通じて、ビジネスパーソンとしてさらなる高みを目指したいという意見があった。

②本業とは別の「好きなこと」を仕事にしたい
 副業・兼業は、勤め先とは別の会社で働くことだけではない。好きで続けている趣味やちょっとした特技を活かした個人向けの小さな仕事もその一つである。ライフシフトラボの卒業生の事例では、趣味のタロット占いを取り入れたキャリアコンサルタント、ソロキャンプのハウツーを教えるパーソナルトレーナー、シングルマザーに特化したファイナンシャルプランナーなど、会社で働く以外の多様な副業・兼業が生まれている。

③社外のネットワークを増やしたい
 より平たく言えば、「切磋琢磨(せっさたくま)できる友達がほしい」という声が意外に多い。趣味仲間やママ友・パパ友はいても「仕事の話はしない」というケースは少なくない。普段の仕事では接することのない多様な業界・職種・世代の人とつながり、刺激を受けられることも副業・兼業の醍醐味の一つである。ライフシフトラボが主催する副業家交流会では、終了時刻ギリギリまで仕事やキャリア談義に花が咲き、会場が熱気と意欲にあふれる光景がよく見られる。

 以上の考察のとおり、副業・兼業の推進は人事部主導のリスキリングにありがちな「やらされ感」が少なく、ミドルシニア社員本人の「やってみたい」という姿勢を引き出せるWIN-WINな施策であることが最大の特長といえるだろう。
 ぜひ貴社でもミドルシニア社員のリスキリング施策の一つとして、副業・兼業を検討されてみてはいかがだろうか。